表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/13

11.仰せのままに



 その日の夕食後、アルは相変わらずレティシアが図書館から借りてきた本を読み続けていた。

 良く集中力が続くなとレティシアが眺めているとアルは本に目線を落としたまま尋ねた。


「どこで詰まってる」

「へ」


 レティシアは裏返りそうになりながら声を漏らす。

 夕食後からずっと今週提出のレポート課題に取り組んでいたが進捗は今ひとつだった。気持ちを自覚したばかりでアルのことが気になって仕方なかったのだ。


 図星で動揺しているとアルは読んでいた本を閉じて、テーブルで課題を広げているレティシアの隣に座った。


「見るぞ」

「ちょっと」


 レティシアの返事を待たずにアルはレポート課題を覗き込んだ。


「…もう」


 レティシアは仕方なく見せた。


 レポート課題は魔道工学についてで、魔導具の歴史と展望を5000字でまとめるというものだ。


「魔導具の歴史については良くまとめられてる。その割に展望部分が適当だ」

「適当って」

「根拠が薄い」


 指摘された部分をレティシアは見返した。


「…確かに」


 裏付けとなる引用などがほとんどなく説得力に欠ける気がした。

 的確な突っ込みに感心しつつ、どう直すべきかわからずレティシアは難しい顔をした。ひとまず図書館に行って参考書を探し直すか、と考えているとアルが呟いた。


「クラリスの手記はあるか」


 レティシアは首を傾げる。


「クラリス博士の著書よね…確か寮の共用スペースに置いてあったと思う。読んだことはないけど」

「読んだ方がいい参考になる」


 クラリスの手記は魔導工学の本の中では比較的有名な本だ。しかし、かなり分厚く文字も小さく、言い回しも難しいため敬遠して読んだことはなかった。


「わかった。今借りてくる」


 レティシアは立ち上がると部屋を後にした。


 言われた通りに談話室からクラリスの手記を借りてくると、アルはレポート課題の参考になる章をピックアップしてくれた。

 それだけではなく、わからない表現が出てきても丁寧に説明してくれて、参考書を読むために別の参考書を開くというような事もなく、サクサクと読み進めることができた。


 クラリスの手記は大変参考になる記述が多く、ベッドに入る時間になる頃には今までにない渾身の出来のレポートが完成した。



「ありがとう、アル。おかげでいいレポートがかけたわ」


 満面の笑みで礼を述べるとアルは相変わらずソファの上で本の活字を追いながら無愛想に告げた。


「感謝は態度で示してくれ」


 夜遅いが1時間くらいなら浄化ができそうだ。レティシアはベッドに移り、ソファに寝そべるアルを呼んだ。


「仕方ないわね。ベッドに移って」

「こっちに来い」

「貴方ね」


 なかなか動こうとしないアルに言い返そうとしたところでレティシアはベッドからいい匂いがするのに気がついた。石鹸の爽やかな香りだ。


「もしかしてアル、ベッドのシーツ洗ってくれたの」


 アルを外で拾ったままの姿で寝せてしまったため多少汚れており、できるだけ早く洗いに出さないといけないと思っていたが、レティシアが昼に出かけていた時に洗ってくれたようだ。


「ありがとう。でも綺麗にしたのならなおさらベッドで寝ればいいのに」


 レティシアは不思議そうに尋ねるとアルは静かに答えた。


「お前のベッドだろう」

「病人をソファに寝かすほど鬼じゃないわ」

「俺は床でも寝れる」


 アルはレティシアがソファで寝るのを気にしているようだった。

 アルが頑なにソファから動こうとしないため、レティシアはソファまでやってくると端に腰を下ろした。

 するとアルはすぐに体を起こしてレティシアの膝の上に頭を乗せた。


「ちょっと」

「昨日もしただろ」

「起きてたの!」


 昨日の記憶が鮮明に蘇り、レティシアの顔が一瞬で紅潮した。


 寝ぼけて抱きしめられた時、アルは起きていたのだろうか。どういうつもりで抱きしめたのだろう。


「早くしろ」

「え、あ…うん」


 アルに急かされレティシアは浄化を始めた。アルはすぐに気持ち良さそうに顔を緩めてレティシアの手に擦り寄った。


「シーツ洗ってくれたのはありがたいんだけど、大丈夫なの?また魔力を使ったんでしょう。この間みたいに魔力暴走が起きたりはしなかった?」

「ああ」

「そう、良かった」


 魔力回路の動きは正常に戻り始めたようだ。

 アルの体が回復するほど嬉しいはずなのに、どこかでこのままずっと治らなければいいのにと思ってるレティシアがいる。

 あと何日アルがこの部屋にいるのかと考えると胸が苦しくなった。



「魔力暴走はどうやって止めたんだ」


 アルは思い出したように昨日のことを尋ねた。

 暴走が起きている間は意識が朦朧としていたのだろう。


「魔力が溢れていたから吸い取ったけど」


 素直に答えた途端、アルは目を見開き、突然レティシアの手を掴んで強く握りしめた。


「馬鹿」


 真剣な表情でレティシアの顔をじっと見つめる。慌てるアルを見て、何かまずい事をしてしまったのかとレティシアはたじろいだ。


「だ、大丈夫よ。なんともなかったから」


 アルはレティシアの事を睨みつけ、きつい口調で告げた。


「基本的に魔力の流れは治癒師から治癒対象へ、小さい魔力を大きい魔力に合流させるのは問題ないが、治癒対象から治癒師へ大きい魔力を小さい魔力源に注ぎ込むのは自殺行為だ。それに魔力の質は人それぞれ異なる。魔力の相性が悪くて拒絶反応が大きければ重大な疾患を生む原因になる」

「そう、なんだ」

「魔力の相性や条件によってはお前の体は弾け飛んでいた」


 思ったよりも危険な事をしていたのだと知りレティシアはヒヤリとした。魔力の相性が良くてよかった。

 アルは、はあっと不機嫌そうにため息をつくと再び横になった。


「そんなだと治癒師になっても不注意でぽっくり死ぬぞ」


 もし、治療中に事故を起こしていたらアルや寮、学院、実家までにも迷惑をかけていたかもしれない。


 魔力回路に触れるということは人間の魂に触れるという事である。相手の命を預かり、自分の命をかけて治療している事をもっと重く受け止めるべきだったとレティシアは反省した。


「危ない治療をしてしまってごめんなさい。教えてくれてありがとう。正しい対処法を学院の先生に聞くわ」


 レティシアは深く反省した様子だったが、すぐに切り替えてアルに感謝を告げた。

 いつも直向きで芯のあるレティシアがアルの気持ちを落ち着かなくさせる。今まで見てきたか弱い令嬢とは違うレティシアにアルは手を伸ばした。


 そんなレティシアが、どうして昼ごろにあんなに怯えていたのか。

 触れようとしただけで肩を震わせていたのは、どこの誰のせいなのか。知りたくて仕方がなかった。




 それから約1時間ほど、魔力回路を浄化してもらっているとレティシアの柔らかい小さな手から魔力の放出が小さくなって消えてしまった。

 アルはもうお終いかと残念に思いながら目を開くとレティシアはソファに寄りかかって寝息を立てていた。

 買い出しやレポート課題で疲れたのだろう。


 レティシアを起こさないようにソファから降りると、膝裏と背中に手を差し込んでゆっくりと体を持ち上げた。


 こんなに小さく華奢な体でアルの膨大な魔力を受け止めただなんて。魔力の相性がいいのだろうがそれでも信じられない。


 貴重種の間では相性のいい治癒師を探すのにかなり苦労したという話もきくが、同じくらい、相性のいい治癒師は最高だという話も聞く。

 相性のいい治癒師のために国を一つ制圧して献上した魔導士もいるという噂を聞いたこともあったが、さすがに嘘だろうと思っていた。


「存外、ありえなくもないな」


 アルは自分の体内に漲る力を感じながら呟いた。


 抱えたレティシアをベッドに下ろすとアルは素直にソファで寝るために離れようとした。


「アル…」


 寝ぼけたレティシアが寝言を溢しながらアルのシャツを握りしめた。アルはすぐに引っ張ったがなかなか離してもらえない。


 女に絡まれるのは面倒だったはずなのに。

 なぜか嫌な気はせずレティシアの隣に寝転がった。


 寝顔を見ながらぼんやりとしていると腕や頭の体の触れ合った部分から心地よい魔力が流れてきて、ほのかな眠気と、また別の欲が襲いかかってきてアルは視線を逸らした。


 シャツを引っ張ってレ手から逃れようと繰り返していると、レティシアは不機嫌そうな顔をして今度は両手でアルのシャツを握りしめた。

 一瞬ぽかんとしたのち、アルはレティシアの髪の毛を掬い口付けた。


「俺の治癒師は何を望む」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ