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2.奨学生と腹ペコ青年

 



 ーーコンコン、コンコンコンコン!


「レティシア、起きてる?もう朝ごはんの時間終わっちゃうわよ。まだ食べてないでしょう?持ってきてあげたわよ」


 クロエの声が部屋の外から聞こえてゆっくりと目を覚ます。妙に当たりが明るくてぼんやりと時計を見ると8時を回るところでレティシアがばりと飛び起きた。

 いけない、寝坊した。


「ドア開けるわよ」


 即座にベッドの方を見ると青年がすやすやと眠っている。


「まって!着替え中なの」

「あら悪かったわね。でも起きてて良かった。朝食、部屋の前に置いておくけどいいかしら」

「持ってきてくれてありがとう。すぐ食べるわ」

「じゃあ、今日は先行ってるわね」

「わかった」


 足音でクロエが去っていったのを確認してレティシアはそっとドアを開いた。隙間から朝食の乗ったトレーを回収すると部屋のテーブルに移動させた。


 レティシアは返事を返すと胸を撫で下ろした。危なかった。鉢合わせしたら大惨事だ。


 ホッとしたのも束の間、時計を見て飛び上がる。


「もう8時をまわってる。お風呂に入ってないし制服も着てない。鞄の準備もまだ終わってないのに」


 レティシアは悲壮な顔で叫ぶとすぐさま登院の準備に取り掛かった。

 慌ててシャワーを浴びて制服に着替える。精霊たちに手伝ってもらって髪を乾かすとすでにいつも寮を出ている時間を過ぎてしまっていた。


 クロエには申し訳ないが朝食を食べる時間はない。レティシアはカバンの中に教科書と筆記用具、課題やプリント類を詰めるとバタバタとドアに向かった。


「行ってきます」


 部屋に残された青年と朝食に向かって叫ぶとレティシアは慌ただしく部屋を出た。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ーーゴーン、ゴーン、ゴーン


 レティシアが教室に入って先に着いた瞬間、予鈴が鳴った。


「意外と早かったわね」


 呑気に告げるクロエにレティシアは怖い顔をした。


「ぎりぎりよ。こんな遅刻間際な時間は初めてだわ。心臓が止まるかと思った」

「まだ予鈴じゃない。担任が来るまで10分もあるわ」

「もう予鈴よ。一回でも遅刻すれば奨学金審査に影響するんだから。あと10分で学生生活が終わる所だったわ」


 レティシアが冗談混じりに告げるとクロエは声のトーンを落とした。


「まだお家の事業がうまく行ってないの」

「ええ。強力な魔獣が異常増殖しているみたいで、鉱山の採掘がストップしてしまっているの。他の新規事業に多額の投資をしたばかりだったから資金繰りが少し大変で」

「そうなのね。時期が悪かったわね」


 その通りだった。まるで事前に打ち合わせしていたようによくない出来事が重なった。

 レティシアの実家はこれでもバーレイ辺境伯家と言うアイルード王国でも名の知れた家門だ。経営が傾くなんてそう起きないはずであるのに。


「本当に。まあ、学院は奨学金でやりくりすれば卒業できそうだから、卒業後には、それなりな家格の家に嫁いで支援してもらうのも視野に入れてる」

「レティシア、あなた専属になるつもり?宮廷治癒師の夢は?」

「悩んでる。夢ではあるけど、家族を見捨ててまで叶えたい夢ではないから」


 クロエは残念そうな顔をする。


「…レティシアほど優秀であれば宮廷治癒師に絶対になれるのに」

「ありがとうクロエ」


 レティシアもなれるものなら宮廷治癒師になりたかった。でもレティシアは辺境伯家の長女なのだ。領地と領民を守る義務がある。時には政治の駒として動かなくてはならない。自分の夢だけを優先できるわけではないと理解していた。


 クロエは思い詰めた顔をしていたが、急にレティシアの手を握りしめて詰め寄った。


「こうなったらパアッと気晴らしよ」

「気晴らし?どうやって」

「それはそのうちわかるわ」


 クロエはパチリとウインクする。その時、タイミングよく担任が教室へ入ってきて、ガヤガヤとうるさかった教室が静まり返った。


「それじゃあまた後で」


 クロエは小声で囁くと自分の席に戻っていく。

 気晴らしとは何なのか謎は深まるばかりだった。





「えー、と言うことで、来週からは急遽特別実習が始まります。実習に備えて何か特別な準備は必要はありませんが、治癒師の卵である自覚と責任、誇りを持ち、皆さんは各自与えられた業務、持ち場をーー…」


 ホームルームの最後に、担任から重大な報告があった。

 それは西部の大規模魔獣討伐に参加した魔導士の怪我の治療および、魔力回路の浄化の手伝いを特別実習として1週間ほど行うというものだった。


「わかっているとは思いますが、皆さん同様、魔導の心得のあるものは殆どが貴族の出身です。くれぐれも失礼のないよう、誠心誠意治療にあたってください」


 レティシアの隣でクロエは満面の笑みを浮かべてグッドサインを出していた。


 ああ、そう言うことか…と、レティシアはようやくクロエの言葉を理解した。




「魔導士は美形貴族の宝庫。暗い気分を吹き飛ばすには見目麗しい男!美形魔導士発見隊出動!」


 ホームルームが終わるとレティシアとクロエは一限の教室移動のために教科書を持って廊下を歩いていた。


「辛い時は美形を見るに限るわ」


 鼻息を荒くしてレティシアに迫るクロエにレティシアはため息をついた。


「身持ちが悪いと噂されたらどうするの」


 気乗りしないレティシアにクロエは自信満々に返す。


「そこら辺は上手くやるのよ。騒ぐだけなら身持ちが悪いなんて言われないわ。もちろんいい人がいれば捕まえるけど、いなければ本気にならなくていいの。騒ぐだけ騒いで楽しむのよ。美形も騒がれるのが嬉しい、私たちも騒ぐのが楽しい。需要と供給が成り立った素晴らしい関係よ」


 たしかに、見目麗しい殿方に見惚れたからと言って法的に罰せられるわけではないし、話しかけたからと言っても治癒を行う過程で問診は必須なのだから、過度に気にすることはないのかもしれない。


「ほどほどになら、楽しそうかも」

「そうよ。レティシア貴女は真面目すぎるわ。何事も楽しまなくっちゃ」


 治療とはいえ自室に男を連れ込んでるなんて口が裂けても言えないと改めて思った。


「魔導士は美形が多いと言われているから、実習に乗じてちやほやして楽しむのよ。行くわよ!レティシア副隊長、ビバ美形探しの旅!」


 元気よく片手をグーにして振り上げるクロエの横でレティシアも控えめに手を上げる。

 2人は今日も楽しくお喋りしながら1限の教室へ移動した。





 学院の授業は午前2コマ、午後3コマ、1コマ60分で進んでいく。午前の授業が終わり、学院のレストランでクロエと昼食をとっていたところでレティシアはハッとした。


 レティシアは寮生であるため朝と夜の食事は基本的に寮の食堂で取る。昼は学院のレストラン。部屋にはろくな食べ物が置いてない。

 ベッドで休んでいる青年は大丈夫だろうか。朝は忙しくて青年の食事まで気が回らなかった。


 最後にご飯を食べたのがいつかはわからないが、朝と昼抜きでは相当お腹を空かせているはずだ。体力の回復に食事は欠かせない。栄養のある食べ物を食べなければ治るものも治らない。

 レティシアが思い詰めた顔をしていると、クロエはすぐに見抜いて尋ねた。


「どうしたのレティ。顔色が悪いけど」

「ううん、来週提出のレポート課題を思い出して」

「そういえば私もすっかり忘れていたわ。実習で消えたりしないかしら」

「課題の回収が授業時から朝のホームルームに変わったって言ってたからあるはずよ」

「担任がうっかり忘れてくれたらいいのに」


 クロエは渋い顔をする。

 レティシアは上手く誤魔化しながら尋ねた。


「ねえ、学院街のお店って何時まで空いていかしら」


 学園の周りには学院街と呼ばれる食料品や日用品が立ち並ぶ通りがある。昼休みにこっそり食料を青年に届けられたらよかったのだが、学院を抜けて食事を買って部屋まで戻り、再び学院帰るにはあまりにも時間がない。放課後に学院街に寄って帰ろう。


「学院街のお店なら大体が18時で閉店のはずよ。ちなみに学園の購買は17時」

「そっか、ありがとう」


 レティシアが返事をするとクロエは不思議そうに尋ねた。


「買い物?」


 素直に素直に食料を買いに行くと答えれば、寮に食堂ではダメなのかと聞かれてしまうだろう。


「学園街のパティスリーにちょっと用事があって」

「あらそう。レティシアって甘いものそんなに好きだったっけ」

「もう少しで両親の結婚記念日だから弟がサプライズ用のケーキを送って欲しいって。魔道宅急便で」

「あら、いいわね。だったら、学院街の裏道にある老舗のパティスリーがおすすめよ。もともとはクッキーで人気が出たお店なんだけど、ケーキもなかなか美味しくて、クッキー同様にクリームが甘さ控えめだからご両親もきっとーー…」


 クロエは楽しそうにパティスリーの話を始めた。呪文のように湧き出てくる情報に耳を傾けながら、内心ホッと胸を撫でおろした。

 不用意に青年に関する話は出さないようにしよう。いつボロが出るかわからない。クロエはとても勘が鋭い。朝も危うくアルと遭遇しそうになってヒヤリとした。気をつけないと。



 2人は食事を終えると教室へ戻った。

 予鈴が鳴り、教師が教室に入ってくる。いつも通り午後の授業が始まった。

 レティシアも教科書とノートを開いて授業に耳を傾けたが教師の話はあまり頭に入ってこなかった。

 考えないようにしても空腹に苦しむ青年の姿が浮かぶ。


 朝は寝坊して遅刻しかけるし、昼休みはクロエに怪しまれた。午後の授業は青年の体調が気になって集中できない。

 青年に振り回されっぱなしの1日だぅた。


 こうなったら早く治療して元気になってもらって、部屋から出て行ってもらうしかない。レティシアは授業を聞きながら青年の効率的な治療法について考え始めた。




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