その14
ユウ君と呼ばれた男の人は、黒い槍を構えたまま、せりかのそばに近づきました。
「大丈夫か?」
「あ、はい。ありがとうございます。でも、あなたは誰?」
「おれは勇樹。りりあの同級生で、そして恋人だ」
「違うわ! ユウ君はミルちゃんの彼氏なの! あの女は関係ないの、そうでしょう?」
勇樹は貝子をにらみ、槍を突きつけました。驚き、あとずさりする貝子に、勇樹ははき捨てるようにいいました。
「おれは今までも、そしてこれからも、ずっとりりあの恋人だ。お前と付き合っていたのは、りりあがこん睡状態に陥った理由を、お前が知っているだろうと思っていたからだ。タピールであるお前がな」
「どうして、なんでユウ君がタピールのことを?」
気が動転しているのでしょうか、貝子の声が、いつもの甘ったるい調子ではなくなっています。
「ここにいる時点で、なんでかわかるだろ? おれもタピールだからだ」
勇樹の後ろから、真っ青な羽をしたちょうちょが現れました。彼のナビゲーターなのでしょう。貝子のくちびるがふるえています。
「でも、そんなことミルちゃんには一言も」
「そうだ。お前に気づかれないようにだまっていたんだ。もちろんクレの力で心も読まれないように、おれもクレで防御していたのさ。その間に、お前のことをいろいろ観察させてもらったよ。お前が幸せな夢ばかり吸収していたことも、りりあのたましいを奪ったことだって知ってるんだ!」
貝子がぺたんとその場に座りこみました。その姿を見おろしながら、勇樹が静かにいいました。
「りりあのたましいを返してくれ」
「そうしたら、そうしたらミルちゃんのこと、捨てない? あの女が眠りから覚めても、ミルちゃんのこと捨てないよね? ユウ君、ミルちゃんの彼氏だもんね?」
上目遣いで、貝子が勇樹を見つめました。勇樹は首をふりました。
「だめだ。さっきもいったように、おれは昔も今も、そしてこれからも、りりあのことが好きなんだ」
「そんな! 今まであんなに、ミルちゃんのこと愛してるっていってたくせに! うそよね、こんなの、こんなのうそよね?」
答えるかわりに、勇樹は貝子に槍を突きつけました。
「もう二度とはいわないぞ。りりあのたましいを返せ。そして、二度とおれの前に現れるな!」
貝子のぱっちりした目から、涙がぽろぽろとこぼれました。がっくりとうつむく貝子を、せりかはなにもいえずに見つめます。
「……この女のたましいを返しても、ユウ君はもうミルちゃんのところには帰ってきてくれないのよね?」
「貝子?」
貝子はふらふらと立ち上がりました。手に持っていた弓が、赤く光を放っています。
「ミルちゃんのものにならないなら、もういらない。こんなに愛したのに、あの女のことが好きなら、いいわ。ユウ君を殺して、あの女のたましいも消すから!」
はじかれたように貝子が真っ赤な矢を放ちます。せりかは剣の盾を、勇樹は槍の穂先で矢をはじきます。
「きゃあっ!」
今までとは比べ物にならない爆発です。剣の盾で防いでも、せりかは爆発の衝撃で吹き飛ばされそうになります。しかし、勇樹はものすごい速さで矢をはじいていきます。はじかれた矢は、爆発せずに消えていきます。
「どうして魔法が発動しないの? 矢に触れたら、爆発するはずなのに!」
「おれの槍は、触れたものの魔力を吸収するんだ。お前の矢も、爆発する前に魔力を吸収しているだけだ」
「それなら、これで!」
貝子お得意の、マシンガン連射です。勇樹は槍の穂先をわずかに動かすだけで、矢を全てはじいてかわしています。
「すごい……」
もはやせりかも、ただただ見ているだけしかできません。穂先を貝子に向けたまま、勇樹はじわじわと近づきます。
「ミルちゃんの矢を、なめないでよね!」
赤い矢が、勇樹ではなくその足元に撃たれました。足元が爆発し、勇樹が土煙に埋もれます。そのすきに貝子が、赤い矢を乱射しました。あちこちで爆発が起き、視界がさえぎられます。
「せりか、気をつけて! いつ貝子がせりかを攻撃してくるか、わからないからね」
「うん!」
ロップと自分を囲むように、せりかはいくつも幅広の剣を出現させました。そしてじっと身をひそめます。爆発音は次第にやみ、土煙も少しずつ収まっていきました。せりかは慎重にあたりを見わたします。
「いったいどうなったの?」
煙がはれた先には、首元に槍を突きつけられた貝子と、ところどころ服が破けた勇樹が立っていました。貝子の弓は勇樹が踏みつけています。
「これが最後だ。りりあのたましいをわたせ。そうすればお前のことを傷つけはしない」
「わかったわ、ミルちゃんの負けよ。あの女のたましいを返すから、槍をしまって」
勇樹は槍を構えたまま、けげんそうに貝子を見つめます。貝子はすがるように勇樹を見ました。
「弓も奪われてるんだから、もうミルちゃんにはなにもできないわ。ホントよ、信じて」
勇樹は静かに槍を下ろしました。貝子はふわふわのスカートについたポケットに、手をつっこみます。ひゅうっと風を切る音が聞こえました。黒い影が、勇樹の後ろから貝子に近づきます。
「だめっ、逃げられるわ!」
せりかが叫ぶと同時に、貝子のナビゲーターであるレイヴンが、クレに戻りました。勇樹が槍を振り上げる前に、貝子はクレに口付けしました。ピンク色の光がクレからあふれ出します。しかし、貝子の姿は消えませんでした。
その15は本日1/27の21時台に投稿予定です。