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その6

 ――琴美ことみの悪夢の元となるものは、矢部君の意地悪だわ。だから、矢部君が意地悪しないように、彼のイライラの元をなくせば――


 琴美ことみが眠ったあと、せりかは自分の部屋に戻り、クレをにぎりしめて目をつぶりました。とたんに、ふわりとからだが浮かび上がります。プールの水に、力を抜いて浮かんでいるかのような、のんびりとした心地よい浮遊感に、せりかはくすぐったそうに笑いました。そのまま壁をすり抜けて外へ出ます。目指すは矢部君の家です。だいたいの場所は、以前琴美ことみに聞いていたのでわかります。


 ――あ、あそこね――


 庭に犬小屋がある家が見えてきました。せりかはフーッと息を大きく吸いこむと、海の底へもぐるように、一気に高度を下げていきました。犬小屋から犬がのそりと顔を出しましたが、どうやら見つからずに済んだようです。


 ――あとは、矢部君を探すだけね――


 他の人の家を幽体離脱して探索するなんて、まるでドロボウにでもなったかのようなうしろめたい気がしましたが、とにかくようやく矢部君を見つけることができました。せりかはホッと息をつき、矢部君の頭の上に出ていたもやに視線をやりました。


 ――白いもやだわ。……ってことは、今は楽しい夢を見ているのね。よかった。これだったらきっと、明日は琴美ことみに意地悪したりしないわね――


 うーんっとのびをしてから、せりかは自分のからだへ戻ろうとしました。と、そのときです。外のほうから、ワンワンッと犬の吠える声がしたのです。せりかはビクッと身をふるわせました。


 ――びっくりした……。あれ? なにかしら、今、もやが――


 白いもやのはしが、わずかに黒ずんでゆがんだように見えたのです。目の錯覚かと思ってもう一度見ると、せりかは思わず口を押さえました。


 ――うそでしょ、しみが、どんどん広がっていく――


 白いもやのはしにできた、よごれのような黒いしみが、じょじょに広がっていったのです。白かったもやが黒く変わっていきます。


 ――なにこれ、いったいどうして? こんなこと、今までなかったのに――


 あわあわしながら、せりかは反射的にもやに触れてしまいました。まずいと思ったときには、すでに矢部君の夢の中へ入りこんでいたのです。夢の中でいつも着ている、白いセーラー服すがたになっていたので、せりかは頭をかかえました。


「しまった! わたし、白いもやには触れないように思ってたのに」


 灰色の荒野に、せりかの叫びが響きます。せりかは急いで、胸につけていたクレをはずしました。ぽんっと音がして、クレがロップに変わります。せりかはロップをがしっとつかんでブンブンふりまわします。


「ロップ、どうしよう。わたし、楽しい夢は吸収しないようにって、ずっと思ってたのに。せっかく矢部君、楽しい夢を見ていたのに、わたしのせいで」

「ちょ、苦しい、離して、せりか、落ち着いてってば!」


 ロップがじたばたするので、せりかはハッとして手を離しました。フーッと大きく息をついて、ロップはあたりを見まわしました。


「しかたないよ。こうなったからには、この夢を吸収しなくちゃ出られないからね。あれ、でもちょっと待って。様子がおかしいよ。ここは、楽しい夢の中じゃない。でも、悪夢ってわけでもないみたいだ。まるでその中間、どちらに変わるか迷っているようなって、うわぁっ!」


 ロップの言葉は、途中で悲鳴に変わりました。ロップに矢がかすめたのです。それを合図に、雨のように矢が降りそそいできました。


「ロップ、うしろに隠れて!」


 せりかは剣を出現させて、目にも止まらぬ速さで振り回します。ピンク色の矢が、剣で叩き落されていきます。


「いったいなにこれ? こんなめちゃくちゃな夢だなんて、琴美ことみの夢とは大違いだわ!」

「せりか、これは夢の中の罠じゃない! 矢に色があるってことは、この間の女の子と同じ、別の侵入者だよ!」


 ロップのどなり声とともに、矢の嵐が止みました。もちろんせりかは、警戒するかのように剣を構えてあたりを見すえます。と、灰色の荒野に、ぶわっと砂煙が舞い上がり、その奥から甘ったるい響きの声が聞こえてきたのです。


「あらぁ、ミルちゃんの獲物を横取りしようとするなんてぇ、ずいぶんお行儀の悪いタピールさんねぇ」

その7は本日1/26の18時台に投稿予定です。

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