91 352-12 狂気錯乱(2952)
いまさらですが、ちょっとグロ注意で……。
「何ということをっ!!」
サイモンの変わり果てた姿をみて、マルセルも叫ぶ。
「神への冒涜です! 恥を知りなさい」
「黙れ小童!! これは、これこそが神の御意志である。今から、お前とヘロンを地獄へと送るのだ。それが御意志なればこそっ!! こうして、貴様等がここへ来たことが何よりの証拠!」
「が……う……」
ナスターシアは、最早正気を保っていられなかった……。ロスティスでの父の遺骸、葬儀、慟哭、燃えさかる炎……。それらがひたすら脳内でフラッシュバックを繰り返し、悲憤で身を焦がしていた。
「おとう……」
フラフラとカルヴァンに近づく……。
衛兵が押さえる……。
その瞬間、ナスターシアがぼんやりと輝きを放ち始めた。
「手を……、汚い手を放せ」
冷たく言い放つ。
「?」
サイモンの頸は勝手に壺に戻った。カルヴァンには、一体なにが起きたのか理解出来なかった。
ポトリと彼の腕が床に落ちるまでは。
「ギィャーーーッ」
ナスターシアは、持っていた剣で一閃。腕を切り落としていた。
その眼は、虚空をぼんやりと眺めているようでもあり、まるで生気のない表情をしていた。
ヘロンは、咄嗟に衛兵から逃れ、マルセルの手を引いて逃げる。瞬間瞬間の判断が生死を別つのだ。
「何をしている! 衛兵!! 殺せっ! 女を殺せっ!!」
領主のアルベールは、卑怯にも自分は逃れつつ、衛兵にナスターシアを討つよう命じた。
ナスターシアは、衛兵に忽ち取り囲まれ、周囲から一斉に槍を突き立てられた!! 憐れナスターシア……と思いきや、数本を剣でなぎ払い、残りは神力と信じ難い柔軟性で十本からの槍を全て避けた。
そして、剣を捨て突きつけられた槍をかいくぐり、一人の衛兵の真横に陣取る。
持っていたダガーをアイスリットに深々と突き立てた。
衛兵の呻き声が、惨劇のはじまり告げる。
ナスターシアの得意とするハルバートを生成し、甲冑など無視して次々に頸を斬り飛ばしていく……。
突きつけられる槍は、不思議な力でにゅるんとナスターシアから逃げていく一方で、ナスターシアのハルバートは甲冑には傷一つ付けずに中の肉体を斬りつける。
その体技、力、早さの全てが常軌を逸していた。
頭部を失った衛兵の胴体は、血しぶきを天上まで吹き上げながら倒れ、今度は床を真っ赤に染め上げ、部屋中に血の臭いを満たした。
「たっ、助けて~」
とてもではないが勝てないと理解した衛兵が一人、情けない悲鳴をあげつつ逃げ出すと我も我もと逃げ惑う。
その後はもうただの殺戮と化した。
ご丁寧に外から閂を掛けたために、中から逃げることが出来ない。パニック状態となった。
ある者は決死の覚悟でナスターシアに向かっていき、またある者は命乞いをしたが、皆痛みを感じる間があったのかと思うほど、あっさりと頸を刎ねられていく……。
その瞳には憐憫を、口元には哀切を湛え、無情なまでの刃を、ただひたすら振るい続ける。
最後に残ったのは、領主アルベールと息子のカルヴァンだった。
「たっ、頼む! 殺さないでくれっ!!」
ナスターシアは、這いつくばるアルベールを睥睨して問う。
「なぜ父上を殺した?」
「すまない……、私はただ、彼が怖かったんだ」
「なぜ関係ない人を巻き込んだ?」
「それは……、すまない……赦してくれ」
「赦す?」
「お赦し下さいっ!! どうかっ!! どうかっ!!」
「立て」
体を起こしてナスターシアを見たアルベールは、絶望した。
その表情は激情に歪み、狂気に支配されていた。もはや、常人の理解の及ぶところではない。
ベシャッ
「ぐあぁぁーっ!! おーっ赦しくださいっ」
右腕が引きちぎれた。ナスターシアはわざと真っ直ぐ斬らずに、より残虐ないたぶりをしているのだ。
「私は誓ったのだ。必ず恨みを晴らすと」
ベシャッ
「ひゃーっ!! あーっ! あーっ!」
左腕がもぎ取られた……。
「お父様を殺したヤツを……」
ナスターシアは、ハルバートを振りかぶった。
「ミンチにするとっ!!」
振り下ろされたそれは、アルベールを真っ二つに引き裂いた。服の中で胴体だけが切り裂かれ、支えを失って崩れ落ちる。
「父上ーっ!! おのれ、化け物めっ!!」
左手を失ったカルヴァンであったが、流石に座視出来なかったのか衛兵の持っていた槍を手にすると、ナスターシア目がけて突っ込んでいく。
だが、突き刺さったのはナスターシアのハルバートであった……。
「ぐはっ……」
胸を深々と貫かれたカルヴァンは、立ったまま、こときれた。
一瞬静まりかえる。
「はははははっ! ひゃーっ、はっはははは」
完全に理性を失ったナスターシアは、猿叫のような叫びをあげながらハルバートをカルヴァンから引き抜くと、今度はひたすらアルベールの遺骸を切り刻んでいく。自我を失い、感情を失い、錯乱し、ただ無意味に肉塊に刃を振るう。
その様子を形容して地獄と称さずになんと言えようか。
数分……まるで永遠とも感じる数分の後、飽きたのか疲れてきたのか、ナスターシアは動きを止め、ハルバートも消失させ、膝から崩れ落ちた。
静寂があたりを包む。
皆、固唾を呑んで様子を窺っているのだろう。
衛兵の遺体の影から、ヘロンとマルセルが姿を見せた。危険すぎるので、最初から隠れていたのだ。
「大丈夫か? ナスターシア」
ヘロンが、注意深く様子を窺う。応答はない。
マルセルが、ピンポイントでウォームを使うようだ。ナスターシアの背中から、そっと手をかざして範囲を限定し、強めにウォームを放つ。
落ち着いただろうか?
「お爺様……。お爺様、わたし……」
マルセルのお陰か、急速に自我を取り戻したナスターシアは、しかし怨嗟を晴らしてもなお晴れぬ想いに涙した。
ヘロンに体を預け、嗚咽を止めるでもなく、ただ泣いていた……。
しばらくすると、外からかんぬきを外す音がして、扉が開けられた。
最初に入ってきたのは、領主アルベールの妻とカルヴァンの妹だった。入るなり、室内の凄惨な殺戮現場をみて嘔吐く。
「あなた!! あなたどこなの?!」
アルベールの妻は、カルヴァンの変わり果てた姿を見つけた。
「カルヴァン!! 嗚呼、なんてこと……」
「あたしのお父様を返してっ!!」
まだ、五歳ぐらいかという幼い女の子の声に、ナスターシアは、はっとさせられた。
「失礼だが、リシュリュー卿の奥様ですかな?」
「はい……」
「では、潔く自刃なされるがよいでしょう」
ヘロンは、短剣を取り出し、女に渡した。
「あなたが、やったのね?」
領主の奥方は、短剣を握りしめ、ナスターシアを見据えて言った。
「お父様の敵っ!! 死ねぇーっ!!!」
女の子は、小さな拳を振り上げてナスターシアに向かってきた。
「やめてっ!!」
ナスターシアは、叫んだ!! だが、それは女の子に対してではなく、長剣を生成し刺し貫こうとしていたヘロンに対してだった。
女の子は、ポカポカとナスターシアを殴る。だが、幼女の拳など痛みすら感じない……。
「いいのか? もっと惨酷なことになるぞ?」
しばらくして、領主の奥方は覚悟を決めたようだ。どうあっても死は避けられないと悟ったのだ。
「いいこと? これだけは言っておくわ……。例え死んでも、お前たちの刃にかかって死んだりしない!! 地獄に落ちろっ!!」
そう叫ぶように言い放つと、子供をたぐり寄せ、その喉笛を掻き切ったかと思うと、自らの胸に短刀を突き立てて崩れ落ち、体重で深々と突き刺した。
壮絶な最期であった。