二十三話 少年は縛られる
ヒンヤリとした冷たさの中で、少年の意識はゆっくりと浮上した。ガンガンと痛む頭を手で抑えようとしても、どうやら後ろでに縛られている様で動かすことは難しかった。同様に両足もキツく縛られており抜け出そうと身を捩ってもただ肌に縄が擦れて痛いだけだ。
あの住処の下に居た奴らは確実に敵だな、と未だにぼんやりとした頭で少年は考える。しかし、直ぐに殺さなかったところを見ると命を狙うというよりかは誘拐と考える方が良いのだろう。もしかしたらどこかで少年が王族の末席に位置すると知った不届き者が、なにかを要求するとして拐かしたかと思われる。
…くそ、この隠しきれない高貴さが仇となってしまうとは…!と少年は冷静な頭でそう悔いた。何故ここまで落ち着いていられるか。それは、一重にあの森の父を信頼しているからだ。遅かれ早かれ住処から連れ去られた少年に、あの優秀なカラスが気が付かないはずが無い。それに以前女魔獣はあの森で分からないことは無いとも言っていた。ならば既にこの事態に気が付いていてもおかしくはない。だとすれば直ぐに助けは来るだろう。
人間、危機的状況に陥った時にふたつに分かれる。混乱に極め感情的になる者か、冷静になり状況把握する者か。王族の一員であり、幼き頃から誘拐の恐怖を師から聞いていた少年は後者であった。そして、生存が高いのは間違いなく後者である。
窓もない暗い部屋では一体今が何時なのか全く分からないが、そこまで腹が減っていないならば恐らく日は跨いでいないだろう。ここは変に動くよりは大人しく助けが来るのを待つのが定石だ。
…それにしても、寒い。剥き出しな石造りの床には暖を取れるものなんて無く、シンシンと冷えるこの寒い季節にこのままここに居れば間違いなく凍え死んでしまう。少しでも寒さを紛らわそうと芋虫のように縮こまるが、それでも床からも壁からも来る冷気に震えは止まらない。思わずカチカチと鳴り出しそうな歯をグッと噛み締めることで抑える。
口から漏れ出る吐息が白い靄を作るのを見て、少年は一刻も早く逃げなければならないと後ろでに縛られている拳を強く握りしめた。
その時、ひとつしかない扉がガタンと勢いよく開いた。驚きで思わず身体を震わせてしまった少年に、入ってきた人物は「おやおやおや、お目覚めですかな王子殿下」と卑下た笑いを零した。
仕方なく芋虫のように身を捩り扉へと視線を向ければ、そこには恐らく廊下から漏れ出ているであろう光からでも分かるほどのでっぷりと肥え、宝石などでゴテゴテに身を飾ったお世辞にも高貴とは全く感じない成金が居た。いや、成金と決めつけるのは些か勝手だが…少年の記憶にない風貌な為に、下級貴族か成金しか思い浮かばなかったのだ。
「ワタクシは死の山を陛下より拝領しております、オードラと申します」
そう言って気取ったように片手を胸に当てて軽くお辞儀をした彼の背後から、「男爵様、どうします?」と初めから居たのであろう男が声を掛けた。少年からは男爵と呼ばれた男の大きすぎる身体でその男は隠れてしまい見えないが、恐らく彼が身につけているのであろう黒いローブがチラチラと見え隠れしていた。
それに対して男爵はここまで聞こえるぐらいの大きな舌打ちをした後に、「一々ワシに聞くんじゃない、サッサと準備に戻れ!」とダミ声で怒鳴った。それに「は、はい」と返答した男がサッと身を翻したのか足音が遠ざかっていくのに「使えないヤツらばかりだ…!」と目の前の男爵が再度大きな舌打ちをした。
準備とは一体何か。王家に身柄と引き換えに要求する何かの事を言っているのか。しかし、忘れ去られた王子の身柄なんかと王家が交渉に応じるとは思えない。かと言ってそれを指摘し逆上して殺される、なんて事になったら全く笑えない。
静かに見ていた少年の視線に気がついたのだろう、男爵と呼ばれた男は歪めていた顔をまたニヤけた笑みに戻して「使えない男が失礼しました」と大袈裟に肩を竦めた。
「それで、王子をご招待した理由なのですが…是非とも我々にご協力頂きたいと思いましてな」
そう言ってカツンカツンと冷たい足音を立てて、男爵は少年に近づいてきた。内心、やはり…と納得する少年は、しかし真一文字に口を結んでただ黙って目の前の男を見返した。それに口角をグイッと上げた男爵は少年のすぐ側に立ち、上から彼を見下ろした。
「その身に流れる異端の血を、我々に差し出して頂きたい」
背後からの僅かな明かりでも分かるほどにギラギラと光らせる男の目が煌めく刃先のように見えた少年は、内心それは予想外だ…と今までよりも身を硬くした。
これは、猶予が殆ど無いな。森の父、早く助けてと未だに姿を表さない彼を少年は心の中で大声で呼んだのだった。
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