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7.魔力暴走

 


 レティシアが机に向かい、先ほど借りたレポート用の資料に目を通しているとシャワールームの扉が開いた。


 シャワールームから出てきたアルは見違えるように綺麗になった。

 もともと綺麗な顔立ちをしていたが、さらに磨きがかかり蠱惑的でぞっとするほどの美しさで、この世のものとは思えないほどだった。


「本当にアルなの…?」


 美しいと言っても女性的な美しさではなく、研ぎ澄まされた抜き身のような危なさを含む男性的な美しさである。


 シャワールームから出てくるとベッドに直行して倒れるように横になった。顔色が見るからに悪い。


「アル?」


 レティシアは慌てて椅子から立ち上がり、読んでいた本を放り出してアルに駆け寄った。


「どうしたの」

「…触るな。放っておけ」

「こんな状態で放って置けるはずないでしょう!」


 アルがふらふらしていて拒めないのをいいことに着ている服を捲り上げ直接肌に触れた。


「おい、待て」

「待たない」


 魔力回路に干渉するとレティシアは目を見開いた。


「魔力暴走…」


 とんでもない量の魔力が体内に流れ込んでいる。昨日魔力回路の浄化を行った時は至って普通だった。どうしてこんな事になってしまったのか。


 シャワールームに入るまではいつも通りだった。シャワールームに入って体を清めてからおかしくなったと考えると、思い当たるのは体を乾かしたり、服を洗ったりした時の魔力の放出。レティシアの治療によって魔力回路内の不純物が除去された状態で久々に魔力を使ったからではないだろうか。


 いつも通りの魔力量を流し込んだら障害物がないせいで急激に身体中に魔力が循環して体が悲鳴を上げているのだ。


 一言、気をつけるようにレティシアが声をかけていれば。

 後悔したが、倒れてからでは遅い。


 こんな時、どうしたらいいのだろう。学院では魔力暴走の症状しか習っておらず、対処法がわからない。

 激しく脈打つ魔力回路を堰き止めようと四苦八苦しているとアルがレティシアの手を引き剥がそうとした。


「…いいから離れろ。いつ魔力が暴発するかわからない」


 魔力回路の不調が酷い時も、こうやって一人でベッドの上でやり過ごしてきたのだろうか。

 苦しそうにもがくアベルを見ているだけで胸が苦しくなる。危険だからと遠ざけようとするアベルの手をレティシアは強く握った。


「おい…」


 レティシアのように、守護魔法に適性のある人間は大きな魔力の出力はできない反面、繊細な魔力操作が得意だ。体内の魔力は基本的に自由自在に操れる。


 アルが魔力を制御できずに困っているというなら、アルから魔力を全て奪い取ってレティシアの体内で処理してしまえばいいのではないだろうか。


「黙ってて」


 魔力の循環量が一番多いのは心臓だ。片方の手でアルの心臓に触れると、アベルの手はレティシアの左胸に押し付けた。

 目を閉じて魔力の循環を感じる。相性がいいからかアベルの魔力回路は鮮明に見える。


 レティシアはアルの心臓に刺激を与え、レティシアに余分な魔力を全て送るように仕向けた。


「っはぁ…」


 アルは顔を顰めた。


 同時にどくりどくりとアルの手から魔力が流れ込んでくる。とても熱くて濃厚で上質な魔力だ。それでもゆっくり呼吸をして落ち着いて処理すればぎりぎり対応できそうだった。

 こんな上質な魔力を大量に生成できるだなんて、どんな体をしているのだと思いながら、流れ込む魔力を少しずつ取り込んでいった。


 10分ほど魔力を吸い続けるとアルの顔色がだいぶ良くなった。レティシアの体調にも大きな異常はない。このくらいで様子を見ようとレティシアは魔力の吸引をやめた。


「アル、調子はどう?」

「…」

「っ…アル!」


 返事がなく慌てて脈を測るが正常であり、呼吸もしっかりとしていた。どうやら眠ってしまったようだ。もう一度魔力回路に干渉して確認するが正常な動きをしている。

 レティシアはホッと息を吐き出した。


 体は落ち着いたようだったがアベルの顔つきはかなり険しく、眉間はいくつものシワが寄っていた。


 苦しそうな顔を見ているのが辛くて、魔力回路の浄化もしようと思った時、午前中に図書館で読んだ本の内容を思い出した。


 確か本には、皮膚を触れ合わせた面積が広ければ広いほど魔力回路の浄化の効果は上がると書かれていた。


 貴重種の場合魔導士と治癒師の相性が一番効果に影響するとあったがそれは今さらどうにもならないため無視するとして、出来るだけ触れ合う面積を大きくして浄化を行えばよりアルの体はより楽になるのではないか。


 しかし、触れる面積を大きくするといってもどうしたらいいのだろうか。一応レティシアは嫁入り前の貴族の娘だ。あまりに大胆なことはできない。

 布越しでもいいから少しでも触れる面積を増やすには。


 じっとアルを見つめなが考え、レティシアはベッドの縁に腰を下ろした。


 アルも寝てるし、このくらいならしても大丈夫よね。


 レティシアはそっとアルの頭部に手を伸ばして自分の膝の上に乗せた。一瞬アルが呻めき、動きを止めたが、すぐに寝息を立て始める。


 レティシアは胸を撫で下ろし、手をアルの頭の上に置いた。

 髪の毛は予想以上にさらさらで柔らかかった。艶々としたブルーブラックの髪の毛を撫でると額の上に移動させて魔力回路の浄化を始めた。


 触れる面積が広いと普段よりも魔力の消費が早い気がした。その分アルが回復しているのだと思うと嬉しくなった。

 誰かの役に立てるのはとても嬉しい。なぜ治癒師になりたかったのか、学院で学びたいと思ったのか、その時の記憶が鮮明に蘇る。


「元気になって…アル」


 レティシアは一生懸命アルの治療に努めた。





 2時間ほど膝枕の状態で浄化をしていると足が痛くなってきた。そろそろいい時間であるし寝る準備でも始めよう。

 レティシアがアルの頭の下から抜け出そうとすると頭の上に置いていた手をがしリと掴まれた。まるで行くなと言わんばかりに力強く握られ、手はそのまま口元へ引き寄せられる。


「ア、アル…ちょっと」


 名前を呼んだが返事はない。寝ぼけているようだ。


「もう…」


 強く握りしめられたまま、アルの顔をじっと眺める。なんで綺麗な顔なんだろう。でも美しいくもあり、どこか寂しそうに見えた。


 どうしてそんな顔をするのだろう。浄化を続けながらぼんやりと見つめていたが、足の痺れがピークに達して今度こそはと頭を退けようとする。


「悪いけど、そろそろ本当に足が限界なの」


 力いっぱい引き離そうとしたがびくともしない。


「ちょっと、退いてってば。この馬鹿力…っひゃ」

 

 レティシアが思い切り踏ん張った瞬間、膝の上が急に軽くなり掴まれていた手が離された。レティシアは勢いよく後ろにひっくり返った。


「…もう、なんなのよ」


 レティシアがぼやき、体を起こそうとすると筋肉の塊が降ってきた。


「ちょっと、まっ…!」


 しっかりとした腕がレティシアの上半身に絡みつき、胸元に顔を埋められる。


「な、何してるの」


 顔を真っ赤にしながらバシバシとアルの肩を叩いたが、顔を顰めるだけで目を覚ますことはなく、むしろ押さえつけるように腕の中に引き摺り込まれた。


「アルってば寝ぼけないで」


 ぐっと引っ張れば引っ張るほど力強く絡め取られ、びくともしない。レティシアはさらに顔を赤く染めた。

 アルがとても近い。顔はレティシアの胸に埋められ擦り寄るように腰から背中にかけてに手を回される。いつもの威圧感はなく、温もりを求めて寄ってくる猫にしか見えなかった。


「…ずるい」


 力強くで抜け出すのは困難だと悟り、別の方法を考えようとレティシアはひとまず暴れるのをやめた。


 どうやって抜け出そうか考えているとアルの頭が目に入る。綺麗なブルーブラックの髪の毛だなあと優しく撫でていると、恥ずかしさや緊張が徐々になくなってきた。


 上半身にしがみつかれているのもぽかぽかして気持ちいい気がして頭がぼんやりとしてくる。ふんわりとレティシアの愛用する石鹸とアルの匂いが混ざったような香りがして、目を細めた。

 案外嫌いじゃない。むしろなんだか落ち着く気がする。

 そんな事を考えているうちにレティシアの意識は薄れていった。




お読みいただきありがとうございます!!


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