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95 352-12 王都騒乱 下(2347)

 ジョエルは、ウルサスの攻撃をかわすだけで精一杯だった。


 一方、ナスターシアはもう虫の息になっていた。まだ、ギリギリ生きている……とも言えるが、風前の灯火だ。

 リュシスがその冷たくなった手を握る。だが、握られている感覚はあまりない。こんなとき、走馬灯のように過去を思い出すというが、あれは嘘だろうか?

 ただ、遠のいていく意識。

 体が冷たい。

 寒い。

 痛みも感じなくなってきた……。


「ナスターシア様……」


 リュシスが、ナスターシアの傷ついた体にすがり、涙を流していた。指一本ではない。リュシスには流石にこの状況を、なんとかできる気がしなかった……。


「神よ……私に力を……」


 全身全霊の祈りとともに、リュシスは治癒を試みた。

 その体が淡く光を纏う。


治癒(ロールバック)……」


 リュシスの神力解放とともに、不思議な光景が展開される。

 床の上に飛び散った血と、飛びだした内臓が不思議な力でナスターシアの体に戻っていく……。

 何カ所もあった腹の傷口が見る間にふさがり、腕の傷もその痕跡も残さず消えていく……。

 神の奇蹟というのに相応しい光景だった。


 リュシスは、ナスターシアの怪我の回復と引き換えに、その意識を失った。ナスターシアの体に突っ伏してしまう。


「あ……、ありがとう……リュシ……」


 ナスターシアは瀕死の重傷から、完全に回復し意識をとり戻した。

 だが、まだ偽痛が残っていた。痛くないはずだが、強烈に痛む。

 とにかく神力が回復したようなので無理矢理でも体を動かし、立ち上がる。


 ふと目をやると、ジョエルがウルサスと闘っている。相手がウルサスで、存分に神力を使っている状態では、形勢はかなり不利なようだ。

 いや、むしろ攻撃をかわしているだけで奇跡的と言えた。ときにハルバートの刃の側面を手にかけながら、すんでのところで避ける。


「なにっ!! 何故だっ!!」


 傷が治り、立っているナスターシアが目に入り、ウルサスが顔に(おどろき)を浮かべる。


「まあいい、おいっ! もう一度だ!」


 そう言って、再度のミュートを指図した。


「ジョエル様、黒い女をっ!!」


 だが、ミュートは発動されてしまった。ウルサスも例外ではなく、ハルバートが消失する。床の上の剣を拾おうと膝をつき、かがむ。


 好機!!


「うぉおおおーっ!!!」


 女は護衛の騎士に隠れてしまったが、ジョエルは全力で突っ込む。護衛の持つ槍を受け流しつつ、女のいる筈の空間目がけて剣を突き出した。


 神力は回復しない。


「クソッ!!」


 ジョエルの剣は、護衛によって防がれていた。

 好機を逃し、絶望が再び襲う。


 だが、泣き言を吐いている場合ではない。


「残念だったな」


 ウルサスの嘲笑が響く。

 ジョエルが敵の攻撃を受けて、その衝撃で転倒しはじき出される!




 神力が抜けていく……。


(また殺されるのか……。いや、吸い取られるならそれ以上に……)


 一か八か、ナスターシアはヘルムをうち捨て、叫ぶように祝詞を唱える!


「天に(ましま)す (かしこ)大日霊(おおひるめ) 至高の神イオスよっ!! 我が命(ささ)(たてまつ)り 淵源(えんげん)より沸き立つ無窮(むきゅう)の加護を (めぐ)(さきは)()(たま)えっ!!」


 異教も異教、カイル神など微塵もない。


(イオス様!!! 力をっ!!!)


 もの凄い勢いで神力が吸い取られつつ、一方でそれを上回る速度で供給され続ける!


(動ける! これならっ!!)


「ぬおおおおおおおーっ!!!」


「馬鹿なっ!? ミュートを破るだとっ!」


 自身は、生成武器を使えないことで一瞬にして圧倒的不利な立場に立たされるウルサス。


 ナスターシアは一瞬でハルバートを二本生成(フォーム)し、一本を倒れたジョエルにトス。


「ジョエル様っ! これをっ!」


 ナスターシアの近くであれば、生成(フォーム)した武器を問題なく使うことができた。


 ジョエルは、防御の効かない武器を手に立ち上がると、次々と敵兵を屠っていく。その身のこなしは、最早王国でも屈指のものとなっていた。




 突如として、ミュートが途切れ、解除された。

 ミュートを使っていた女が、床に崩れ落ちる。負荷がかかりすぎたのだろう。


 ミュートがなくなれば、出口のなくなった神力は、ひたすらナスターシアに溜まる。

 溢れ出るほどの神力をその身に湛え、眩いばかりの光を纏う。


「ウルサス! あなたの相手は私!」


 絶大な神力を得たナスターシアは、ウルサスを圧倒するスピードで攻撃を仕掛ける。

 軋む甲冑とうなりを上げるハルバート!

 ウルサスは防戦一方となるがしかし、彼の近くではフォース制御の神力のため、減衰されてしまう。なかなか決定的な一撃が繰り出せない。

 無心でハルバートを振るう。

 ウルサスの戦技も研ぎ澄まされていた。歴戦の戦士でも、こんな経験は初めてだったが圧倒的に劣る神力でも筋力と技量で補っていた。


 ガシッ!!


 ハルバート同士が絡み合い、組み合う! 力比べである!!


 ウルサスは、速さはともかく力には自信があった。こんな小娘に負けるはずがない!


 確かに、微動だにしない。


 あまりの力に、足下の床の石が粉砕され、削れていく……。


 ナスターシアは、翼を生成(フォーム)する。体の何倍もある大きな秀麗な翼が現れる。

 輝くその翼は、体を斜め上に押し上げる。


 踏ん張りのきかなくなったウルサスは、後に押し倒された!


 激しく倒れる音を撒き散らし、天使が赤い戦士を組み伏せる。


「これはっ!」


 そこに居合わせ、それを見た者は皆、その脳裏に大聖堂の天井に描かれた絵を思い浮かべたに違いない。赤い猛牛の化け物を組伏す天使の姿をっ!!


 すかさず、ダガーをアイスリットに突き立てる! 正確に、ウルサスの目を突いた!


「ぐぅああああ――っ」


 だが、まだ戦闘意欲は失っていない! ナスターシアを押しのけて、逃れようと暴れる。


 ナスターシアは、ダガーを放さないようにしっかり握り、突き立てたまま維持する。そこへ、槍先が突き出される!!


「ごはぁーっ」


 ジョエルのハルバートだった。それは、ウルサスの脇腹に深々と突き刺さった。


 斯くて、夕闇の中、激闘は幕を閉じた。


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