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96 352-12 生死の境から無事帰還(2499)

 ナスターシアは、父と一緒に馬に乗って草原を駈けていた。前の父の腰に手を回し、振り落とされないようにしっかりと掴む。

 楽しそうに馬を駆る父の姿を眺める。

 どこまでも続いていく草原。のどかな風景が広がっている。楽しい、心安らぐひととき。


 しばらく走ると大きな川があった。川を渡る橋の手前で、馬は止まった。


(なんで止まるの?)


 ……声が出ない!


 父は先に馬から下りると、下からひょいと降ろす。


 目線を合わせるように腰をかがめると、満面の笑みを浮かべる。そして、颯爽と馬に乗り、ナスターシアを残して橋を駈けて行ってしまう。


(どうして、置いていかないで! 私も一緒に!)


 一生懸命走るが、一歩も動けない。足は鉛のように重くなり、ちっとも前に進まない!


(待って!)




 ウルサスとの死闘から三日。

 ナスターシアは、ベッドで目を覚ました。


 決着がつき、ハルバートと翼を消失させた後も、滔々と供給され続ける神力に耐えきれず、泡を吹いて意識を失ったのだった。その後も生死の境をさまよいつつ、今に至る。




(あれ? ここ、どこだろう?)


 目を開けてみると、見慣れない感じの天蓋(てんがい)……。だが、なんとなく見覚えもあるような……?


「お目覚めなられましたか!!」


 待ちわびた、そんな感じの声色で年季の入った侍女が感激の声をあげた。そして、いそいそと人を呼びに行ってしまう。

 その様子を見て、ああ、ここは王宮の中かと気付く。


 なんとか起きてみようと試みるが、体に力が入らない……。動かそうとしても、プルプルと震えてうまく動かせない。そして、戦いを思い出すと、震えが止まらなくなる。


(あのとき、確かに私は死んだ筈だった……)


 皮膚が破れ、内臓が引き裂かれる鋭い痛みと感触が生々しくよみがえる。


 だが、今はまだ眠い。


 うとうとして、次に目が覚めたときには、(かゆ)の匂いがした。


「お目覚めですか?」


 また違う侍女がいた。


「ええ」


 声を出すのも一苦労。


「起きられますか?」


 首を振って、無理を伝える。


「では、そのままでいいので、お水はいかがですか?」


 うん、と頷く。侍女は、楽飲みで水を飲ませてくれる。


 なんだか生き返る感じ。

 そのまま、麦粥も少しスプーンで飲ませてもらう。

 お世辞にも美味くはないが、ほんの少しでも、お腹に入れて慣らすことが重要だった。




 翌日、少し元気を取り戻したので、起こしてもらった。肩を借り、用を足しに連れ出してもらう。動けないのは辛かったが、回復していっているのが救いだ。いっとき、このまま動けなかったらどうしようか、という不安もよぎったが……。


 気がついたのだが、手が白くなっているような気がする……。そして、心なしか髪の毛が長くなっているような……?


 今度は、ベッドの柵にもたれさせてもらい、体を起こしてもらう。やっと起きていられるようになったのだ。

 食事は相変わらずお粥だったが、食べきることができた。


「ありがとうございます」


「こちらこそ、元気になってもらいたいですから……。王が面会したがっておられますから、そろそろお顔を見せてあげられますでしょうか?」


 なるほど、侍女が一人いるだけの環境にして、静かにしてくれていたのか。王宮の中だというのに、喧噪が遠くにしか聞こえなかったのは、気を使ってくれていたようだ。


 しかし、こんなに動けないのは、三日も寝ていた所為だけではないだろう。体のあちこちが、きしむように痛い。なにより、神に祈るのが怖い。神力を使いたくない……。今度祈りを捧げたら、とんでもないことになりそうな予感があった。




 侍女が部屋から出て行くと、しばらくして大勢押しかけてきた……。王様を筆頭に。


「おおっ!! 元気になったようで安心したぞ!」


 破顔し、歓喜とともに近づきベッドの脇に陣取るローディア王アルマン。


「此度は、命をかけて余のみならず、息子達、そしてこの国を助けてくれたこと、心より感謝するっ!! 其方の活躍ぶり、見事であったぞ……」


 王という立場を忘れ、うっすら目頭が潤む。


「王殿下、こんな格好で失礼します。」


「いやいや、苦しゅうない。それより、其方に褒美を取らせねばなるまい。サラニア領とセルヴィカ領の領主が空席になったでな。どちらかの領主をと考えておるのだが、ヘロンのヤツが『後々火種になるから絶対止めろ』とうるさくてな……」


(りょ、領主っ?! いくらなんでも、それは荷が勝ちすぎるってもんですよ)


「お気遣い頂きありがとうございます。でも、そのような過分な……」


 疲れた……。途中から声が途切れてしまった。


「すまんな。今日の所は先ずは礼までじゃ。失礼するとしよう」




 さらに翌日。


 身だしなみを気にする余裕が出てきたので、湯浴みをする。なんだか、生き返る心地だった。実際、生き返ったと言っていいのだろうが……。

 鏡をみてみると、病的に白くなって、しかも痩せた気がする。髪の毛は明らかに長くなっていた。

 動くとしんどいので、日がな一日ベッドで過ごす。


「ナスターシア様! 心配しましたよぉ~。私、ホントに心配したんですから~」


 リュシスが来た。聞けば、リュシス自身もあのあと丸一日以上寝たそうだ。


「あのとき助けてくれて、本当にありがとう。命の恩人です。あなたがいてくれなかったら、私あのまま死んでました」


「いやー、なんていうか自分でもびっくりです! それより聞いて下さい! 私まで聖女に認定されそうなんですよ!」


「まあ、あんな奇蹟を目の当たりにしてしまったら当然かも……」


「そうじゃないんです! 王都とフェリアの復興資金の話なんですよ」


 なんでも、王宮で手当てを受けて目覚めた後、復興資金をどうする……なんて話を小耳に挟んだので、紙幣で用立てればいいのでは? と提案したら、あれよあれよという間に財政官にされ、精一杯説明したんだとか。

 そして、気がつけば聖女と崇められていたらしい。


 なんだか、途中がもの凄く端折(はしょ)られているせいでよくわからないが、とにかく大変なことだけは伝わった。


「いいじゃない! 私の代わりにしっかり聖女を務めて下さいね」


「代わりにって……。代わりなんかいませんよ、ナスターシア様は聖女っていうより、守護天使なんですから」


「あ――、それなんだけど、もうその役目は果たせそうにないの……」

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