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9.嫌いな人



 それからどうやって部屋に戻ってきたかあまり覚えてない。気づいたら食堂から部屋に戻っていて机に向かって課題用の参考資料を読んでいた。


 アルもベッドに寄りかかり、同じく本を読んでいる。

 ちらりとアルの方を見るだけで動悸がするような気がして、読書に全く集中できずにいた。


 なんでこんな事になってしまったんだろう。

 ただ行き倒れた魔導士を拾っただけだったのに、こんなに気持ちを振り回されることになるなんて。



 恋をしたことが無いレティシアに、芽生え始めたばかりのこの気持ちに名前をつけるのは難しかった。


 恋なのかもしれない、でも違うかもしれない。

 男性に免疫がないから意識してしまっているだけかもしれない。決め手が無くて確信を持てずにいた。


 しかし、もし仮にこれが恋だとしたら、レティシアはどうすればいいのだろう。すでに婚約予定の相手のいる身で卒業後には結婚が待っているのに、名前も身元もわからない人を好きになってしまうなんて。



 レティシアはその場に立ち上がった。


「ちょっと買い物に行ってくる」

「ああ」


 アルは興味なさげに活字を追いながら答えた。

 レティシアがこんなにも悩んでいるのにアルはいつも通り落ち着いている。レティシアは頭を冷やすため、外へと出かけた。



 時刻は昼前。

 ちょうどいいため、アルの洋服と食料を調達しようと学院街までやってきた。

 

 アルが今着ている服は倒れた時に着ていた服だった。

 毎日お風呂の時に魔法で洗っているため綺麗ではあるが、行き倒れていた時のままのためところどころ破れていたり、切り刻まれていたりとボロボロだった。

 部屋で過ごすにも居心地が悪いだろうし、部屋から出る時もボロボロな服で歩くのは気分の良いものではないはずだ。適当なシャツとパンツを購入するつもりだった。


 食料はいつも通りテイクアウトのものを買いだめるつもりだったが、先に買うと傷んでしまうし邪魔なため、まずはアルの服から買いに行く事にした。


 レティシアは大きな通りに出ると適当に辻馬車を拾った。乗車料を払い、乗り込むと数分揺られてブティック街にたどり着いた。

 



「ようこそ、いらっしゃませ。本日はどのようなドレスをお探しでしょうか」


 目当ての店に入店するとすぐに愛想のいい女性の店員がレティシアに声をかけて来た。


「今日はドレスではなく紳士服を見に来たの。父にプレゼントしようと思って」

「まあ、それは楽しみですね。承知しました。いま担当の者を呼んで参りますので、少々お待ちください」


 女性はにこりと微笑むと店の奥に消えていった。


 どこで学院の関係者がが見ているかわからない。学院街の紳士服店に入って、あらぬ噂が立ってては困るため、服屋は婦人物と紳士物両方の品物を扱っている店を選び、父へのプレゼントという体でアルの服を買うことにした。


 少し待っていると女性定員は40代くらいのレティシアの父と同じくらいの歳の男性定員を連れて来た。レティシアは嘘をついている事を少し心苦しく思いながら男性定員と話をしながら服を選んだ。



 アルは身長が高く、がっしりとした体つきだ。伸縮性があり着やすそうな黒パンツと白シャツを選んだ。レティシアは会計を済ませると洋服を寮に届けるように頼み、意気揚々と店を出た。


 購入したのは実用的な普段着だが、誕生日プレゼントでもおかしくない値段帯の品物だったため多少痛い出費となった。

 幸いレティシアにはお金を稼ぐ手段があるため、使ってしまったお金については来週末にまた稼ぐことにした。



 時刻はちょうど昼時だった。寮の食堂はランチは営業していない。せっかくだから適当な店で食料を買ってアルと食べようとレティシアは食品店が並ぶエリアへ向かった。近道のために大通りから脇の小道り歩いていた時だった。


「レティ」


 背後から呼び止められ、レティシアはびくりと体を震わせた。


 レティシアの大嫌いな声。こんなところで遭遇してしまうなんて。ついていないと思いながらレティシアはゆっくりと振り返った。


「ごきげんよう。ロベルト様。愛称で呼ぶのは控えていただくよう以前お願いしたはずですが」

「そうだったかな。悪かったよレティ、そんな怖い顔しなくてもいいじゃないか」


 レティシアの婚約予定の相手であるロベルトはわざとらしく答えると品のない笑みを浮かべた。


「今後気をつけるさ」


 その言葉はもう何度も聞いた。レティシアは眉を顰める。


 ロベルトはレティシアの機嫌など気にすることもなく、顎に手を当てて、レティシアのつま先から頭の先までをジロジロと舐め回すように見た。


「君はいつ見ても美しいな。さすが美人と名高いバーレイ辺境伯夫人の娘だ。この僕の隣に立つにふさわしい女性だよ」


 満足そうに微笑みながらレティシアの色素の薄い透けるような金髪に触れる。


「釣り合いは大切だろう。貧相な姫君が僕の隣に立てば貧相さが際立ってしまって可哀想だからな」


 自信満々に告げるロベルトをレティシアは冷め切った目を向けた。


 ウェーブがかった蜂蜜色の髪、美しい空色の瞳、通った鼻と形のいい目と口。高い身長。世間一般にはロベルトは美形の部類に入るなだろう。学院卒業後は魔導士として働いており、伯爵家の長男で次期当主と地位も悪くない。


「そうならぬよう努めますね」

「いい心がけだ。今日は買い物か?何か欲しいものがあるなら私が買ってやる。いろいろ苦しいだろう、我がマイアーベル伯爵家の支援がないと」


 しかし、この自己中心的で傲慢な性格のせいですべてが台無しだった。


 見下したように囁かれ、レティシアは腑が煮え返りそうになった。家格で言えばバーレイ辺境伯家の方が上である。伯爵家に軽んじられるのは許し難い屈辱だった。


「お気遣いただきありがとうございます。ですが街中は誰が見ているかもわかりません。私たちの関係が噂されれば、父の仕事にも支障が出ます。それはマイアーベルにとっても利益はないでしょう」

「確かにな、バーレイ辺境伯家が破綻寸前で、マイアーベルの支援なしでは立ち行かなくっているなんて噂が広がれば、更に経営が悪化してバーレイは本当にただのお荷物になるからな」


 はははと笑いながら答えるロベルトに耐え難いほどの怒りを覚えるが、拳をグッと握りしめてレティシアは我慢した。


 残念ながらロベルトの言うことは全て事実で、今レティシアの実家であるバーレイ家はマイアーベルにお荷物と言われても仕方がないほど困窮している。破産せず事業が回っているのもマイアーベルからの融資のおかげだ。

 

「レティ、お前は態度を改めるべきだ」


 ロベルトはひとしきり笑うとレティシアの前に立ち見下ろした。当たり前だがレティシアよりもロベルトの方が背が高い。威圧感を感じて後ろに後ずさろうとするがロベルトはそれを許さない。レティシアを抱きよせると腰に手を回して顔を近づけた。


「主導権はこちらにある。お荷物だとわかっているなら、荷物らしく私の隣で大人しくしているんだ。君は黙っていれば美しい」


 頬を撫でられながら吐息がかかるくらいの距離でそう言われ、嫌悪感から震えが止まらなくなる。

 レティシアは我慢できずに力いっぱいロベルトを押しのけた。


「やめてください…戯れが過ぎます」


 ロベルトは突き飛ばされるとは思っていなかったのか数歩後ろによろけると酷く不服そうな顔をし、鋭い目つきでレティシアを睨みつけた。


「お前、自分の立場がわかっているのか」

「婚約はまだ口約束にすぎません」

「それでもバーレイに逃げ道などない。私たちはすでに婚約したも同然だ。自覚を持った行動を取れ」


 ロベルトは不機嫌そうに吐き捨てると、すれ違いざまに肩でレティシアを突き飛ばした。ロベルトよりも体が小さく華奢なレティシアは床に叩きつけられる。


「…っ」

「そうやって這いつくばって俺に縋るべきだ」


 レティシアが怯えた目で見上げると、ロベルトは満足げな顔をして去っていった。


 嵐が過ぎ去った後、足がひどく痛み裾を捲ると膝から真っ赤な血が滲んでいた。辛くて、悔しくて泣き出してしまいたい気持ちだったが、唇を噛んで涙を飲み込んだ。

 幸い傷口はスカートの裾で隠れる位置だったため、レティシアは治療は後回しにしてすぐに立ち上がるとスカートの砂埃を払い、何事もなかったように歩き始めた。


 人気のない小道と言ってもどこで誰が見ているかわからない。どんなに辛くても辺境伯令嬢の名に恥じぬ凛とした姿で歩き続けた。







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