08 352-02 宿場町ロスティス襲撃(下)(2972)
ナセルが死を覚悟したとき、その華奢な体躯を捉えようとしていた赤い鎧の騎士ウルサスの足は、父サイモンの足でガードされていた。
鎧と鎧のぶつかる激しい金属音が轟く!
次の瞬間、ナセルはサイモンに掴まれてマルセル達の方に投げ飛ばされた。
(ぐぁっ!! ダメだ、非力すぎる……)
「ナセル!!」
土まみれになって転がり、マルセルに心配される。
顔が痛い!
組み付かれて不利なのが体格で劣るサイモンなのは明らかだった。すぐさまウルサスを殴って押し、距離をとる。
ウルサスは、かろうじてバランスをとり反撃を仕掛けてきた。
短く持った生成ハルバートが、横からサイモンめがけて斬りかかる。 すると、咄嗟に護衛剣士ジャンが盾で受け止めた。だが、ジャンは痛みに呻き声を上げる。盾は赤い戦士ウルサスの攻撃を防ぎきれなかった。
貫通し、腕に達していたが致命傷にはなっていないようだ。しかし、鉄板を裏から木で補強した丸い盾は、ほぼ無傷のように見える。
「フォーム、グラディオ」
そう言うが早いか、サイモンは持っていた右手の剣を地面に放り投げ、新たに武器を生成する。前に伸ばした右手の掌から、にゅるんと生えるように黄金に輝く美しい剣が伸び、手にする。
「お前はマルセル達と逃げろ!」
邪魔な位置に立ち尽くすリュシスを、ジャンはマルセルたちの方に押しやった。
「突破して逃げるんだ!」
そんな! 置き去りにして、自分たちだけ逃げろって言うの? ただ、足手まといであることは、わかる。
「父上!」
「マルセル様、行きましょう! 今なら突破できます」
護衛のアランが声を掛ける。
「わかった、行こう。ナセル、走れるか?」
護衛剣士のロジェとアランの二人は先頭に立ち、包囲をなぎ払っていく。その剣幕に賊はたじろぎ、ジリジリと後ずさった。二人がつくった隙間を、マルセルたちと宿屋の関係の人達は、いそいで進み町の出口を目指す。
包囲を突破すると、すかさずサイモンと護衛剣士ジャン、両手剣使いコルネーユの二人が間に入り、皆の逃走を助ける。殿になって敵を食い止めようというのだ。
サイモンが剣を振るう。
敵は盾で受け止めようとするが、サイモンの剣はまるでそこに盾があることを無視するかのように腕を切り落とした!
逆に相手からの攻撃は、サイモンの盾で受け止める。剣では止められないのだ。
痛みのため叫び声を上げる敵に、トドメを刺す。途中で、割り込みが入っても、必ず二回ずつ刺していく。
ナセル達はサイモン達の努力に報いるためにも全力で逃げる。
逃げる途中、町の中では人目も憚らず女性を襲い、行為に耽る者もおり、思わず目を背けた。
「ジャン、まだいけるか?」
「左腕がダメですね。けど、ここで死ねません」
「赤いのを牽制して一旦逃げるぞ」
父サイモンの方を見遣ると護衛の剣士二人と、次々に襲いかかる敵を倒していた。特にコルネーユは、馬鹿でかい両手剣を振り回し、バーサーカーのように暴れ回っていた。自分たちがいない方が足手まといにならずに済む。父上達は、滅茶苦茶強いみたいだから、その方が存分に力をふるうことが出来るのだろう。少しだけ安心した。あの、赤い戦士だけは気掛かりだが。
町外れまでたどり着いたところで、干し草の山に身を隠す。静かにしたいところだが、どうしても息が上がってしまう。落ち着こう。馬の餌かなんかだろうが、草の香りが少し心地よい。
脈と息が落ち着いてくる。
マルセルは猛烈な怒りに襲われた。
「お前が手引きしたのか!?」
リュシスに問い詰める。
「ごめんなさい……」
まだ何か言いたげだったが、そのままシクシクと泣き出してしまった。
「お兄様、今はやめてください」
「そうですね。今はサイモン様達の無事を祈りましょう」
そういって、マルセルの方に手を置くのは、ロジェだ。
マルセルは納得してはいなかったが、護衛剣士のいい分ももっともだ。
「朝まで待つのですか?」
「そうですね、朝まで待って探しましょう」
リュシスは、嗚咽をあげながら干し草に頭を伏せてしまった。詳細は落ち着いてからゆっくり聞き出さなければならない。だが、今は何より無事であることを祈るしかない。
「旦那様は、きっと無事だ。なんたって、あの人の強さときたらとんでもないからな!」
ロジェに励まされる。
今はそう願うしかない。
夜が明け日が高くり始めた頃、遠目にも襲撃部隊が引きあげていくのが見える。荷馬車に荷物を満載して、戦利品として奪っていくようだ。
頃合いを見計らって町に戻ってみる。
町は凄惨な状況だった。若い女性は、服もつけずうずくまって泣くか、放心している。中には後ろ手に縛られたままの者もいた。抵抗する者は殺され、幼い子供は何人か連れ去られたと聞く。
宿泊していた宿屋に向かった。
宿屋は隣接する建物と焼け落ち、あたりには死体がゴロゴロところがっていた。
サイモンを探して町の中心近くに来たが、彼には会えなかった。
そこにあったのは血溜まりと、首のない、かつてサイモンだったと思われる胴体だった。左腕は少し離れたこところに落ちていた。側には最期まで共に闘ったと思われるジャンとコルネーユの遺体が、主人に寄り添うように横たわっていた。
「お父様!!!! うぅぅぅっ。ごめんなさい。 私、私……」
(約束、守れなかった……。お父様を護ってあげられなかった……)
「父上……」
「お前のせいだっ!」
マルセルは、拳を硬く握り涙を堪えながらリュシスを責めた。
「どうしてこんな……」
「亡くなった者には皆、親や子供、家族がいたでしょう。みんな同じなのです、マルセル様。住民も敵も……」
百戦錬磨のアランは、ショックは受けていたが、落ち着いてマルセルを諭す。
「敵が死ぬのはあたりまえだ! 自業自得じゃないか! 勝手に死ねばいい!!」
ロジェは、ジャンの亡骸の傍らで、寂しそうに祈りを捧げていた。
ジャンは、ロジェの兄である。兄弟で優秀な剣士だったのだ。
「あのぅ」
誰か近づいてくる。
「すみません、是非伝えておきたいことがありまして」
マルセルは顔を押さえて泣きじゃくるナセルを抱き寄せ、その人を見た。初老の男性、襤褸(ぼろ)をまといあちこちに赤黒い血をべっとりとつけていた。
「私たち住民を守るために、この方々が戦ってくれたのです」
聞けば、ナセルたちを逃がした後、赤い鎧の戦士からも逃れたが、町中で襲われてる人達を助けるために戦っていたという。最終的にはウルサスと闘って敗れたとのことだった。
(恥ずかしい死に方はしない……)
ナセルの中に父の言葉が残っていた。
「この方達はこの町の英雄です。たとえ、全てが護られなかったとしても、命をかけて護ろうとしてくださった……」
ナセルは、父の傍らでずっと泣いていた。おんおんと声を限りに叫ぶように泣いていた。
声を出すのをやめてからも、流れる涙を拭こうともせず、嗚咽をあげ続けていた。その頬は青く腫れ上がり、土埃にまみれ、悲しみに沈潜していた。
サイモンの遺体をフェリアに運ばなくてはならないが、ナセルが父の亡骸から離れようとせず、ただ傍らでしゃがみ込んで、いつまでも泣いていた。しかたなく、遺体を運ぶためにナセルは無理矢理引き剥がされた。
「嫌ぁっ!!! お父様を連れて行かないでぇ!! 連れて行かないでぇ!! うっ、うっ……。嫌ぁっ!!!」
ナセルの悲痛な慟哭が辺りに響いた。
ご覧頂き、ありがとうございます。
拙作をお読み頂いていることに感謝!
すいません、このあと四話ほど悲嘆に暮れます。懲りずにお付き合い頂ければ幸いです。
よろしくお願いします。