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85 352-11 紙幣の試作品(1943)

 火薬のテストも無事終わり、工房で何を作っているのか興味があったので、足を運んでみることにしたナスターシア。

 近くまで来ると、なにやら人だかり……。


「何してるんですか?」


「なんでも、お金を……って、これは失礼しましたっ!!」


 集まっていたのは、修道士達がほとんどだった。なのて、ナスターシアの顔は見ればすぐにわかる。


「おい! ナスターシア様がお越しだ! 道を空けろっ!!」


 ありがたいことに、ひとだかりが分かれ、道が出来た。モーゼみたいで、ちょっと引く……。


「おおっ!これは、ナスターシア様。ちょうどいいところに!」


 声を聞いた工房長は喜び勇んで、迎えてくれた。


「ちょうど今、紙幣の試作品が刷り上がったところです。これですよ」


 手には、大きな紙を持っている。周りの修道士達も、興味津々で食い入るように見る。


 そこには、十二箇所にナスターシアの肖像が書かれていた。


「あとは、これを切るだけです。ちょっと待ってください」


 工房長は、そそくさと奥に引っ込むと、なにやら作業をしてまた戻ってきた。手には、ひらひらと一枚の紙幣を持って……。


「ほら、こんな感じです。どうぞ記念にお持ちください」


「いいんですか?」


「もちろんですとも」


 ナスターシアが手に取ってみると、それはまるで薄手の葉書のように、分厚かった。真っ白な紙ではなく、すこし茶色がかっている。そして、とても丈夫そうに見えた。


 片面しか印刷されておらず、印刷面はつるつるしていたが、反対側はゴワゴワしている。乾燥の工程でこうなったのだろうか?


 ナスターシアは、まじまじと眺める。かつて使っていた紙幣と比べると、手作り感いっぱいだが、折って財布には入れられそうにない。


「印刷以後は、そんなに時間がかからないんですが、紙を作るのがたいへんでして……。ここいらの工房の一階と外周の壁の中を利用して作っています」


 工房の外には、原料と思われる細い枝が積まれていた。


「これが、原料ですか?」


「そうです。各地からありったけ取り寄せています。来年からは栽培も本格的に実施しますよ」


 それは、みつまたの木だった。これから春先までが紙の材料としての収穫季節である。そのあいだ、ひたすら製紙するのだろう。


「ありがとうございます、工房長。頑張ってくださいね。あと、盗まれないように騎士達に守らせましょう」


「ありがたいお言葉でございます。この修道院自体が、紙幣の製造とその防衛を担っているのだと思います」


「そうですね」


 ナスターシアは、あらためて紙幣を眺めてみる。


 すかしとかは、入っていない。流石にそれを求めるのは酷か。


 額面の金額が書かれていないのも気になる。だが、よく見ると『神に誓って本券一枚を金貨一枚といつでも交換できることを保証する』と書かれている。


 なるほど、修道士達が騒いでいたのはこれか。


「これは、つまり……。私が、この券一枚と金貨一枚が交換できることを保証するって言ってるのと同じ事ってことか……」


 顎に手の甲を当てて、考え込んで出たつぶやきに対し、どよめきが起こる。


「あっ! っと、これはここで作るだけで、使えませんから間違えないでくださいね。王室に納めることになるはずです。流石に勝手にお金を作れませんよ」


「勿論でございます。王からの勅命書もございます」


(よかった……。しかし、背後にいるのは確実にお爺様よね。そりゃ恨まれるわ……)




 工房から戻ると、自室でくつろぎながら、もう一度しげしげと紙幣を眺める。


(これって、早く本物の銀行をつくらないとマズイ気がするんだけど……。う~ん、難しすぎて頭が痛い)


「ナスターシア様、お帰りなさいませ」


「クレール、クラリス……」


「どうかなさいましたか?」


「ああ、これ見て。金貨の代わりになるらしいですよ?」


「へぇー。これ、あのときのですよね?」


「あのとき?」


 紙幣の肖像は、ナスターシアが翼を広げて光りを放ち、その背後にはデザイン的に処理されたステンドグラス。

 手前には、それを見上げる修道女と女性、周りには修道士とおぼしき人々が描かれている。


「ほら、これっ! クラリスですよね? こっちが私で、これはリューネ様!」


「ほんとですねっ!」


 喜々としてどの部分が誰と、指摘し合う。


「唇を奪われたシーンじゃなくて良かったです……」


 ナスターシアの心配をよそに、はしゃぐ二人。


「ああん、それもいいですね。見たかったです。絵師様に頼んで、描いて頂きましょう!」


(ヤメレ!)


「そうですね、シスター・クレール。化粧品の入れ物に付けたらどうでしょう?」


(いや、マジで、やめてください)


「それもいいですが、大きな紙でお二人が絡み合う肖像を……」


(妄想が暴走してるよ~)


「二人とも! おやめくださいね」




 数日後、騎士団や工房、寄進の管理などで忙しいナスターシアを、急報が襲うのだった。

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