十一話 魔女はほくそ笑む
「これで何度目だ」
『…四度だな』
目の前で息絶えている白いローブの男達に、魔女はため息をついた。暫くすれば新鮮な肉にありつこうと、狼等の肉食獣がやってくるだろう。あとの処理はそいつらに任せようと、魔女は頬についた返り血を指で拭った。
「面倒だ。だから厄介事は嫌なんだ」
そう言って再度ため息を吐いた魔女に、近くの枝に止まっていたカラスが不満げに大きく羽を広げる。言わなくても分かる。どうせ愛し子の所為では無いなどと言うのだろう。
悪いのは幼子を狙うこいつらか?いや、幼子がここに居るから面倒に巻き込まれるのだ。間違いなく私がこんな重労働をしているのは、あの人の子が原因だ。
やはり殺すか?それとも訓練として森へと放り出す?上手い具合に獣に食わせれば良いか?
おあつらえ向きに、自らで食事を作れなどという話になっている。料理などしたことが無い魔女には教えるなんて事はもちろん出来ない。享楽主義な湖の魔女の事だ、良い暇つぶしになるだろうと人の子との関わりを辞めることは無いだろう。だとすれば、彼奴自身かもしくは使い魔かのどちらかが来るはずだ。そこを狙えば…
ニヤリと不気味に笑う魔女から発せられる不穏な気配に、カラスは嫌そうに羽を震わせる。『また何か、よからぬ事でも考えているのか』とこちらを見る使い魔に、「さて、な」と嘯く。
「どうやら湖の魔女は帰ったようだ。私達も戻るぞ」
『その前に、幼子の剣だ』
羽を羽ばたき魔女の前へと飛んできたカラスの言葉に、彼女は嫌そうに顔を歪めた。 その使い魔曰く、どうやらこの近くに人の子の剣があるそうだ。それを取りに行けとこの親鳥は言っているらしい。
なぜ私がそんな事を、それぐらい自分で行け。そう言うはずだった言葉はしかし、考えを改めた魔女によって違う言葉へと変わった。
「良いだろう。場所は分かるのだな」
嫌に物分りの良い魔女に、永く彼女の使い魔を務めるカラスは暫く警戒気にこちらを見たが、小さく頷き肯定を示した。
『馬車の辺りで跳ね飛ばされたのを見た』
あの人の子が森で魔獣に襲われたあの日、魔女は不審な白ローブの男達を抹殺しており、半分意識を共有したカラスが魔獣の行方を追っていた。確かに言われてみれば、剣を振るった幼子のそれが獣の成れの果てに弾き飛ばされたような…こともしないことも無い。正直興味が一切無く、特に気にもしていなかった。
「そうか。案内は任せたぞ」
やけに素直すぎる魔女に違和感を覚えながらも、思い直されては堪らないとカラスはさっさと翼をはためかせる。
その後ろで魔女は、使い魔の背中を見てほくそ笑んだ。人の子の愛剣を回収出来れば、狩りも自分でやるだろう。剣の指導はカラスにでも任せれば完全に自身の手を離れ最低限守ってやればそれで良くなり、身の安全も自ら守れるようになる筈だ。そうすればやっと本格的に調査が出来るようになる。
今にも高笑いをしそうな顔を必死に取り繕いながらも、魔女は静かに森の中を歩むのだった。




