93 352-12 王都騒乱 上(1689)
ナスターシアは、三十分もかからずにまだら模様の森の上空を越える。落葉樹が葉を落としているために、ところどころ枝だけになっているのだ。
左手には、太陽が間もなくその姿を地平線に隠そうとしているところだった。
王都が見えた!
火があるのか、一部で煙が上がっていた。城塞の壁の外にはまだ兵が群がっており、門は既に破られている。十メートルはあろうかという重厚な壁の一部は破壊され、外には梯子がかけられたまま残されていた。外には、破城槌やカタパルトがうち捨てられている。
激しい攻防戦があったと思われる光景だった。
王都内部も無惨な有様だった。まだ、あちこちで破壊と略奪が行われている。この数を一人でなんとかするのは無理だ。指揮官を討ち取っても、どうこうなるかどうか……。
とにかく、マルセルが到着するまで持ちこたえるしか、沈静化させることは不可能に思われた。
ナスターシアは、王都上空にさしかかり、フェイスガードを上げた。
先ずは、フェルナンド兄様達が心配だ。商会の王都支店は、目抜き通りの一本裏手の通りにあり、空からは見にくい。ほぼ、直上まで来てようやく見えた。
「ロジェ!!」
屋敷の前で仁王立ちになって、雑兵と対峙していたのはロジェだった。他にも数人の護衛剣士が、お屋敷を守って戦っている。急降下して、対峙する数十人の敵軽装歩兵に対応する。地面近くで急停止すると、砂塵が巻き上がる!
広げた翼が何人かの兵に当たり、突き飛ばす。
「守護天使が現れたぞっ!!」
腰が退ける兵達に、ロジェと二人で追撃を加える。翼に加えてハルバートを生成し、水平になぎ払う。栗皮色の乾いた血にまみれた銀色の甲冑の足を踏ん張り、土を蹴って渾身の斬撃を放つ。
少し遅れて薔薇の香りを漂わせる。
憐れ敵兵は、防御することすら能わず。
紺青の服の裾が舞うごとに、神力で強化された速さと力をもったハルバートが強引に敵をなぎ倒す!
敵兵はナスターシアの攻撃に対して、通常の武器や防具で防げないことを知らないために、防御を試みて悉く斬られてしまうのだった。
或いは、その様子を見て、受け止められないことを一瞬頭で理解しても、訓練された体は、自然と武器や防具で受け止めようとしてしまうのだ。
あたりに戦える敵兵がいなくなるのに、一分も必要なかった。
「ロジェ、お兄様達は?」
「ご無事です! しかし、リュシスとジョエルが王宮内にいる筈です。ここは、お任せ下さい」
「ありがとう! ここは任せます!」
商会の屋敷の前から飛び立つと、今度は王宮目指して飛ぶ。
しかし、なんで二人が王宮内にいるのか?
王宮の周りの堀にかけられた跳ね橋は、既に降りていた。しかし、まだ間もないようで、中には守備隊とみられる兵達も中庭で闘っていた。優美を誇った中庭も、兵達に踏み荒らされ、見る影もない……。
正面から王宮の上空に近づき、叫声をあげる!
「聞けっ!! 我が祝福受けし王への暴虐!! 許すことはできんっ!! 今すぐ鉾を収めよっ!!」
それを聞いた敵は怯み、守備隊は沸き立った!
「守護天使だ……。俺たちどうなるんだ?」
「予言の……守護天使だっ!! 俺たちの勝ちだっ!!」
跳ね橋を再び上げるべく、ナスターシアは中庭に降り立ち、翼を消して門を目指す。
「怯むなっ!! 敵を押し返せっ!! 橋を上げろっ!!」
稚さが残る高い声が、兵達を鼓舞する。味方の兵が敵から斬りかかられ、あわやというところにナスターシアの投げたダガーが敵の首に刺さり怯む。一瞬の隙を突いて形勢を逆転した味方の兵は、ナスターシアの方を一瞥し笑みをこぼす。
ナスターシアが敵兵に向かって歩くと、波が割れるように引いていく。その手にある碧いハルバートからは、血が滴る。翼はなくとも、誰かは認識できているようだ。だが、そんな状態でまともに闘うことなどできない。
数で劣る守備隊が、じわじわと門外へ押し返していく。
「聖女様、ここは我等が! 城の中に賊が侵入しております。どうか、王をお護りください」
「わかりました」
城の入口のドアは破壊されていた。
薄暗い中からはまだ剣戟の音が聞こえる。中の構造は知っている。急いで奥へ向かう。恐らく王は謁見の間か、広間だろう……。