十八話 魔女は参加する
「そうなりますと、やはり秘めたる力というのはあの王子さまになりますわねぇ」
「…は?」
報告書を机の上に置いて徐に呟いた湖の魔女の言葉に、魔女は訝しげにそちらの方を向いた。それに対して湖の魔女は「あら?気が付かれませんでしたの?」と目をぱちくりさせる。…果てしなく苛立つ。
「うわ、うぜぇ…」
まるで自身の心の声が漏れたかのように、湖の魔女の対極の位置に座る火の山の魔女が顔を歪ませた。その気持ちよく分かるというものだ。
そもそも、あのひ弱な幼子からそんな大層な力などあったか?正直そこまで注力して見ておらず、思わず背後に控える、自称幼子の父というカラスに視線を送った。
「…秘めたる力というものはよく分からんが、徒人では無い事は確かだ」
「そうでなければあの年齢の幼子が大型魔獣から逃げる事も叶わんし、私の鍛錬にも付いてこれんだろう」と何処か納得げに言ったカラスに、湖の魔女は「やはりそうですわよねぇ」と頷いた。
「私が以前森のお方の所へ伺った際王子を調べましたら、微弱ですが陛下の御力を感じましたわぁ」
「陛下が王子さまをお気にされるのは、こちらが要因かと思われますわぁ」と言いつつ紅茶のお代わりを自身の使い魔に注がせた湖の魔女は、それを優雅に口へと傾ける。その発言に、思わず森の魔女は石造りの机を叩いて立ち上がった。
「なんだと!?ではあの幼子は我々と同じーー」
「いえ。先程も申し上げた通りあくまで微弱。恐らく遠い祖先が同族だったのでしょう」
いきり立つ魔女の言葉を湖の魔女はそう遮り「少しの間でしたので、詳しくはなんとも分かりませんわぁ」と話を締めた。力が抜けた魔女は「…そうか」と呟き、再度椅子へと座る。
我が同族の子供だったのか。その幼子が人間なんぞに利用されようとしている。…いくら幼子に興味がなく繊細な探知魔法が不得意といっても、こうも気が付かなかったなどと情けないにも程がある。
軽やかに手のひらを打ち合わせた湖の魔女に、魔女はゆっくりと顔を上げた。それにより視線を向けた魔女達をぐるりと見回した湖の魔女は「さてさて」と何処か楽しげに口角を上げた。
「それでは、今後の流れをお伝え致しますわぁ。森のお方は今まで通り王子をお守りしつつ例の石の回収をお願い致しますわぁ。洞窟のお方はその石の解析を。必要な物があれば、森のお方と連携を取って対応をお願い致しますわぁ」
その言葉に森の魔女と洞窟の魔女がそれぞれ頷いた。それににっこりと微笑み返した湖の魔女は、自身の目の前に座る火の山の魔女へと視線を移す。
「火の山のお方は敵本拠地の捜索をお願い致しますわぁ。幾つか目星は付けてありますので、後ほど使い魔に資料をお渡ししておきますわぁ。見つけたからと勝手に遊んではいけなくてよ?」
火の山の魔女は嫌そうに舌打ちをしたが、それでも何も言わずに頷いて了承を示した。満足そうに頷いた湖の魔女は、再度ぐるりと魔女達を見回し「私は引き続き、情報収集と人間の監視を行いますわぁ」と言って話を閉めた。
その後特に話す者も居らず、そのまま自然と食事会が始まった。机に並ぶのは殆どが湖の魔女が用意した人間の料理。使い魔に作らせたというその品々は毎度の如く美味しく、魔女はおろかその連れの使い魔達でさえ無礼講として食す。通常、食事を必要としない我々ではあるがこの一時は食事や酒を楽しむのだった。
毎度の如く、眩しい朝日が霊峰の山頂を照らした頃自然と集会は解散になった。酔いつぶれている火の山の魔女はその使い魔が文句を言いながら回収し、途中で眠ってしまった洞窟の魔女も使い魔に横抱きにされ帰って行った。最後まで素面だった湖の魔女と森の魔女はそれぞれの使い魔を従えて住処へと帰った。
住処のいつもの机へと座りぼんやりと普段と何一つ変わらない森の様子を眺めていれば、眠りから覚めたのか幼子が入ってきた。何処が安心したようにカラスをみた人の子に、魔女は無言で歩み寄る。
「は?なんだ…?」と幼子が警戒するように身構えるがそれに構わず、撫でるように幼子の頭を触る。硬直する人の子に構わず、魔女は探知魔法を用いり幼子のルーツを探った。
深く広く、風になり森の中を吹き抜けるように意識を飛ばす。すると予想よりも早くにそれは見つかった。あの御方の傍に控える狼と同様の耳と尻尾を生やした者、人狼。その魂の片鱗が。…少し調べたら割と直ぐに分かり、短時間であの探索が苦手な湖の魔女さえも発見できた事態に魔女は若干気落ちする。
幼子の頭から手を離せば、それに気がついたカラスが『どうだった』と何処か楽しげに尋ねてくる。それに「…あぁ、そうだな。やっと把握したよ。あいつの言う通りだ」と答えつつ一二歩後退した魔女は再度幼子の上から下まで眺めた。
「人狼だな」
確かに、鍛えているからと言って近くの村に住む同年代の人の子よりかは体格が良い…ような気がしなくもない。警戒心が強く、心を許すと絶対な信頼を寄せてくるような所も似てなくは無いような。駄目だ、頭が纏まらない。
不思議そうにこちらを見てくる幼子の視線から逃れるように、魔女は頭を冷やすために森の中へと飛び去ったのであった。




