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90 352-12 記憶の扉(1973)

 街の方から駈けて来た騎兵はテオドール達だった。残党を蹴散らしながら迎えに来てくれたようだ。


「これはこれは、さすが聖女ナスターシア様。これほどの力とはっ!」


 マルセルが何かいいたげな表情をする。


「テオドール様。街はいかがでしょうか?」


「被害は最小限に……。ですが、申し訳ありません。お屋敷が焼けてしまいました。火矢を放たれたのです。どうにも手の施しようがなく……」


「よい。想定内じゃ。怪我人は?」


 ナスターシアからの質問の回答に、ヘロンが答えた。


「特にないようでした。護衛の剣士達が頑張ったようですぞ。是非我が隊にスカウトしたいものですな」


「そうか、では適当に騎士を縛り上げて領主屋敷へ行くとしよう」


「屋敷は我が隊の者が、しっかりと警護しております故」


「世話をかけるな」


「滅相もございません、老師」




 フェリアの領主屋敷は、テオドールの配下に包囲されていた。表向きは敵から護るためだったが、実際には領主を逃がさない為だった。


 マルセルとヘロンの馬は、すっかりへばってしまっているためテオドールの部下に任せ、代わりの馬を借りることにした。


 途中、お屋敷の前にさしかかると、ごうごうと燃えさかる炎に包まれた建物が見えた。皆、ただその燃える様を見ているしかないようだった。使用人達は、涙を流しながら悲嘆に暮れていた。


 騒ぎが収まったのを感じ取ったのか、通りには人々が姿を見せつつあった。


 ヘロンとその少し上を飛行するナスターシアの姿に、行く先々で歓声が上がる。皆一様に、街の英雄は、守護天使ナスターシアとその祖父ヘロンと思っているようだった。




 一行は(ようや)く領主屋敷に到着した。


「ここからは、わしらだけで行くとしよう。テオドール殿は、周辺の警護を頼む。あと、王都が心配じゃ。何か情報があれば知らせてくれんかの」


「しかと承った!」




 領主屋敷の中では、使用人が待ち構えていた。


「ようこそ。お待ちしておりました」


 一抹の不安を覚えつつも、ヘロン、翼を消失させたナスターシアとマルセルは、案内されるままついていく。地元の領主屋敷より王宮の方が馴染みがあるというのも変な話だが、ナスターシアは王宮より輪をかけて無駄にけばけばしい内装に辟易した。


 一行が案内されたのは、二階にある大広間だった。


「ようこそ、聖女ナスターシア様。そして、ヘロン」


 相変わらず、強欲を絵に描いたような醜悪な姿を晒す領主、アルベールとその子カルヴァンが重厚な衣装と調度品に囲まれていた。


 大広間には、衛兵が全員集められたのかと思うほど、壁際にみっちりと並んでいた。ご丁寧に二列になって……。皆、フルプレートにフェイスガードを降ろしており、その表情はうかがい知れない。手には一般的な槍が、腰には剣を佩いていた。


 ナスターシア達が、入室すると扉が厳重に閉じられた。


 外から(かんぬき)を掛ける音がする。わざわざ、準備したに違いない。


「さて、ヘロンよ。そなた、このわしに借金を返せとはどういう了見じゃ? 仮にもそなたらの領主であるぞ!」


「お言葉ですが……」


「喋っていいと誰が言った!? 口を開けば、無駄遣いだの、税を減らせだの、貴様何様のつもりだっ!?」


「ですから……」


「黙れっ!! この反逆者がっ!! そんなこと言って、貴様は私の領地を乗っ取るつもりだろうっ!! 黙って金を渡せばいいものをっ」


 不意に何を思ったのか、カルヴァンが席を立ちナスターシアに近づいて囁く。


「な、言ったろう? 全部手に入れるって。王子のところなんて行かせない。俺様と結婚するんだ」


 ナスターシアの全身に、悪寒が走る。


「いいものを見せてやろう……待ってろ」




「これより、反逆者ヘロンに刑を言い渡す!!」


 衛兵がヘロンを慮脇から固め、とり押さえ、跪かせる。


「待て! 貴様の兵はもう遁走したんじゃぞ! 正気か?」


「貴様の罪状は、私への謀反! 刑は斬首とするっ!! まあ、ここに現れたのは想定外だが? どっちでも同じ事よ。この私の計画に不備などないのだ!」


 憎悪に満ちた瞳で、ヘロンを睨み付ける領主アルベール。


「そうだ、ヘロン。冥土の土産にいいものを見せてやろう! カルヴァン!」


 カルヴァンが使用人に運ばせ、持ってきたのは木箱に入った大きな壺だった。台の上に乗せると、中身を取り出し始めた。


 カルヴァンは、ちらりとナスターシアに嗜虐的な目線を送る。


「お爺様!」


 ナスターシアは衛兵に小突かれて、後ずさる。あんな衛兵の一人や二人、敵ではないはず。だが、体力の限界を超えているのかも知れない……。

 だが、次の瞬間!!


 カルヴァンが壺から取り出したのは、塩漬けにされた父サイモンの頸だった!!


「息子が死んでもなお、改心せずに、この私に楯突くとは……まったく見下げ果てたぞ、ヘロン」


 ナスターシアの脳裏には、ロスティスの悪夢が鮮明に蘇っていた。全身の血液が循環を止め、凍り付くような感覚……。思い出す、父との楽しかった日々。


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