その11
それ以上は言葉になりませんでした。背中をふるわせる彩乃を見て、せりかはためらいがちに髪をなでてあげました。しばらくそうしていましたが、やがて彩乃は顔をあげました。
「だから、お姉ちゃんのたましいを取り返すために、ずっとあの女を捜していたの。そして、ようやく手がかりが見つかった。貝子がこのあたりをテリトリーにしていることがわかったもの」
「でも、あの女の人も彩乃さんがこのあたりにいるって知ったから、もう来ないんじゃないの? だって、あっちだって彩乃さんには会いたくないわけでしょう。それならきっと避けるんじゃ」
「ううん、避けないわ。それどころか、あいつは必ず現れる。貝子は傲慢で自信家だから、きっとわたしを避けるんじゃなくてわたしを倒そうと思うはずよ。そして、絶対に勝てるって思ってる。だって、お姉ちゃんのこともうまくだましたんだもん。それならわたしみたいな小娘は、もっと簡単に倒せるって思うわ。そこを狙うの」
「狙うっていっても、どうやって狙うの? だって、誰の夢に入るかもわからないのに。それに、もしかしたらもう夢に入らないかもしれないじゃない」
「それはないわ。だって、あいつはクレに貯まったレーヴを使って、夢から脱出したんだもん。そこで使った分をまた貯めようと考えるはず」
「でも、誰の夢に入るのかはわかるの?」
「ええ。あいつはきっと、わたしを直接狙ってくるはずよ」
「彩乃さんを?」
心配そうなまなざしのせりかに、彩乃はなにかを考えているようでしたが、やがて軽くうなずきました。
「あいつのやり口は決まってる。わたしが幽体離脱しているときに、わたしのたましいを狙ってくるはずよ」
「ちょっと待って、まさか、彩乃さん、自分のたましいをおとりにするつもりなの?」
「そうよ」
すました顔でうなずく彩乃に、せりかは口をパクパクさせていましたが、すぐに彩乃の肩をつかみました。
「だめよ、そんなの! 危険すぎるわ!」
「そうね。それに、あの女がわたしのからだに入ったら、わたしは自分のからだに戻れなくなるわ。だから、この作戦はわたしだけじゃどうにもならないの」
「じゃあいったい、どうするつもりなの? ……まさか」
「そうよ。せりか、お願い。わたしがおとりになるから、あの女を、貝子を捕まえて」
「そんな、無理よ! もし失敗したら、あなたのたましいまで失われるのよ。そんなこと、わたしにはできないわ」
「お願い、これは最後のチャンスなの。お姉ちゃんのたましいを取り戻す、最後のチャンスなの。わたし一人じゃ、貝子を捕まえることはできないわ。せりかの力が必要なの」
「けど」
とまどうせりかの手を、彩乃がぎゅっとにぎりました。手の冷たさを感じて、せりかは思わずその手をにぎりかえしました。
「せりかには妹さんがいるでしょ。もしあなたが妹さんのたましいを奪われたらどうする? ずっと目覚めないで、たましいのない抜け殻になってしまったら。なにをしてでも、たましいを取り戻そうとするでしょ。わたしもそうしたいの。わたし一人じゃできないけど、でも、あなたがいればお姉ちゃんを助けられる。……お願い、わたしを、わたしたちを助けて」
最後はしゃくりあげながら、彩乃はせりかの目を見つめました。自分のぬくもりが伝わるように、せりかは彩乃の手をしっかりと包みこみました。覚悟を決め、せりかはしっかりとうなずいたのです。
「わたしに倒せるかどうかはわからない。でも、持てる全ての力を使って、あなたのたましいを守るわ。それに、あなたのお姉ちゃんのたましいも、取り返してみせる! 信じて待っていてくれる?」
「……うん、ありがとう」
目じりを指でぬぐってから、彩乃は矢部君へと視線を移しました。
「……さ、わたしの手をつかんで。そろそろ悪夢になるわ」
もうほとんど光を失っていた矢部君のからだが、とうとう暗闇に溶けて消えそうになりました。せりかは優しく彩乃の手をにぎりしめます。彩乃はじりじりと手を矢部君に近づけていましたが、次の瞬間、手を矢部君だったかげに突っこんだのです。
「キャアッ!」
なさけない悲鳴をあげて、せりかは自分のベッドで目を覚ましました。思わず彩乃の手をにぎっていた左手を見つめます。
――初めて手をつかんだときは冷たかったのに、さっきの彩乃さんの手は、温かかった――
そのまませりかは、ぽふんっとまくらに顔をうずめて、今度は本当の眠りへと落ちていくのでした。
その12は本日1/27の18時台に投稿する予定です。本日はその15までの投稿を予定しております。