94 352-12 王都騒乱 中 天使討伐(2598)
大広間のドアの前には、数十人の敵兵が陣取っていた。暗がりのため、良く見えない。一人近づくナスターシア。
「そこをお退きなさい」
「!?」
完全に油断していたのか、驚く兵達。中にはフルプレートの者もおり、指揮を執る貴族と解る。
「地獄に行きたくなければ、兵を引きなさい」
壁の松明の光だけが、照らす。
「でぁあっ!!」
後から突きかかられる。だが、槍はナスターシアを避けるように逸れる。ハルバートの柄の方を背中側に突き出し、その腹に見舞ったかと思うと、その真ん中を体に付け、腰を落としてぐるりと回転する。
最後は低い姿勢から渾身の突きを放ち、槍部分で不埒者を貫いた。
「ごふ……」
踏ん張って神力で力いっぱい吹き飛ばすと、奥の方まで飛ばされていった。
おもむろに貴族に向き直る。
「兵を引きなさい」
「はっ……」
その人外の力に気圧されたのか、膝を屈して忠誠を誓い、兵を引いて出ていった。
奥ではまだ、戦いが続いているようである。
急がなければ!
ドアに体当たりをして開ける!!
中は、うっすらと外からの夕暮れ時の赤い光が差し、ほの暗い。 ナスターシアが入ると剣戟が止んだ。最奥に王と王子、王女、それに貴族達が集まっていた。その前にはマキナスはじめ、近衛兵が守りを固めている。
幸いなことに、まだそれほど煮詰まった状況ではないようだ。
「遅かったな、待ちくたびれたぞ!」
そこには、見覚えのある赤い甲冑を着た大柄な騎士がいた。
「ウルサス!!」
「ほお、俺のことを知っているのか。光栄なことだな。だが」
ウルサスは、手にした剣をナスターシアに向けて続ける。
「お前はここで死ぬのだ、天使よ。天に帰れ!」
「うるさいっ! お父様の仇! ここで仕留めさせてもらう!」
「仇? いちいち覚えておらんな!!」
ナスターシアは、生成したハルバートを構え、全力で突進する!
一方、ウルサスは余裕の表情で構える。後ろに立つ、黒ずくめの女に合図すると、彼女は小さく唱えた。
「……ミュート」
突撃の最中に急にバランスを失い、うつ伏せに倒れるナスターシア。ハルバートも消失してしまった。
神力がまるで使えない!
すべてどこかへ吸い取られていくような感覚……。
床を滑って、ウルサスの足元でようやく止まる。彼の持つ剣が、容赦なくむき出しの腕に突き刺さる。
「ゔぁあーっ!」
白く細い腕を貫通する剣先。
痛みに思わず叫びを上げる。
「一ついいことを教えてやろう。お前は神の力に頼りすぎなのだ。我らが体を鍛えるのは、伊達ではないということだ」
ウルサスは、剣を抜くとナスターシアの腕を持って引っ張り上げ、立たせる。体をよじり、足をばたつかせて暴れるも、ウルサスの豪腕になす術もない。
「こっ、放せっ!!」
「見るがいい! お前らの予言のメッシアの最期だ!」
「やめろーっ!!」
シャルル王子が叫ぶ!
刹那、死を予感した。
無情な剣が、ナスターシアの腹部に深々と突き刺さる。
「ぐぁあっ」
二度、三度。
「やめてーっ!」
リデリアの悲鳴にも似た叫びが響く。
確実にトドメを差すために何度も剣を刺す。
そのたびに、ナスターシアは体の中に剣が刺さるのを感じ、焼かれるような激痛に身を固くした。そのあまりの痛みに、意識が遠のく……。
最初の方こそ抵抗していたが、もはや抵抗する力も気力も残されていなかった。
(嗚呼、お父様……。ごめんなさい……)
ウルサスが、持っていたナスターシアの体から手を離すと、その場に崩れ落ちた。
「ナスターシアッ!!」
ジョエルがリュシスを連れて大広間に走り込んでくる。だが、その様子を見て一気に逆上する。
ウルサスは、ナスターシアの体を蹴り飛ばす。広間の入り口付近のジョエル達のところまで、鮮血を撒き散らしながら転がって行った。腹圧に耐えきれず、内臓が一部飛び出してしまう。
「おのれーっ!」
怒髪天を衝き、怒りに我を忘れ、ウルサスに挑みかかる! 抜剣しながら初撃を横払い、突きがくるところを躱してカウンターで一気に踏み込みオフサイドから突く!
派手な金属音がするが、まったくダメージは通らない! ウルサスのフルプレートは、見かけが派手なだけではなく、造りも精巧だった。継ぎ目もうまく処理されており、剣でダメージを与えることは不可能と思われた。
だが、そんなことは関係ない!
「うおおおーっ!!」
ウルサスの重い剣を受け流し、関節を狙い剣を打ち付ける。何度も何度も……。効果の程は殆どない。ひたすら怒りを剣に乗せ、ぶつける!
王達の方では、近衛兵が敵兵と奮闘していたが、膠着しているようだ。
「マキナス!!」
リデリア王女が叫ぶ! 状況を察したのか、マキナスが攻勢に出る。多勢に無勢のため、攻め手に欠くようだ。だが、動体予測で敵兵のアイスリット目がけて正確に突きを繰り出し、仕留めていく! 欠点は、抜けなくなり、得物がなくなってしまうことだ。
一撃、二撃……と、マキナスは槍の突きを受けた。
一本が甲冑を貫通し、脇腹に刺さる。
「!!!」
リデリアが悲愴な面持ちで見守る。
マキナスの表情はフェイスガードに隠されて読み取ることはできない。
マキナスは、受けた槍を掴むと腕力に任せて奪いとった。そのまま、自分の得物として使う。ある程度、予測の上で攻撃を受けたのだった。
一方ジョエルは、ウルサスの攻撃をうまく捌いていた。ウルサスほどではないが、アランとの修練の成果であった。しかも、今は神力が使えないようで、技に勝るジョエルが若干押している状況である。
「ふっ! やるな小僧。だが……そろそろ終わりだ。おいっ」
黒ずくめの女は、祈りを止めた。
ウルサスは、剣をうち捨て、新たにハルバートを生成する。一気にスピードが上がった! 生成武器での初撃。ジョエルはしっかりと見切り、かわす。
「そうか、貴様この武器の特性を知っていると見える」
ハルバートなら、間合いに入ってしまえば勝機はある。確かダガーがあったはず……と、ジョエルはダガーの位置を思い出す。
ジョエルは一気に間合いを詰める!
ウルサスは、すかさず高速で薙ぎ払う。甲冑相手にスラッシュは、普通なら効かないが、生成武器なら関係ない。寧ろ攻撃範囲が広い分、有効であった。
躱しきれない! だが、懐に入りさえすればっ!!
「甘いな!」
ジョエルは脇腹を切られた上に、なにか見えない力で吹き飛ばされてしまった。
ナスターシアと同じ力も使えるのかっ!?
一気に徒労感に襲われ、対策を考えあぐねる。
どうしようもない……。為す術がない。
このままではっ!!




