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88 352-12 お乞食様-マルセル視点(2377)

 今日も教会へ出勤。朝から教会へ向かう。


「ようっ! パンはまだか?」


「おはようございます。もう少し待ってください」


 最近、教会の前でたむろする物乞いの一人と仲良くなった。彼の名は知らない。聞いても教えてくれなかった。いつも偉そうな彼だったが、暮らしぶりは完全な物乞い。


 教会では、寄進されたお金で買ったり、或いは食料を寄進してもらったりして貧しい人にパンや干し肉などを毎日配っていた。基本的に一日一度、お昼過ぎに、修道士達が手分けして配る。神への信仰と引き換えに……。


「おはようございます、司祭マルセル。今日は、小麦が届いております。いつもより大きめのパンが焼けそうですな」


「有り難いことです。頑張りましょう」


 午前中は、朝の礼拝と配給の準備で終わる。教会には、いろんな町の人が多く集まってくる。日曜以外は、礼拝の人は多くはないが、懺悔をしに来る人は多い。

 懺悔室で話を聞いては、慰め、赦しを与える。

 本当に気落ちして、今にも死にそうなほど心を病んでいる人には、こっそり神力を使ったりもしている。

 だって、死なれたりしたら嫌だから……。


 もっとも、そんな癒されるという噂もあり、懺悔に来る人も増えてしまった。あまり喜ばしいことではないんだけど。




 午後になり、荷車がパンを満載して配給に出ていった。私より年上な先輩達が、配りに行くのだ。なんだか、気が引けてしまう。


「ああぁ、やっとだ! 今日のは美味いな、褒めてつかわすぞ」


「そりゃ、どうも」


「若人よ! 頑張って俺のために働くんだぞ」


「そろそろ名前を教えてくださいよ」


「やなこった! てめえ、俺は王様みたいなもんだっつってんだろがっ!」


 ああ、始まった。この人は、いつもこんな変な話をするんだ。今は暇だから付き合ってあげよう。


「何もしないあなたに、みんなが食べ物を貢ぐからでしょう?」


「ああ、そうだ! よく覚えたな。王と俺は共通点が多い。いいか?」


 そういって、指折り数える。


「何もしない。住むところに困らない。食いもんは、向こうからやって来る。しかもだ!」


 今度は大仰に手振りを使って話し始める。


「俺は寝てていいんだ。なにも心配することもない。奪われる物もない! どうだ、凄いだろうっ!」


「気楽でいいですね」


「ああそうさ、俺様は気楽! お前はたいへん」


 そういって、おかしそうに呵々と笑う。実際のところは、生きていくのに精一杯で、明日の命すらどうなるかわからないと思うのだが……。気にしてないのだろうか?


「あなたは、ひょっとして……」


「ぁあ? 要らぬ詮索はするな! 俺様には信仰心がある。……なんてな、ははは。なもん、ないわ! バカたれめっ」




 午後からはまた、懺悔の聞き手。地味にダメージを喰らうときもある。長いヒゲを蓄えた、初老の男性が来た。


「ああ、神父様。私の懺悔を聞いて下さい」


「なんなりと。神は全てをお赦しになります」


「私は、(せがれ)の剣を売り払ってしまったのです。彼が大事にしていた剣でした。でも、戦争に行って武勲を上げるんだと、最近急に熱をあげだしまして……。皆、血気に(はや)っております」


「それは心配ですね」


「そうなんです。ですが、たいそう怒った彼は、家族をおいて新しくできた修道院へ行くと言って、出て行ってしまいました……。ああ、一緒に暮らしたかっただけなのに……。どうかっ!! 倅をお守り下さい」


 嗚呼、気持ちは痛いほどわかるんだけど、ここは教会なんだよ。私が言えるのは無情な言葉だけなんだ。


「お気持ちは察しますが、神にその身を捧げ仕えることは名誉なことです。武功を立て、天国へと旅立てるように祈りましょう……」


 男の表情がみるみる曇る。


「あんただから、こんなことを言ったんだ神父。あんたならわかってくれると……」


「もちろん……わかりますが。ですが……」


「ああ、わかっとるよ。すまんな、忘れてくれ」




 ナスターシアのお陰で、街ゆく人々の表情が明るくなったのは確かだけど、心配している人達もいるんだよな。


 気分が重くなったので、教会から出てみる。薄暗い厳かな雰囲気は、時として人を鬱々とさせるんだ。


 外に出ると、お乞食様が痩せ細り弱った四、五歳の男の子にパンを分けて食わせていた。


「どうかしましたか?」


「おうっ! コイツが腹を空かせてたから、パンをやった。もっと持ってこい!」


「無茶言わないで下さい。明日までありませんよ。どうしても必要なら町の人に頼んでみては?」


「はっ! そんな物乞いみたいなことできるかっ!!」


「物乞いじゃないですか!」


「んだと、てめぇっ!! 俺は一度だって恵んでくれと言ったことはねぇっ!! お前らが勝手に持ってくるんだ! 持ってこいっ!!」


 もう、支離滅裂だ。


「無理なものは無理です。我が(まま)言わないで下さい」


「ほう。じゃあ聞くが、お前ら教会は、なんでパンを施す?」


「弱者を救うためです。残念ながら全員は救えませんが……」


「あのな神父。本当の弱者は、弱者でございって態度はしねぇんだ。おまえらがやってるのは自己満足さ。違うか?」


「じゃあ、一体どうしろと?」


「つべこべ言わずに、ここにパンを持ってくることだ……」




 なんなんだよっ、もうっ!! 僕は万能じゃない!! どうしろってんだよ!!

 仕方ない、パン屋に行って買ってくるか……。




 パンを買い、ついでにミルクを仕入れてお乞食様のところへ戻る。

 そろそろ、日が暮れようかという時間だった。


「はい、どうぞ。これでいいですか?」


「ああ、残念だが……」


 男の子の目は閉じられ、それきり開くことはなかった。




 男の子の遺体は、教会で丁重に弔った。

 お乞食様とは、それからしばらく口をきかなくなってしまった。


 私は、自分の態度と行動を酷く恥じた。だが、だからといって何ができたか……? なにもできやしなかった。一番なにかしたのは、お乞食様だったのだ。ちょっとばかり、神力が使えたからといっても、まったく無力であることを、思い知らされた。

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