80 352-10 トーナメント大会 中(2925)
翌朝、ナスターシアは、海からの晨風を浴びながらリューネ達とトーナメント大会の会場に向かう。空には、秋らしい鱗雲。街から大勢が向かう所為で、道は大混雑である。
混雑を見越して、参加者の多くは会場で野営している。
会場に着くと、皆天幕を片付けて準備を整えているところだった。
会場は、思った通りヒースの生い茂る荒野だった。ただ、とても広いため来るときに一度降りた場所がどこかもわからない。ところどころに小高い丘があり、丘の向こうは見渡せない。そこに、三々五々参加者が集まってきていた。
「馬車はここまでね」
よく見ると、騎士達が集まっている天幕がある。受付だろう。そこで、参加者は二手に割り振られる。主催者側が、実力が伯仲するようにうまく分けるのだ。
リューネは、受付に行って手続きを済ませる。
ナスターシアは、馬車を降りるときから甲冑姿にヘルムを被り、フェイスガードを降ろしていた。
ヘルムの形状の特異さから、なんだか悪目立ちしている。特にそのフェイスガードは、目の部分にガラスが使われており、奇異の目で見られた。
トーナメント大会では、騎士達はフルプレートに身を包み、馬に乗っていた。その周りを、騎士の領地から参加した歩兵が取り囲み、騎士をガードする。他の騎士を落馬させて拘束すれば、後で身代金を要求出来た。
武器は、基本的に木製のものを使う。木剣や、ただの木の棒を使ったり、長い木の棒の先にボロを巻き付けて槍のように使う。それ以外は、実際の戦争と同じである。殴っても構わないが、やり過ぎは騎士道に悖るとされ、ペナルティーとなる。
「貴方たちとは敵味方になってしまったみたい。お手柔らかにね。それと……」
リューネは、格好いいプレートメール姿でナスターシアに警告する。
「くれぐれも、騒ぎを起こさないようにね。……無理かも知れないけど」
「どういう意味?」
「すぐ解ると思うわ。じゃあね」
ナスターシアは、とりあえずジョエル達に合流したかったが、なかなか見つけられずにいた。自身は、完全なプレートメールとは言えないが、意匠も凝った見栄えのする甲冑でもあり、騎士かな? と思われないこともなかった。しかし、余りにも小さい……。しかも、馬に乗っていないし、領地からの従者らしき者もいない。
ちょっと恥ずかしい……。
馬に乗れないことを、少し後悔した。
徐々に、皆が二手に分かれて移動を始める。受付の天幕の東西に、人の群れが移動していく。騎士達は、従者をぞろぞろと引き連れて移動した。
やがて、完全に二手に分かれて陣を敷くと、いよいよ始まりである。
大会は、騎士同士の一騎打ちで幕をあけた。ジョストが行われることが多いのだが、今回は、木剣を使った一騎打ちだった。
互いの陣の距離は、およそ五百メートル。その中央で、僅かな従者をつれて一騎打ちは始まった。両方から歓声が上がる。
ナスターシアは、東側の軍に属していた。リューネは、西軍にいるはずである。なかなか、肉眼で見つけるのは難しい。だいたい、五千人づつぐらいに別れており、騎士で言うとそれぞれに五十から六十人くらいいた。
有力な騎士は多くの従者を、小領地の貧乏貴族は少ない従者を連れている。もっとも、従者の数より馬や身なりを見ればすぐ解ったが。
ひときわ大きい喚声が上がる。すでに、一騎打ちが始まっているはずだが、全く見えない。背が低いからというのもあるが、割と後の方にいたというのもある。
不意に雄叫びに包まれた!
ついにトーナメントが始まったのだ。
最寄りの騎士が、従者達を鼓舞する。
「いくぞーっ!! おおぉっ!!」
だが、様子がわからないことにはどうしようもない。ナスターシアは、人の一番前を目指して走る。従者達も騎士達と一緒に移動しているが、それを縫うようにして走り、前へ出る。神力で加速していくと、膝のダンパーがシュンシュンと音を立てる。
視界がひらけた!
敵軍は、こちらに向かって猛然と突進してきている。従者達歩兵が先頭となり、その後を騎士がついていく。騎士が先行しては、敵の歩兵に取り囲まれてしまうため、歩兵が先行するのだ。騎士は後から指示を出している。
だが、なにか変だ。
西軍のほとんどは、こちらの一点を目指しているように見える。それに対して、こちら側の軍勢は動きが鈍い。
もし、敵の突進していく先にジョエルがいたら……。
これは、マズイ。
なんとかしなくては!!
でも、どうする?!
ジョエルに合流して近くで守りたかったが、それはもう諦めざるを得ない。斯くなる上は、とるべき道はひとつ!
ナスターシアは、ヘルムのフェイスガードを上げた。冠羽のような飾りが飛び出す。周囲の確認をする余裕もなく、翼を生成すると何人かの自軍の歩兵に当たって倒れてしまった。そのまま、十メートルほど上昇する。
周囲は、突然の出来事に呆気にとられた。
「聞けっ!! 諸君等には神の加護がついている! 勝利を掴めっ!!」
突然の守護天使の登場は、まさに驚天動地!!
自軍も敵軍も一気に色めき立つ!
「おいっ! あれは、王都のアレじゃないかっ!」
「戦乙女だ! 恐れるなっ! 勝利を掴め! 神は我等の味方だ!!!」
才能ある騎士達は、これ幸いに士気を上げる。
自軍の左手側、つまり南は丘になっており、右側の先は少し湿地だった。敵軍が突進してきているのは左側である。
「北側の半分は、回り込んで敵の土手っ腹を突けっ!! 残りは私に続けっ!!!」
とにかく、自分でなんとか軍を動かして対抗する。
一瞬、ジョエルを探せるかと思ったが、もう訳がわからなくなっていて無理だとすぐに悟る。正面で押さえ込むしかない!
「それを貸して!」
翼を翻し、歩兵の一人に近づくとその手にあった長い棒を借りる。
「遅れるなっ!! 続けーっ!!」
後ろも顧みずにナスターシアが低空を突進する先には、狼狽し足が止まった敵軍がいた。もう、こうなってはただの烏合の衆である。
その手前で止まって、木の棒で前を突き示し、叫ぶ。
「一気に蹴散らせーっ!!」
ナスターシアの下をくぐって、兵達は敵軍に突進。逃げ惑う敵はもうなんのやくにも立たなかった。あっという間に、敵の騎士達を取り囲み、落馬させ捕らえていく。
そんななか、敵軍の中で生彩を放つ集団があった。
「怯むなっ!!」
リューネだ。
「お前達! 天使を捕らえたら金貨千枚をとらす! 捕まえろっ!!!」
リューネの金貨千枚は、効果てきめんだった。宗教的な恐怖に、金銭欲が勝ったのだった。
ゆっくりと、敵軍が押し戻していく。
終には完全に立ち直ってしまった。
敵の狙いは、ジョエルから、ジョエルとナスターシアに変更されていた。
それを見て、ナスターシアの方は地面に降り立ち、翼を消失させて木の棒を大地に打ち据え、仁王立ちとなる。
「かかってきなさいっ!!」
そのとき、後ろの自軍のなかからナスターシアに向かって走り寄る、騎乗した騎士があった。彼は、颯爽とナスターシアを拾い上げ、そのまま馬を走らせた。
「ジョエル様!!」
やっと会えた! しかも、このタイミングで助け出してくれた!
(惚れ直してまうやろ~)
騎士はナスターシアを小脇に抱えて、さらに敵軍に向かう。
「え?」
なにかがおかしい! そう思ったときには遅かった!
「天使をつかまえたぞっ!! 金貨千枚は俺のものだっ!!」