81 352-10 トーナメント大会 下(2678)
「天使をつかまえたぞっ!! 金貨千枚は俺のものだっ!!」
そう叫んだ騎士は、敵軍深くリューネ目がけて突き進む。
が、そんな裏切り者を呼び止める声があった。
「待てぇっ!!」
その声は!
「ジョエル様ぁ!!」
ナスターシアは、なんとなく翼を生成して飛んで逃げれば大丈夫な気がしたが、敢えて助け出されるのを待ってみた。ジョエルは、馬で追いかけつつ敵兵をなぎ払っていた。
「何してるっ!! 早く飛べっ!!」
バレてる……。
仕方なく、翼を生成する。
「う? うわぁ!」
腰をとってしっかりと掴まれていたが、あっという間に生えてきた翼で腕を払われてしまう。
「これは、お仕置き!」
持っていた木の棒で、騎士のヘルムを横から殴りつける。いい音がしたかと思ったら、もんどり打って落馬した。痛そう。
今度は上昇してジョエルの様子をうかがう。
ジョエルは、敵軍の歩兵に取り囲まれつつあった。ヘルムを被り、全身フルプレートで覆っているのでよく解らないが、その鎧とヘルム、それに馬には見覚えがあった。後から追いかけてきた従者達は、敵をなかなか引き剥がせずにいる。どうやら、戦闘には慣れていないようだ。
「ジョエル様への狼藉、罷り成らんっ!!」
あからさまな依怙贔屓!
敵軍はおろか、味方からもジョエルを狙えの声が……。それは、嫉妬からくるのか、狡いという思いがあるのか。
「ちょっと!! やめなさいって、言ってるのっ!!!」
ジョエルの攻防に気をとられているうち、味方の兵達半分は側面を深々と突き、敵軍は総崩れ状態になっていた。
すぐに味方の軍勢がジョエルのところにも到達する。
「大丈夫か、ジョエル!」
「父上! 助かりました」
「なに、聖女様の采配あっての勝利だ。聖女様っ!! 勝ち鬨をっ!!!」
勝利宣言である。
「勝ったぞーっ!! えいっ! えいっ! おぉーっ!!!」
ナスターシアの声に応じて、味方全体から盛大な鬨の咆哮が沸き起こり、大地を揺らす。
トーナメント大会は、戦乙女に鼓舞された東軍の圧勝で終わった。
こうして、ジョエルが捕虜にとられてしまうことを防ぎ、その身の危険を排除したナスターシアだった。
だが、同時に戦乙女と形容され、その戦略的価値の大きさを自ら内外に示すことになってしまったのは、皮肉としか言いようがなかった。
ナスターシアを手に入れた国、人物が圧倒的な力を持つ。
そう、はっきりと知れ渡らせた戦いが終わった。
戦いが終われば、その後は盛大な宴である。トーナメント大会の中身云々より、この宴が楽しみで毎回参加しているものも多い。皆、諸国から持ち寄った食材や酒を、大いに楽しむのだ。
宴は、夜通し続き、異郷の兵たちが忌憚のない歓談を交わし、おおいに食べ、おおいに歌い、しこたま呑んだ。互いに郷里の自慢をし、自慢の酒と食材を振る舞う。
だが、そこにナスターシア達の姿はなかった。
「それにしても、今回はリューネ様にすっかりお世話になっちゃった……」
ジョエルとナスターシア、そしてフランは、リューネから馬車を借りて、と言っても質素なものだが、修道院を目指していた。大会のあと、ナスターシア目当てに押し寄せる人々を追い払い、ジョエルとそっと会場を抜け出せるようにしてくれた。
もう、足を南に向けて寝られない……。
「フランも無事でよかったよ」
フランは、トーナメント大会には参加せず、見学していたのだ。確かに、あの戦場さながらの会場に行くのは少々危険だった。賢明な判断である。
「俺も修練して、来年は参加したいな!」
だそうである。
夜になると、途端に寒さが厳しくなる。また、オオカミたちが来てくれれば、暖まることも可能かも知れないが、今回は現れなかった。毛布は積んできているが、寒い。
「ねぇ、三人で一緒に寝ない?」
「え?」
「いいね! きっと暖かいよ!」
フランは無邪気なものだ。
背に腹はかえられない。ジョエルも渋っていたが、最後には同意した。
毛布を寄せ集めて、川の字で寝る。真ん中にフランを挟むのは、最後の良心である。
「あったかい……」
「ナスターシア様は、いい匂いがすんな」
「おいっ!」
ジョエルが突っ込む。
しばしの沈黙。
「あのね。私、やっぱりシャルル王子と結婚しようと思う」
ジョエルからの返事はない。
「今回の件で懲りたっていうか……。それが、一番いいんだって解った。ジョエル様には、セルヴィカのソランジュ様がいますし……」
「ソランジュ様は、ただの幼なじみです」
「はぁ? 何言ってるんですか。ソランジュ様の気持ちに気付いてない訳じゃないですよね? それに、セルヴィカ領の領主令嬢ですよ。これ以上ないじゃないですか?!」
「貴女が何を言うんですか……。それに、私は誰とも結婚しません。神に……貴女に捧げた命ですから」
「迷惑ですから、命とか捧げないで下さい!」
「迷惑とは失敬なっ! 信仰のなんたるか、解らないのですか!」
「二人ともっ!! 俺を挟んで喧嘩しないでっ!!」
頭越しに交わされる言葉の応酬に堪りかね、フランがやり取りを遮る。
「ごめん……なさい。あ……フランにだから」
「なんだって? 私に謝って欲しかったですよ、聖女ナスターシア様」
「なっ! 嫌味なんだからっ! 素直にソランジュ様と結ばれたらいいって言っただけです」
「ナスターシアに決められたくないっ!!」
「決めてないし~っ!!」
「あ゛ーっ、もうっ!!」
フラン、遂にキレる。
「そんなに好き同士なら、二人が結婚すりゃいいじゃねぇかっ!! 面倒くせぇなっ、ったくよ!!」
「とっ……、とにかく私はシャルル王子と結婚しますので! おやすみなさい!」
「私は誰とも結婚しないっ! おやすみ!!」
「はぁ~あ、おやすみぃ~」
翌朝。
果てしなく続く荒野の先から太陽が顔を出す。低い確度から差し込む暁光
が、馬車の中まで差し込む。霜が降りるほどではないが、冷涼な空気に身が引き締まる。
夜陰で見えなかったから、あまり思わなかったが、遮るものもなく、ただひたすら続く荒野は、とても殺風景だった。考えてみれば、ジョエル達はこの道を数日前にも通ったのだ。この移動時間を楽しまなければ、旅そのものがとても疲弊するだけのものになってしまいそうだった。
「眠い」
ジョエルは、目に隈をつくって、シパシパさせながらつぶやく。
「寝られなかったんですか? 私は疲れてたのか、ぐっすりでしたよ」
対照的に、ナスターシアの方は元気いっぱいだった。なんだか、すっきりとして晴れやかな雰囲気すら醸す。寝乱れ髪を整えながら、水を取り出す。
「俺もだ。あ……朝から喧嘩すんなよ?」
「あんまりノンビリしてると、後から追いつかれてしまうからな。少し急ごう」
それでも、馬車はゆっくりと修道院を目指す。