二十四話 魔女はカラスの視界を見る
カラスからの念話で少年を見つけたと連絡が来たのは、火の山の魔女の所で彼女の使い魔が用意した火酒を飲んでいた時だった。
それまで怒気を撒き散らせながら黙って岩に腰掛けていた森の魔女に気を使ってかビクビクしながら彼奴の使い魔が差し出した小柄な酒壺。それを見た火の山の魔女は「それは俺の秘蔵酒!」と怒鳴っていたが「主様は黙っててください!また作るんで!」と意外にも使い魔の一喝で彼女は小さく唸りながらも口を噤んだのは傑作だった。美味い酒と美味い肴(という名の火の山の魔女の悔しそうな顔)に、低迷していた機嫌は持ち直した。酒が美味い。
『…いやに上機嫌だな、主…』と呆れた雰囲気で告げる自身の使い魔に、「良いから見張っておけ」と一方的に念話をブチ切った。とは言いつつも、カラスの片目と自身の片目の視界を共有することは忘れない。「見つけたか?」と大岩に背を預けながらニヤけた顔で聞いてくる火の山の魔女を黙殺した森の魔女は、また一口酒を含んだ。彼女の視界には火の山の先の戦闘で乱雑した住処と、太古の森よりも少し離れた位置にある人間が暮らしてはいなさそうな古びれた屋敷が見えていた。
太古の森と人間の森を分ける大河の向こう側にあるらしいその朽ちた屋敷には、カラスの視界からでも分かる程異様に人の気配がする。なにより入口付近に見張りらしき屈強な男が二人居り、明らかに何かあると言っているようなものだ。
三下か、末端か。いずれにしても国を相手取るにしてはお粗末極まりない。ここからでは少年の姿が見えず落ち着きなくソワソワと身を揺らすカラスにもう暫く待てと伝えた魔女は、片目を共有したままにもう一口酒を含んだ。
「湖の魔女からの連絡はどうだ?」
そう言いつつ洞窟を写している片目を火の山の魔女へと向ければ、彼女は何か言いたげにじっとりとこちらを見つつ「ねぇな」と一言だけ告げた。否定しない所を見ると、やはりというか共謀者はあの食えない魔女らしい。やっぱり面倒事しか持ち込まない魔女の中での一番の若手に、森の魔女は大きくため息を吐いた。
「ちんけな尻尾なんて興味はねぇ、狙うは心臓だ」
「アンタも分かんだろ?」とニヤリと口角を上げた火の山の魔女は、近くに控える使い魔に「何時でも行ける準備だけしとけ」と片手をヒラリと振った。「分かりました」と返答した使い魔は律儀にもこちらに会釈をして大岩の向こう側へと身を翻した。大方私室か転移陣がそちらにあるのだろう。全く興味が湧かない為にどうでも良いが。
それよりも、今はカラスの視線の先にある一台の馬車が気になる。それは在り来りなただの布を覆っただけの簡易な幌馬車。…だからこそ、こんな怪しい場所に来るのに違和感がある。馬では行けない理由、それは大きな荷物かはたまた身分を隠したい人物か。
屋敷の裏手に止まったその馬車から降りてきたのはフードを被った人間二人、その後大きな木箱を元々待っていたであろう屈強な男たちで降ろしていた所を見ると恐らく前者か…
そう魔女が結論付けまた酒瓶に口をつけたその時、この熱気が多い場に全く相応しくない魔女の顔ぐらいは有ろう透明な泡がどこからともなく現れた。
「お」と小さく呟いた火の山の魔女は大岩から背を離し、サッと出現させた火の粉で泡を軽く破った。そうすれば清浄な嫌な空気が辺りに広がり、火の山の魔女と共に森の魔女は顔を歪ませた。
『作戦を始動致しますわぁ』
憎たらしい湖の魔女の声が優しく洞窟内に響いた時には、既に二人の魔女はそこに居なかったのだった。




