怪文書2
犯罪捜査規範第ニ条、「捜査は、事案の真相を明らかにして事件を解決するとの強固な信念をもつて迅速的確に行われなければならない。」
俺の座右の銘みたいなものだ。現在は下川県警の機動捜査隊で刑事をしている。
そもそも機動捜査隊とは、管内をただひたすらパトロールする部隊、とでも言っておこう。実際は所轄や本部捜1などの応援に駆り出されることも多い。
本日は相棒の栗原と一緒に密行中だ。
「巻き込みよぉし」
「巻き込み確認してるの赤塚部長くらいですよ」
「警察車両で事故するとマニアがうるせえからな。安全運転が一番だよ。」
「っていう割には赤塚部長飛ばすじゃないですか」
「いや、お前の速度感覚がおかしいだけで俺の速度感覚は法定速度だ」
「またまた~」
相棒とたわい無い話をしていたその時。俺が警察官人生で一番聞きたくない音が無線機から鳴り響く。
「至急至急!下川本部から、下川中央!」
「至急至急、下川中央です!どうぞ!」
「消防転送、女性が路上で倒れている、意識がない……現場、橋上町3丁目6番付近…指令番号165番、20時16分、担当……」
「おい、栗原、橋上町向かうぞ」
「ええっ、こっから20キロはありますよ」
「ばっかやろう!緊急走行だよ!飛ばせ!」
「了解!」
俺は赤色灯を屋根に載せ、サイレンアンプのスイッチを押した。
けたたましく周りに響くサイレン、そして勢いよく飛んでいくセダン型の覆面パトカー。
「はい緊急車両通ります!左に寄せて止まってください!」
無線機から続々と情報が入る。
「えー、倒れていた女性にあってはCPA状態、意識レベル300、特段外傷はありませんが首を強く締められたような痕跡あり。ただいま人定の確認中、どうぞ」
首を強く」締められたような痕跡。それはつまり殺人を意味する。
「ったく、昨日は爆発で身内が死んで今日は殺人かよ!今日は寝れねえな!」
「刑事に唯一ないものは睡眠時間ですよ!」
「それもそうだな!飛ばせ!」
「機捜8から下川本部、これより下川病院に搬送。どうぞ。」
「下川本部了解」
「なーんだ、うちらもう用無しかな」
「どうだかね。ただ街灯少なくて人通りも少ないよな、あの場所って」
「確かに…あれ、あそこって確か監禁してから強制性交って事件ありましたよね…」
「あ、なんかあったな…あいつら一応は捕まったけど「俺らがやったのは15件中3件だけ」って言ってたな…まさか…?」
「女性だし襲われかけて抵抗して殺された…?」
「殺すメリットあります…?」
「機捜8から下川本部、下川病院にて死亡確認。どうぞ。」
「下川本部了解。下川中央警察署に捜査本部設置を命ずる。なお、自動車警ら隊、機動捜査隊は全車本件殺人現場へ急行せよ、どうぞ。」
「急行してるつーの」
「赤塚部長~あの赤色灯すごいところじゃないです?」
「わーお、この辺で赤色灯下ろして適当なとこ止めよう」
俺たちは現場へ向かった。
「お疲れ様で~す、機捜で~す」
「あ、赤塚さんお疲れ様です」
俺に声を掛けてきたのは下川中央署の刑事第一課の雑用係こと、真島だ。
「おっす、とりあえず状況だけ聞いていい?」
「あー、女性が道の端っこの方で倒れてて、通報者は当初酔っ払いかと思って声掛けたらしいんですがね。反応無くて脈拍確認したら脈なくて119番通報って次第らしいです」
「あーね…とりあえずうちら必要なさそうだし帰るわ」
「お疲れさんした!」
世の中では、今こうしている間にもいろいろな事件が起きている。
「うちら先行臨場組じゃないし、捜査応援の必要もないから密行に移るぞ」
「了解!」
「今日の晩飯何くおうかな~」
俺はのんきに今日の晩飯のことを考えて車に乗った。
エンジンを掛け、無線機が起動したその時だった。
「きゃ~!!」
突然無線機から悲鳴が聞こえてきた。
「ん!?なんだ!?」
「これ緊急発報ですかね?」
下川県はお世辞にも平和とは言えない。しかし、無線機から悲鳴が聞こえてきたのは初めてだ。
「下川本部から各局、下北中央管内、機捜6から緊急発報入電中、詳細不明、どうぞ」
「あれ、すぐ近くじゃん」
俺たちの位置から500mもない位置にいた。
「赤塚部長、飛ばしますよ!」
「サイレン鳴らさないで行くぞ!」
機捜6に乗っていたのは…柳巡査部長と下野巡査長だ。県警初の女性コンビで、主にDV事案に臨場している。
「あれじゃないですか?」
栗原が機捜6を見つけた。
そこには血だらけの下野巡査長がいた。
「おい!下野!大丈夫か!栗原!救急呼んで!」
「大丈夫です………柳部長が…黒い車に…」
「おい!下野!おい!」
「栗原!トランクから俺のリュック持ってこい!」
「了解!救急要請しました!」
「下野~戻ってこい!」
俺は必死に血の出ている腹部を止血した。
しかし俺は疑問に思った。
機捜の刑事はみんな耐刃防護衣を装着しているはずだ。なのになぜ?
「うわ…繋ぎ目かよ…」
刑事用の耐刃防護衣は、制服用とは違い、側面に耐刃防護板が入っていない。
そこを狙われて刺されたようだ。
近づいて来る救急車のサイレン、そして仲間たちのサイレン。
俺は下野の拳銃を外し、救急隊に引き継いだ。
「それじゃあ、とりあえず庁舎行きますんで」
俺は下野の拳銃を納めに、機捜の庁舎へ向かった。
「柳部長、無事ですかね…」
「いや、多分大丈夫だろう。黒色のワゴン車でナンバーも多分ドラレコ解析すればわかる。それを基にNシステム探ればすぐ出てくるさ。」
確かに、次の日に乗り捨てられた黒いワゴン車が発見された。
中からは柳巡査部長の遺体と柳巡査部長が強姦された映像が一緒に発見された。
拳銃だけが見つかっていない。
「赤塚部長、マジでひどいですよ…これ…」
「性器を直腸焼かれてるな…」
「拳銃奪取されたからな…また死人が出るぞ…」
昨日の事件は、機捜6の目の前に黒いワゴン車が停車。
降りてきた男たちに、助手席に居た柳巡査部長が連れ去られ、運転席にいた下野巡査長が交戦しようとしたところを刃物で刺され重傷を負ったものである。
「赤塚部長、このワゴン車…」
「ん?」
「このワゴン車、どうやらこの前の絞殺事件と関係があるかもしれません」
「マジで?」
「現場付近で長時間停車していたところを目撃されています。」
「これ以上被害者増やさないでくれよ…マジで」
-数日後-
「ねえねえ、お姉さん」
「はい…?」
白いミニバンに、少女が引き込まれていった。
その様子を見た人が110番通報。
「至急至急、下川本部から下川東」
「至急至急、下川東です。どうぞ」
「少女が車に引き込まれていったとの通報…最近発生の事案との関係性が大であるから5キロ圏緊急配備を発令する…場所は…」
「赤塚部長、緊急配備ですって」
「ああ、行くぞ」
一般人であれば、自ら危険な現場には赴かない。
しかし、警察官である以上は危険な現場に自ら赴かなければならない。
もし万が一、市民を守るための最終手段として死ぬのであれば、それは本望だ。
「赤塚部長!前の車!」
「おっ!ビンゴだよ!」
「至急至急!広域機捜4から下川本部!」
「至急至急、下川本部です、どうぞ」
「了解!被疑車両発見!ただいまより停車命令を出す!どうぞ!「下川本部了解。受傷事故に特段留意の上…」
下川本部がいつも通り「怪我すんなよ」って言っている途中だった。
相手の車のリアガラスから、うちの車のフロントガラス中央部に、小指くらいの穴が空いた。
「至急至急!!!至急至急!!広域機捜4から下川本部!発砲!発砲!」
威嚇射撃だろうか。
「おい、栗原、死ぬ覚悟しとけ。こっちも応戦する」
俺はウェストポーチ型のホルスターから、自動拳銃を取り出した。
「待ってください!赤塚部長!中に人質が!」
「あっ…!」
被疑車両の助手席窓が開いた。
手には手榴弾。
ああ、こっちに飛んでくる。間に合わない。
終わったな…。
「至急至急!自ら6から下川本部!」
「下川本部です!どうぞ!」
「広域機捜4と思しき車両、手榴弾様のもので大破、繰り返す、手榴弾様のもので大破、乗員にあっては2名ともCPA!意識レベル300!」
「了解、救急隊を要請する」
「至急至急!エンジンより発火!エンジンより発火!」
「至急車載の消火器で消火せよ!なお、下川本部より119番要請済み!」
「火の周りが早い!乗員の救出を試みているが困難!」
もし万が一、殉職するなら…
最後はベッドの上がいいな…。そんな人生だった。