79 352-10 トーナメント大会 上(2850)
タルニア大公国、二番目の都市、ポセヴェ。
セルヴィカと似た港町だったが、ここの方が暖かいのか、人々の服装が違った。家々も通風を重視したつくりになっている。そして、彩りが明るく南国を思わせた。
規模的には、セルヴィカより随分大きい。
中心街には、目抜き通りがあり、大きな石造りの建物があった。この目抜き通りだけは、舗装されていた。やるな、流石タルニア大公国!
先ずは、宿探しだ。
「おう! 嬢ちゃん! ここは子供の来るところじゃねぇぞ?」
酒場に行ってみたら、案の定、野太い声で追い出されそうになる。酒場は客で溢れていた。流石に大都市は違う。
「宿を探しているんですが」
「ああ、今は明日のトーナメント大会の所為でどこも一杯だと思うぜ? 野宿でもするんだな」
「ああぁ……」
(そりゃそうか! 考えてみれば当たりまえだ)
「嬢ちゃんも参加するのか?」
甲冑姿で歩いていれば、そう見られるのが自然だ。だが、その声は信じられないといった意味を含んでいた。
「そのつもりです」
「連れは?」
「ローディア王国から来てる筈なんですが……」
「何て言うんだ?」
「うーん、テオドール=ゴーティエ様とか」
「ゴーティエ? ひょっとして、あの聖女に手を出したっていう?」
「手を出したかどうかは知りませんが、そうです」
「なんで、一緒にいねぇんだ? はぐれたか?」
「私だけ後から追いかけてきたんです」
「そっか、ごめんな。どこにいるかは、わかんねぇわ。それより、これからローディア王国は大変だな。マジモンの天使か? ありゃ。争奪戦だよな。ここの大公様も狙ってるらしいぜ。あと、リューネ様もな、へへへ」
「リューネ様?」
「ああ、知らねぇか? 女好きのお姫様だぜ。禁忌もへったくれもねぇのが、逆に男気に思えるね。明日は参戦するらしいから、探してみな!」
男はそう言って、手を差し出す。
金をよこせと言っているのだ。
ナスターシアは、袋から銀貨を一枚だして渡してやった。
「お前さん、金持ちみたいじゃねぇか? もっと話聞かせてやるから、おごれよ!」
お金を入れた袋を見られてしまったようだ。身なりをみても、誰でもそう思うかも知れない。
あー、面倒くさい。
「ありがと!」
三十六計逃げるにしかず! というわけで、ナスターシアは走って逃げた。
目抜き通りの緩やかな下り坂を、ほんのり潮の香りのする海風を浴びながら、当てもなく、ただぶらつく。店の軒が橙色をしているのが、紺碧の空と美しいコントラストを成す。
ふと気付くと、後ろからは馬車が近づいてきているようだ。気をつけて、脇を歩く。
「あーあ、泊まるとこないのか~」
「何がないの?」
すれ違うのかと思ったら突然止まった馬車から、声をかけられた。磨き上げられ、油で鈍く光る二頭引きの馬車。窓から中をよく見ると、それはリューネだった……。
苦虫をかみつぶしたような顔になるナスターシア。
「いま、がっかりしたでしょ!! 泊めてあげようと思ったのに! 知らないっ!!」
「どうして、後ろ姿でわかったの?」
「そんな長い綺麗な髪を結い上げて、耳飾りしてる子! 他にいる?!」
「あ……(慌てすぎてイヤーフック外すの忘れてた)」
「で、乗るの? 乗らないの?」
背に腹はかえられない……。
「お願いします……」
その様子を見ていた街の人々が騒ぐ。
「おい、リューネ様が女の子を馬車に乗せたぞ!」
「本当か? 何もされないといいがな~」
ほどなくして、馬車は大きなお屋敷にたどり着いた。フェリアの領主邸にも劣らぬ、立派な石造りの建物だった。ガラス窓がふんだんに用いられ、室内は昼間なら明るかった。
内装も豪華で、壁は明るい色で塗られ淡く蔦模様が描かれていた。
「すごーいっ!」
「ローディアの王宮ほどじゃないけど、立派でしょ?」
なるほど、お爺様が驕奢競争に加わらなかった理由がわかった気がした。だが、快適なのは素直にありがたい。
「どうぞ、荷物を置いて、防具を脱いで」
「服がないので、このままでいいです」
「そう、残念。寝衣は、とびきり可愛いのを用意してあげるわ」
ナスターシアは、おもわず身構えてしまった。
「なによ? ああ、今日は襲わない! 今日はね。まあ、おかけになって、食事を用意させましょう」
リューネはそういうと、背もたれにまで装飾が施された立派な丸い座面の椅子を勧めてくれた。遠慮なく、腰掛ける。
「助けていただいて、感謝します」
「あら? 殊勝なこと」
リューネは、合図をして人払いをする。
「それで? シャルル王子とは、どうなの?」
「どうって? どうもないですよ?」
「はーっ……。まだ、あのケツの青い騎士見習いを追いかけてるの?」
「ジョエル様をそんなふうに言わないで!」
ナスターシアは、眦を決する。
「あの子、死ぬわよ?」
と、リューネは落ち着いた、冷たい声で言い放った。
「そんなこと! させません!」
「あなたの気持ちが、どんなにあの子にとって惨酷なことか解って言ってるの? ただの迷惑なのよ?」
「そんなこと解ってるっ!! でも……、好きな気持ちはどうしょうもないのっ!! 何度振られても、どうしようもないっ!! 勝手にどんどん膨らんで、抗えないのっ!! 解るでしょう?」
リューネの振り翳す正論に対して、最早溢れ出る激情を抑えきれず、声涙共に下る。
「リューネ様だって、勝手に結婚相手を決められたら嫌でしょう?」
ナスターシアは、しゃくりあげ、声が潤む。
「そうね。でも、貴方の場合は少し違う。今の貴方は、権力そのものだから。歩く権力なのよ、自覚はないでしょうけど」
「そんなの……、要らないよ」
「権力は権力者とともにあるものよ。でも、わかった。もし、貴方達二人が命を賭けるというのなら、私が手を貸しましょう。でもこれは、取引。私の願いも聞いてもらう」
ドアをノックする音で、会話は中断された。食事が運ばれてきたようだ。
相変わらず、海辺の街だというのに魚料理はない。軽めの肉料理を二人でゆっくり頂く。
「美味しいです。さっきは取り乱してごめんなさい。お腹がすいていたのかも?」
「どういたしまして。それより、取引の内容について詰めておきましょう」
その後、リューネから出された提案は、突拍子もないものだった。
だが、万一の場合の切り札の一つとして、ナスターシアは受け入れることにした。あくまで、選択肢の一つとして確保するのだ。
夕刻。侍女が怪訝そうな顔をして寝衣を運んできてくれた……。
(なんだこれ……?)
うっすらとピンクに染め上げられ、贅沢に布を使ったたっぷりのフリルをあしらった、絹のネグリジェだった。流石にいまの服のまま寝るのは大変そうなので、着替えてみる。
ガチャッ
ドアの開く音と同時に「失礼!」と言うが早いか、リューネが押し込んできた。
「やーんっ! 似合う!」
一目見るなり、がぶりと抱きしめられ、頬をスリスリ、臭いをクンカクンカされた……。そういうリューネも色違いのお揃い。
「ちょ、今日は襲わないって……」
「あー、取引を受け入れてもらって、今から興奮しちゃうんだもんっ!!」
「ダメです!」
「ちょ、ちょっとだけなら……」
「ダメです!」
夜が更けていった……。