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83 352-11 修道院の休日(2169)

 ナスターシアの帰還から数日。

 今日は日曜日。修道院の休日である。


「だんだん、寒くなってきましたね」


 ナスターシアは、茶色い厚手のストールを羽織りながらクレールに話しかけた。世話係をしているクレールとクラリスは、休日はないがクレールは普段より圧倒的に仕事が少ないようで、リラックスしていた。


「そうですね」


「そういえば、最新式のストーブがあるって聞いてましたけど」


 部屋を見渡しても、煙突らしき金属の筒が居間の端にある以外はなにもない。


「確か、一階にあったはずです。作業場にもありましたよ。そろそろ点けるように申し伝えておきます」


「そうね」


 ナスターシア達は、特に意識することはなかったが、修道院に設けられていたのはロケットストーブだった。轟音が響くのが玉に瑕だが、ほとんど灰の掻きだしも不要で、燃焼効率がよく暖かい。

 原理は簡単で、燃焼時の上昇気流を煙突に導いて空気の流れを作ることで吸気を行い、それに伴う酸素供給が燃焼をさらに完全なものにするのだ。


「はい」


 応接室の向こうでクラリスがドアのノックに対応しに行った。修道服は地味だが、普通の服を着せたらさそかし可愛らしいだろう、お人形のような後ろ姿。程なく帰ってくる。


「ナスターシア様。……大変申し上げにくいのですが」

 クラリスは、伏し目がちに申し訳なさそうにしている。


「どうかしたの?」


「修道女達が、化粧の仕方を教えて欲しいと……。どうにも、上手くいかないようで」


 そういえば、そうだった。日曜日だけは、自由に商材を試していいことにしたんだった。確かに、なんの予備知識もなしでは、さぞや困惑していただろう。これまでも、休日ごとに試してきたはずだが、上手くいかなかったとみえる。


「いいですよ、わかりました。今から行きましょう。お茶とお菓子も用意しましょう」


「ありがとうございますっ!」


 実はクラリスも知りたかったようで、満面の笑みをたたえてナスターシアが行くことを伝えに走る。


「私は、ご遠慮させて頂きます。そんなガラでもないですし」

「そんなことないですよ! 行きましょう、一緒に」


 なんだかんだと恥ずかしがるクレールを、半ば強引に引っ張って作業場へと向かう。




 作業場で繰り広げられていた光景は……。




 地獄絵図!!




 笑ってはいけないと思いつつも、ナスターシアは、つい吹き出してしまった。

「ぷっ、ごめんなさい。先ずは、顔をきれいに洗って下さい。石鹸でしっかりと……。その後、化粧水をたっぷりつけて整えてください」


 やたらと白くして、紅ははみ出し、目の周りはパンダのようになってしまっていた。男性陣に見られずに済んで良かった……。いや、待て。ひょっとしたら、これまでの週末に被害者が出てしまっているかも知れない。


(うっかり、このメイクで外に出てしまったかも知れないことについては考えないでおこう……)




 その後、一人一人を衆人環視の元、手取り足取り懇切丁寧に説明し、指導し、褒めそやした。五人ほどしてやると、後は自分たちでコツを掴んだようだった。

 特に、ファンデーションの色合わせについては、みんなしっかりと理解してくれたようで、説明しがいがあったというものだ。これなら、練習すれば貴族令嬢の化粧指南役ビューティーアドバイザーとして活躍出来そうである。


「シスター・クラリス! 素晴らしいですわ!」


 修道女の一人が思わず喚声をあげる。

 クラリスの変身ぶりは、目を見張るものがあった。周囲の賞賛を一身に集めるほど際立つ典麗さである。眼福ここに極まれりとばかりに、一番嬉しそうに目を細めていたのはクレールだった。


「ケーキが焼けましたよ~っ!」


 甘~い香りとともに登場したのは、ナスターシアが以前海辺の街で仕入れてきたバニラを使ったパウンドケーキだった。お菓子作りが得意な修道女が、改良に改良を重ねておいしさアップした、とっておきのお菓子である。


 砂糖は貴重だったが、最近は北の方でも取れるらしく徐々に価格が下がりつつあった。

 甘いお菓子は、いつのどんな世でも女性を虜にするのだ。しかも、焼きたてホカホカである!


 化粧を学び、内心はともかく互いを褒めあい、きゃっきゃと乙女を満喫する。ナスターシアも、敬意は払われるものの距離が短くなったのを感じていた。


「おーっ! なんかいい匂いさせてるな~♪」


「あっ、マザー・イーファ! ご機嫌麗しゅう。丁度ケーキが焼けたところですよ、ご一緒にいかがでしょうか?」


 真っ黒な猫トマを抱いて、ぬっと現れたイーファに挨拶をしてお菓子を勧めるシスター。堂々と修道女達を束ねる姿は……魔女そのものだったが、だれもそのことを突っ込む勇気はなかった。以前は、あからさまに恐れている感じだったが、最近は畏敬に変わってきているのか?


「マザーってどういうことよ? 聞いてないよ? それに、マザーより女王様(クイーン)なんじゃないの?」


「まっ、何てことを仰るのかしら。ケーキを頂いたら、体をほぐしに参りましょう。ねっ、トマ」


「なー」


「いや、今日は……」

「ダメですよ、サボっちゃ」


「あ、……はい」


 お母様のお店に通っていた頃の癖なのか、イーファに言われると従わないといけないような気がするから不思議だ。

 聖ナスターシア修道院の影番、ここにあり……。


 夕刻。

 女子修道院の側に、ナスターシアのこの世の終わりを思わせる叫声が轟く! それを聞いてますます、イーファ恐るべしの思いを強くする修道女達だった。

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