十五話 魔女は依頼する
「と、いうことで頼めるか?」
幼子を最近の日課として外へと放り投げた後、魔女は調合室へと移動させた水盤の前へと座り話をしていた。
常ならばそれはただの水が入っている皿なのだが、そこに魔力を通すとそれは忽ち水鏡となり、相手と通話出来るものへと変わる。それを用いり、魔女は相談相手である渓谷の魔女と会話していた。
『主は、構わないって言ってるにゃん!』
…詳しくは無口な渓谷の魔女に代わり、彼女の使い魔との会話だが大差ない。鏡の向こうに映る人の子よりも少々大きいぐらいの年にしか見えない彼女だが、実は魔女よりも圧倒的に年上である。そんな彼女は元より無口であり、今ちょこんと膝上に座っている黒猫が主に代弁をしていた。
「すまないな」
『貴女が素直だと、変な感じがするにゃん。…そこまであの王子が気に入ったかにゃあ?』
目をキラキラとさせてそう言う彼女の使い魔に、魔女は疲れたようなため息を零す。昨日のやり取りを思い出し、頭が痛くなる。
「私ではなく、私の使い魔が気に入っているのだ」
『…カラスが?』
珍しく口を開いた渓谷の魔女の言葉に頷いた。あの後熱血父へと変貌したカラスは、「今の幼子にあの剣は扱いずらい。まずは木刀を準備せよ!」と魔女に鬼気迫る勢いで言ってきた。あの時頷かねば恐らく仕事の邪魔をしてまで何時までも言ってきていたであろう。仕方なく鍛冶を仕事としている渓谷の魔女へと通信している今に至るという訳だ。
『珍しいこともあるにゃん』
『水の人も気にかけてるようだし、何か引きつけるものでもあるのかにゃあ?』と呟いた使い魔に『…王子的カリスマ…』と相槌を打った渓谷の魔女は、ちらりとこちらを見た。
『貴女も…』
「何?」
珍しくよく話すと思っていれば、何故かこちらへ飛んできた。思わず片眉を上げた魔女に、目の前の少女の使い魔である猫が楽しげに一声鳴いた。
『確かに!なんだかんだ言いつつも、風の人も王子の世話をバッチリ焼いてるにゃん!』
『これは貴重だにゃあ』と笑う猫の頭を優しく撫でた渓谷の魔女は微笑み、小さく頷いた。
『頼まれた物は集会の時に渡すと言ってるにゃあ!』
「…わかった」
そう言って、通信は唐突に途切れた。どうやら魔力の供給を止めたらしい。全く、訓練用の剣1本頼むだけでなぜこうも骨を折らねばならないのか…大きくため息を付いた魔女は億劫げに立ち上がる。
大釜へと向かおうとした足を一瞬止め、改めて外へと続く扉へ足を運びながら魔女は再度大きくため息を付いた。
「五度目か…」
ここに至るまでまだ距離はあるとはいえ、それでも少しづつ奥へ奥へと進む異様な白ローブの人間たち。殺しても殺しても何処からか湧いてくる害虫達に、魔女は苛立ちに歯軋りをする。以前からも幾度か発生はしていたが、人の子が来てからはその回数が異様に増えている。森の生き物に何かしらの呪術を施そうとしているようだが、そんな事許すはずもない。
苛立ちに大きく足を鳴らした魔女は、風になって大きく跳躍した。
目指すは言わずもがな、あの白ローブ達の元へ。こちらに察知する前に一瞬の後に肉塊へと変える。たわいも無輩輩に苛立ちは一切解消されず、腹いせに目の前に転がるそれを一つ踏み潰した。
しかし、足に伝わるのは生やわらかいものとは別になにか硬い感触。違和感に足を退けて見れば、肉の合間になにか赤黒い石が落ちていた。
何だこれはと拾いあげようとしたが、つぎの瞬間まるで燃え尽きたかのように砂となり消え失せてしまった。それと同時に、かすかに漂ってきた魔獣の気配にツイと目を細めた魔女は隣の肉塊へと視線だけ向けた。先程見たものよりも少し大きなそれを見つければ壊れないように風で優しく包むと、調合で使用しようと思い持っていた薬瓶を風で取り寄せ、その中へと丁寧に入れる。
穢らわしいものを見るように嫌悪感を隠さずそれをちらりと見た後は、一切視界に入れずに風の中へと消した。辺りに漂う魔力の残骸を風に乗せて散らした後、魔女は住処へと戻ったのであった。




