二十話 魔女は呼び出される
「深夜に呼び出して一体何用だ、火の山の魔女」
足元からくる火の山特有の熱気に若干うんざりとしながら、緊急として呼び出された魔女はそう言って目の前の大岩の上で面倒くさそうに胡座をかく火の山の魔女へ睨みつけるように一瞥向けた。魔女の肩には大人しく漆黒の翼を折り畳んだカラスが大人しくちょこんと止まっている。彼女は、そんな森の魔女はニヤリと口角を上げると「そう身構えんなよ」と岩から飛び降りた。
「例のヤツらが分かったんだ」
「アイツら、俺が悪しき魔女だからって取引しろとか言って、ノコノコやって来たんだぜ?笑えるよな」とその時を思い出してか、あははははっ!と腹を抱えて笑う火の山の魔女に魔女は冷たい目を向けた。
全く興味の無い魔女としては、だからなんだと言いたい。奴らの特定は自分の管轄では無いし、わざわざ呼び出してまでの報告も要らない。なんなら勝手にやってくれて事後報告の方が何倍もよかったのだが、一体何を考えているのか。
警戒気味に睨みつける魔女を見て、笑っていた顔を悪どいそれに変えた火の山の魔女は「王子様とやらに是非とも手伝って頂きたいと思ってな」と宣った。
「なに、別に取って食おうなんて思わねぇ。殺しはしねぇよ」
「半分はな」と付け加えられた言葉に、魔女は思わず額に手を当てる。自分以上に人間嫌いなこの赤い魔女は、先の集会での話を覚えていないのかと思ったがそんな筈はないだろうと直ぐに魔女は否定した。流石にそこまで落ちぶれてはいないだろう。わざとだ。
「同族だぞ」と一応窘めてはみるが、「つっても遠い御先祖様ってやつだろ?半分は俺らの仲間だから半殺し程度で済ませてやるって言ってんだよ」と聞く耳持たない。それどころか「はー、俺も甘くなったものだ」と火の山の魔女は両手を軽く上げてヤレヤレと首を横に振った。
…確かに人間と言うだけであの御方の目を盗んで残虐な行為を繰り返していた昔を思えば大分丸くなった方だとは思うが、それにしてもあたまに微々たるものという言葉がつく範囲であり根本は何も変わってはいない。
今まで魔女同士だからと気配を極限にまで消してた親バカな使い魔が、彼女の先程から発言に徐々に殺気を隠さなくなってきており、これ以上の面倒はごめんだと魔女は一言「却下だ」と火の山の魔女の案を切り捨てた。それにあっけらかんと「だろうな」と彼女が肯定する。
その発言にアワアワと「えぇ!?主様、どうするんですか!?」と言いながら森の魔女と自身の契約者である火の山の魔女を見比べたのは赤髪の魔女の使い魔である、まる耳のヒョロりとした男だ。カラスと同様成り行きを見守っていた彼だが、流石にこれ以上黙っていられないと火の山の魔女へと縋り付くように裾を掴んだ。それを鬱陶しそうに足蹴にした彼女は「うるせぇ!」と言葉でも一蹴する。
「アイツが断るなんて、初めから百も承知なんだよ!」
「俺はただ時間を稼げればそれで良いんだ!」という不穏すぎる発言に待ったをかけたのは、当たり前だが過保護カラスだ。
「どういう事だ、火の山の魔女」
とうとう魔女の肩から飛び降り人型へと姿を変えたカラスが殺気を隠しもせずに、ギロリと火の山の魔女を睨みつけた。それに歯牙にもかけず鼻で笑った彼女は「簡単な話しさ」と両手を組んで背後の大岩に背中を預けた。
「お前たちをここに呼び止めている時点で、俺らの勝ちなんだよ!」
その発言にようやっと気がついた魔女が身を翻すよりも、火の山の魔女がパチリと指を鳴らすのが速かった。突如辺りから吹き出す灼熱を持つ赤い液体、マグマが容赦なく森の魔女を襲う。
しくじったと、森の魔女は苛立ちに唇を強く噛んだ。初めからお目付け役の自分をあの幼子から引き離す事が火の山の魔女の目的だったのだ。しかも彼女が”俺ら”と発言していることから最低でもあと一人ーー恐らく、食えない湖の魔女あたりだろう。「あらあら…森のお方ったら、詰めが甘いですわぁ」という幻聴が聞こえてくる気がするーーが関わっている事が窺える。
火の山の魔女が操るマグマをいなしながら、隙を見つけて森の魔女は風で飛ぼうとするが、流石魔女同士、そんな暇を与えず的確に攻撃してくる。こうなれば、あの赤髪の魔女を戦闘不能にしなくては幼子の元へと帰れない。
小さな汗がツイと一筋流れた魔女は、共にいる自身の使い魔へと一瞥向けた。それに頷き返したカラスとそのまま背中合わせにマグマへと向き直る。
「さぁ、時間はたっぷりあるんだ。楽しもうぜ?」
あっははは!とそれはそれは楽しそうに笑う火の山の魔女への殺意を上げながら、魔女はマグマへと魔力を放出した。
らしくもなく、意識の片隅で幼子の無事を願いながら。




