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1.落とし物発見

 


「いやあ、最高に面白かったわね。レティシア、あなたもそう思うでしょう?…運命的な出会い、禁断の恋、悲しい別れ、そして再会。なんてドラマティックなのかしら!私もいずれはそんな恋をしてみたいわ」

「そうかしら」


 瞳を輝かせるクロエにレティシアはあっさりと返事を返した。


「あら随分と冷めているのね」


 クロエが不服そうに口を尖らせるとレティシアは淡々と答えた。


「森で拾った怪我した男性が高位貴族の嫡男で、運命的に恋に落ちるなんてドラマティックな展開、そうそう起こり得ないわ」


 どこまでも現実的なレティシアにクロエはつまらなさそうな顔をする。


「人生何が起きるかわからないじゃない」

「何も起きないことの方が多いわよ」


 むしろ何も起きない方が幸せだわ。


 レティシアは口から出そうになった言葉を静かに飲み込んだ。




 学院が終わり、迎えた放課後。

 レティシアは親友のクロエと巷で人気の観劇を見た帰り道だった。


 観劇は大人気のロマンス小説を元にしたもので、貴族の男性と少女が運命的に出会い愛を深めていくというような内容だった。

 乙女なクロエは観劇が終わっても興奮した様子でひたすら運命の出会いやドラマティックな展開について語り続けていた。


「もう、夢がないわね。フィクションだとしても憧れるくらいいいじゃない。誰にも迷惑はかけていないわ」

「憧れすぎて嫁ぎ遅れたら実家に迷惑がかかるわよ」

「現実主義ねえ。そんなに可愛げがないと婿さんに愛想を尽かされちゃうから」


 クロエは面白おかしくレティシアに忠告する。


「尽かされる愛想があればいいけど」

「どういう意味?」


 クロエが首を傾げるとレティシアは首を振った。


「なんでもない」


 いつもと違う様子にクロエは怪訝な顔をする。

 一体何があったのかと尋ねようとしてクロエは口をつぐんだ。


 貴族の結婚は政治の手段だ。

 自分の意に沿わない結婚はいくらでも起こる。最近レティシアの実家がゴタゴタしていることはレティシアから聞いていた。

 他人は自分ではない。どこに地雷が埋まっているかはその人にしかわからない。不用意に踏み込むものではないと思い、クロエは尋ねるのをやめた。



「そうだ、レティシア知ってる?」


 クロエは話題を変えた。


「西部の大規模魔獣討伐が終わって、近々治療が必要な魔導士が大勢運び込まれてくるそうよ。治癒院や医院が稼働するらしいけど、人手が足りなければ治癒科の学生の私たちも実習という形で治療を行うことになるって」


 大規模討伐とは定期的に行われている魔獣駆除のための遠征だ。魔獣と呼ばれる魔力を持つ動物が増えすぎると人を襲ったり害を与えることがあるため、一定数より大幅に増えると定期的に宮廷内の魔導士で大量討伐を行うのだ。


 戦争のように死者が出るような争いではなく、治安維持のための見回りに近いが、それでも魔獣は凶暴な生き物であるため怪我人は毎回ある程度は出てしまう。


「そうなの。重傷者が少ないといいわね」


 レティシアが告げるとクロエはふふふと微笑んだ。


「そうね。重傷者は少ないことを心から祈るわ。でもレティシアこれは大きなチャンスよ」


 レティシアとは全く異なる様子のクロエに小首を傾げる。


「宮廷魔導士は美形貴族の宝庫。実習中に運命の出会いが訪れるに決まってるわ。今から準備をしないと」

「準備?」

「パックにボディクリームに十分な睡眠。高い化粧水に美容液、可愛くお化粧して新しい香油を塗るの」


 レティシアはじとっとした目でクロエを見る。


「でも実習よ」


 ピンときていないレティシアにクロエは詰め寄った。


「実習だからこそよ。生徒指導のミセス・マクミランはおそらくいないわ。少しくらい色気付いてもバレないわ」


 学院には両家の子女子息が多く通う。

 生徒たちが非行に走らないように生活面は生徒指導のマクミラン夫人が常に監視の目を光らせている。

 ただし実習ともなれば生徒は学院中に散り散りになるため、監視の目は行き届かないだろう。


「まってて私の王子様〜」


 クロエは頬を薔薇色に染めてうっとりとすると、浮き足立った様子でステップを踏み始める。


「ちょっとクロエ」


 レティシアは小さくため息をつくと、調子良く駆けていくクロエの背中を追った。





 レティシアの生まれたアイルード王国には魔導士と呼ばれる魔力で精霊を操る人間がいた。


 魔導士は大きく2種類に分かれ一つは戦闘魔導士、もう一つは技術魔導士だ。

 戦闘魔導士はその名の通り攻撃魔法を得意として、戦争や魔獣の討伐に駆り出されたり王族などを護衛し、技術魔導士は守護魔法を得意としており、人体の治療や魔法薬の生成、魔導具の開発が主な仕事だった。


 一見、技術魔導士よりも戦闘魔道士の方が優れているように見えるが力関係はとんとんだ。

 というのも、戦闘魔導士は火の玉を飛ばしたり風の刃で火を切り刻んだりすることができ、絶大な力を持つが、その反面大きな弱点があった。


 それが魔力回路の不調である。


 魔導士が力を使う際は精霊に魔力を与えてその対価として力を起こしてもらうのだが、精霊は新鮮な魔力を好む。精霊に魔力を与えれば与えるほど、残飯は古い魔力として体の中に溜まっていってしまう。


 そうして溜まった魔力によって起こるのが魔力回路の不調だった。症状は人それぞれだが魔力の流れが悪くなったり、魔力が詰まって壊死したりする。


 そうなる前に戦闘魔導士は定期的に魔力回路を浄化する必要があるのだが、浄化を施せるのは技術魔導士だけだった。


 戦闘魔導士が大規模な魔力放出が得意なのに対して、技術魔導士は小規模で繊細な魔力放出が得意な傾向がある。

 魔力回路の内部を洗浄するのはもちろん、そのほかにも戦闘魔導士の武器となる魔導具を作ったり、体を強化する魔法薬を作ったりなど繊細な仕事は技術魔導士にしかできなかった。


 戦闘魔導士は技術魔導士がいなくては文字通り生きていくことができない。しかし、戦闘魔道士がいなくては戦争に打ち勝ったり、国を守ることができない。

 戦闘魔導士と技術魔導士は持ちつ持たれつの関係を保っていた。



 レティシアは守護魔法に適性があったため、技術魔導士を志望していた。その中でも魔力回路を浄化して戦闘魔導士を支える、技術魔導士の中でも要の存在である治癒師に憧れていた。


 治癒師と言っても治癒院や医院、宮廷や専属など働き方は様々だが、レティシアは最難関と言われる宮廷治癒師になるのが夢だった。


 幼い頃から宮廷治癒師に憧れ、狭き門を潜るために技術を磨いてきた。その甲斐あって学院でも良い成績を残し、宮廷内定まで王手をかけたところだったのに。

 突然、家の都合で伯爵家に嫁ぎ、その家門の専属治癒師になることが決まってしまった。

 専属治癒師は一つの家門のお抱えの治癒師であるため、宮廷の全ての魔導士を診る宮廷治癒師になることは許されない。


 それだけでもショックだったのに、専属先を聞けばあまりいい噂のない家門だった。

 レティシアは宮廷治癒師の夢だけではなく、夫に愛されるという夢も諦めなくてはならないのだ。


 運命的な出会い、ドラマティックな展開。

 そんなもの夢見るだけ無駄だと諦めていた。


 諦めていたの、だが…



「ちょっと貴方大丈夫?」


 夜も更け、静かさが広がる23時。

 いつも通り寮の門限を破って学院の図書館で夜の読書を満喫した帰り道だった。


 道端に人が倒れていた。

 学院には魔法結界が貼られていて通行者がないと入れないため、危険な人物ではないだろうと思いレティシアは駆け寄った。


 ほんのり青味のある黒髪に、体は筋肉質で身長はかなり大きい。戦闘魔導士にありがちな体型だ。

 全身に擦り傷や打撲感があり怪我をしていた。身なりはもとは質の良さそうな服だが、所々破け全体的に汚れていた。


 中でもレティシアが一番気になったのは青年の魔力回路だった。


「何をしたらこんなボロボロになるの」


 青年の魔力回路は酷い有様だった。

 おそらく長い間魔力回路の浄化をしていないのだろう。詰まったり、腐りかけたりしている。こんな体で生きているなと驚くほどだった。一晩でも放置したら間違い死に至る。


 レティシアは急いで寮の医務室に運ぼうとして思いとどまった。



 時刻は23時。とっくに寮の門限は過ぎている。

 今、外で重傷者を拾いましたと寮の医務室に駆け込めば間違いなく門限破りの反省文を書く羽目になる。


 レティシアは家の都合で奨学金をもらっていた。反省文が奨学金の審査に引っ掛かれば授業費が払えなくなり、学院に通えなくなる。

 学院を卒業できなくなれば、治癒師の資格が取れず、伯爵家との専属契約と嫁入りの話は無くなり、実家への融資も途絶えるだろう。


 融資が途絶えるだけで済めばいいが、違約金を支払うように伯爵家から迫られれば、バーレイ辺境伯家の経営は火の車どころではなくなる。一家離散、夜逃げ、身売り、無理心中。様々な言葉が頭の中を巡った。


 そうは言っても瀕死の青年をこんな人通りの少ない場所に放置すれば誰にも見つけてもらえず死んでしまうかもしれない。



 保身をとるか、目の前の命をとるか。

 真剣に考えたが人として、治癒師の卵として重傷の戦闘魔導士を見捨てることはできなかった。


 ただし、レティシアも赤の他人のために自分と家族の人生を犠牲にするほど善人ではない。


「仕方ない。こっそり治療するしかないわね」


 レティシアは学院の治癒院科の中でもかなり優秀な成績を収めており、魔力回路の浄化の腕には自信があった。


 青年1人くらいならおそらく問題ない。早く動けるようになるまで浄化してこっそり治癒院や医院に移ってもらおうと覚悟を決めてレティシアは精霊を呼び出した。


「お願い。私に力を貸して」


 呼びかけると近くの地面から青い葉、美しい薔薇、毒々しいキノコがにょきりと生えて、すぽんと抜ける。それぞれ頭に青葉と薔薇とキノコをつけた根っこの手足を持つ人形がレティシアの元にやってきた。


「きゅう」「みゅう」「むぅ」

「来てくれてありがとう。この人を運びたいの」


 レティシアが頼むと人形たちは快く頷き、倒れ込む青年の体を協力して持ち上げた。


「正門から入ると怒られてしまうから、いつもの裏口から入るつもりよ。遅くまで本を読むつもりだったから裏口と部屋の窓の鍵は開けてあるの」


 人形たちに伝えるとこくこくと頷く。彼らと一緒にレティシアは寮の裏口へと向かった。


 裏口は出てきたままの状態だったため、問題なく通ることができた。


 優等生であるレティシアは教師から信頼されており、寮の一番端の裏口近くの角部屋を与えられていた。

 夜遅くまで学院の図書館で本を読めて最高な立地だとしか思っていなかったが意外なところで役に立った。


 レティシアは開けておいた窓から先に部屋に入ると、窓を全開にして、人形たちに青年を運び入れてもらった。少し抵抗があったが、怪我人を床に転がすわけにもいかずベッドの上に寝かせた。


 無事青年を部屋へ運び入れることに成功するとレティシアはお礼を述べた。


「助けてくれてありがとう」


 3匹の人形はレティシアの元はパタパタと近寄ってくるとピタリと引っ付いた。いつも通り、頭を撫でながら魔力を注いでやると3匹は嬉しそうにはしゃぎながら外へと帰っていった。


 呼び出した精霊が帰ると部屋はしんと静かになる。レティシアは改めて青年と向き合った。


 部屋の明かりをつけて様子を観察すると青年は若く思いの外整った顔立ちをしていた。20代前半くらいだろうか。


 筋肉質な体と魔力回路がボロボロなことから戦闘魔導士であることは間違いない。

 技術魔導士は自身で魔力回路を浄化することができる。



 治療のために青年の上半身の衣服を脱がすと予想以上の傷の多さに顔を顰めた。


「浅いけどたくさん怪我をしている。真新しいものばかり。そういえばクロエが西部で大規模な魔獣討伐が行われたって言ってたっけ。…何か関係あるのかしら」


 レティシアは手早く傷口を消毒して塞いでいく。

 致命傷になりかねない傷の手当てだけ終わらせると次は問題の内傷に目を向けた。


 あまりにもひどい魔力回路にレティシアも困惑を隠せなかった。損傷が激しすぎてどこから手をつければいいか悩む。


 本来なら、重要な臓器の近くから浄化すべきだが、魔力の相性が悪ければ拒絶反応が起きて逆に臓器を傷つけることもある。


 手のあたりから浄化を初めて拒絶反応がなければ腕、肩、各種臓器周辺の魔力回路の浄化に移ろうと決めてレティシアは青年の手に触れた。


 青年の微量な魔力を感じた。レティシアの魔力と似ている気がした。青年を拾う時も決め手となったのはこの魔力だった。

 魔力には相性があるため相性が悪いと魔力回路の浄化はできない。レティシアは青年の魔力とそこそこ相性が良いような気がしたため浄化可能だと判断した。


 しかし、実際に可能かどうかはやってみないとわからない。


「お願い…治療可能な魔力型であって」


 レティシアはドキドキしながら青年の魔力回路の浄化を試みた。


 まずは草の精霊の力を借りて様子を見ることにした。

 青年の魔力回路に干渉する。触れた瞬間レティシアはすぐに離してしまった。


「冷たい…この人の魔力回路」


 感じたことのない感覚に困惑するが、悩んでる時間はレティシアにはない。

 気を取り直してすぐに別の精霊の力も借りて青年の魔力回路に干渉した。


 先程は冷たくて魔力回路に長時間触れなかったため、炎の精霊も引き連れて行く。すると今度は極端に熱くなり過ぎたため、水の精霊も引き連れて魔力回路に触れた。

 ようやく安定して魔力回路に干渉できるようになりレティシアは回路内の浄化を始めた。


 手の浄化を終えると腕から胸へと触れる場所を変えていく。


 青年はとても複雑で他性質な魔力回路の持ち主だった。治療は可能だが少しでも気を抜くと魔力回路を傷つけてしまいそうだ。


 1時間ほど浄化を施したところで急に眩暈がした。

 今まで3つの精霊を呼び出して浄化をしたことが無かったが、精霊の数を増やすほど体力の消費が激しくなるようだった。


「今日はここまでね」


 レティシアは手を離すとはだけだ青年の服を元に戻した。青年は先程よりも血色が良く見える。魔力回路はまだまだ傷ついたままだったが数日は十分に持つだろう。


 明日、学院から帰ってきたらまた治療をしよう。

 レティシアらフラフラと立ち上がるとそのまま近くにあったソファに座り込む。少し休憩してから寝る準備をするつもりだったがどっと疲れが押し寄せてきて、その場から動けなくなってしまった。

 強烈な眠気に襲われて瞳が徐々に閉まっていく。


「ちょっとだけ…ちょっと目を瞑るだけだから」


 レティシアはそのままソファに横たわり、深い意識の谷へ落ちていった。



レティシアの使役する人形3人はマンドラゴラのイメージです。

ピクミンです。

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