十二話 少年は安堵する
湖の良き魔女が去り半日がすぎた。その間女魔獣は疎かカラスすらも帰ってこず、少年は落ち着きなく部屋をグルグルと回っていた。部屋を一周し出入口から外を伺い、部屋を二周し窓から身を乗り出す。そんな事を幾度となく繰り返しいれば、部屋の中央付近に置かれている机近くで、突如風が渦巻く。
まさかと思い慌てて駆け寄れば、霧散したそこにはやはり女魔獣とカラスが立っていた。
「スコッグスファー!」
先程までの不安は何処へやら。パッと顔を輝かせそう叫んだ少年に、答えるようにカラスは羽を広げて彼の周りを一周すると定位置である窓辺へと止まった。
「すこ…?」
不思議そうにつぶやく女魔獣をそのままに、少年はカラスへと駆け寄り傷を確かめるようにその艶やかな身体を撫でる。気持ちよさそうに目を細める森の父に怪我はなさそうで口から安堵の息が漏れた。
大方獣か何かに襲われたのだろうが、何事もなくてよかった。口ではあれだが、意外と面倒見の良い女魔獣で助かった。
そうでなければ今頃この賢いカラスは一羽、暗い森の中で冷たくなっていただろう。そう思うとゾッとし、そして無事に戻ってきてくれて本当によかったと思った。
手が少し震えてしまったのだろうか、そっと目を開けたカラスがまるで大丈夫だと言わんばかりに優しい声で鳴いた。怖い目にあっただろうにそれでもこちらを気遣う優しい森の父に、少年の目が僅かに潤む。
「人の子よ」
その時、唐突に背後から女魔獣の声が聞こえた。ハッと振り返れば、既に自室へと向かったと思っていた女が未だにそこにおり、どこか面白そうにこちらを眺めていた。
椅子へと腰掛けているその人が徐に手のひらに旋風を起こしたと思えば、そこに現れたのは見覚えがあるひと振りの剣。
あの日、あの魔の森で無くしたと思っていた愛剣だった。
「あ、それは…!」
何をする気だろうか、それで私を切るのか?などと思っていれば、そのままフワフワと剣が宙に浮かびつつこちらへと飛んできた。ご丁寧にグリップ部を向いており即座にそのまま片手で掴む。
その途端、力を失ったかのように剣がそのまま落ちてしまい慌てて両手でしっかりと握る。子供用と師から渡されてはいたが、またまだ自分には重たいその愛剣に僅かに身体がふらついた。その姿を見た女魔獣が鼻で笑う。
「そんな細腕で、それが振るえるのか?」
嘲りを含んだその言葉は、剣術を習っている時によく聞いたものだ。一つ年下の体格の良い異母弟とは違い、細木のような自身の身体に隊士達は陰でそう笑っていたのを知っている。それに見返してやるぞと奮起し、鍛錬後も一人走り込み等をしていたのが遠い昔のように思える。
師からは筋が良いと言われたが、恐らく王子だからと気を使ったのだろう。しかし、そう分かっていたとしても嬉しかった。それによって更に剣術にのめりこんだのは言うまでもない。
しかし、それでもこの愛剣を未だにしっかりと振れない自分が情けない。認められていないと言われているようで知らず知らずにキツく唇を噛んだ。
黙り込んだ少年の姿を見た森の父が、鋭い声で鳴いた。まるで少年を守るかのように大きく羽を広げた彼の姿に、女魔獣がニヤリと笑ったのを見逃さなかった。女の不敵な笑みの意味が分からないままに少年は警戒度を高める。
「では、お前が面倒を見れば良い」
恐らくカラスに語りかけているであろう女魔獣は満足気に頷き、そのままこちらを見もせずに自室へと消えた。その後ろ姿を呆然と眺めた少年は、手に持つ愛剣へと視線を落としたのだった。




