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魔女集会のその後に   作者: 柴犬
第一章 人の子と女魔獣
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四話 少年は満たされる


何を考えているのか分からない女魔獣が持ってきた果物(くだもの)はしかしとても瑞々(みずみず)しく、今まで食べた中で一番美味しかった。果実(かじつ)は食べたことがあるがそれは食べやすく切られた後の姿であり、本の中でしか見たことがなかったその姿に、驚きと感激で一つ一つを時間をかけて食べる。



一通り腹と知識欲が満足した少年はふと視線を感じ、そっと目だけでそちらの方を(うかが)った。そこには反対側の席に、何も言わずこちらをじっと(なが)める女が座っており、そう言えば女魔獣の住処(すみか)だったと一瞬慌てる。しかし、奴は特に少年に対して何もせずどこかぼんやりと見つめているだけだ。



特にこちらを急かすでもなく、話しかけるでもなく、共に食事をするでもない。ただただ同じ席につき、食事を囲うだけ。


何故だかは分からない。しかし、少年は、その姿に母上をふと思い出し、何だか不思議な気持ちになった。



母上が生きていた頃は、共に食事を取っていた。その日にあった事を嬉々(きき)として報告する自身を、母上はいつも楽しそうに聞いてくださっていた。そこにたまに父上もいらっしゃり、それなりに幸せだった記憶がある。



しかし、一年前母上が亡くなり、その幸せも泡となって消えてしまった。それ以降、少年にとって食事とは、生きるために必要な仕事になった。本来は豪華であろう料理は、しかし味を感じず。今思えば一人の食事が寂しかったのかと納得した。


そういえば、極たまに献上(けんじょう)されたとかで見慣れぬ食べ物が食卓へと並ぶこともあったが、その時も特にここまでの知識欲は発揮(はっき)されなかった。



母上に褒められるのが嬉しくて、幼い頃から色々な勉学をしていた。当時は新しいことが分かるのが楽しくて面白くて。知らないことがあると(せんせい)に聞きに行くことも多々あったが、今思い出すとここ一年ほどは、それも(なり)を潜めていた。



一年前の自分と再会した、そんな気がした。



「なんだ、人の子よ」



果物(くだもの)を掴む手を止め、ぼんやりと女魔獣越しに過去の自分を思い出していた少年に、奴は片眉を上げた。



間違いなく、無愛想で得体の知れない女魔獣よりも、母上との食事の方が笑いも会話も安心感もあり、今よりも数十倍楽しかった。それでも、何も言わなくても共に同じ机に居てくれるだけで心が満たされる。



「…お前は、食べないのか…?」



だからこそ、果実(かじつ)に手をつけない目の前に座る女に少年は思わず問いかけた。期待と恐れに少し上目遣いで伺えば、女魔獣はギュッと強く眉根(まゆね)を寄せていた。



「何…?」



少年の言葉が不快だったのか、女はジロリとこちらを(にら)んできた。それに少し怯み、やはりなんでもないと言おうとしたその時、何処(どこ)か怒ったようなカラスが鋭い声で鳴いた。女魔獣の視線が少年から()れて黒い鳥へと向かい、彼は小さく安堵(あんど)の息を()らす。



やはり、先程の感情は気のせいだったのだろうか。



不興を買って危うく()われると思った。今はこちらに危害を加える気配はないが、もしかしたら油断を誘う罠かもしれない。


その証拠に、昨日見事に少年は(つた)で編まれた網へと掛かってしまった。あれはきっと自身のような子供を(えさ)にする為に使う物なのだ。…やはり気を抜くのは早い。何としても隙を見つけて逃げ出さなければ。その為には、今は従順(じゅうじゅん)の方が良いのだろう。



「…お前は何時から親鳥になったんだ…」



(しば)し思考の海を(ただよ)っていた少年は、女魔獣が呟いたその言葉で意識を浮上させた。盛大なため息をこれ見よがしについた女は、いつの間にかこちらへ向き直っており、どこか面倒臭そうに目の前に盛られた果実(かじつ)を一つ手に取った。指で摘めるような、小ぶりなそれをポイと口の中に放り投げた後、じろりとこちらを見る。



「これで良いのか、人の子よ」

「ぇ…」



女魔獣の言葉が直ぐに理解出来ず、少年は(しば)し固まる。それを見た女は「食したぞ。これで良いのだろう」と再度言葉を重ねて残りの果物(くだもの)を少年へと押し出した。



「さっさと食いきれ」



そう言い残し、女魔獣は大釜が置いてあった部屋へと姿を消した。後に残ったのは(いま)だに瑞々(みずみず)しそうな果物(くだもの)たち。素っ気なくはあったが、それでも自身の言葉を聞いて一粒でも食べてくれた女に、少年は何処(どこ)かくすぐったい気持ちになった。



今までは周りには遠巻きにされるか、(かしず)かれるかしかされなかった少年は、この奇妙(きみょう)な関係も悪くないかもしれないと少し笑った。



しかし、その(しばら)く後に女魔獣が消えた部屋から、何かを煮込むような音と青臭い泥のような異様な匂いが(ただよ)ってきた。やはり早急(そうきゅう)にここから逃げ出さなければ行けないと少年は新鮮な空気を求め、慌てて窓へと顔を突っ込んだのであった。


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