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76 352-10 ローディア王祝福の儀 5祝福(3531)

 ローディア王祝福の儀、当日。


 空は抜けるような蒼さに陽光眩しく、大地は実りの秋を迎え、王国に豊かな日曜日の朝を(もたら)していた。

 街の人々は、昨日の教皇との出来事を既に吟遊詩人の歌で耳にしており、祝福ムードは頂点に達していた。


 フィーデス商会は、この日のために無料のパンとビールを大量に用意し、祝福の儀式の後に振る舞う準備を整えていた。

 街全体、国全体が祝福ムード一色に染まった。人々は、口々にナスターシアの噂をし、国の行く末に期待し、自分たちの暮らしぶりが良くなることを確信していた。


 王宮では、儀式の準備、そしてその後の宴の最後の準備に追われていた。




「ナスターシア様、今日はよろしくお願いします」


 ナスターシアのいる控え室に挨拶に来たのは、リデリア王女だった。昨日の一件は、その場に居合わせなかったリデリアだったが、興奮して語る騎士達の噂はすぐに耳に入ったのだった。


「リデリア殿下。こちらこそ、よろしくお願いします」


「お兄様達が、昨日のことをとても感心してらしましたよ。とても、11歳の少女には思えぬと……」


(あは……、まあ通算30年以上は生きてることになりますから……)


「カイル様の手助けあってのこと……だと思いますよ」


 実際、帝国の内情はリュシスからの受け売りでもあった。


「ま、ご謙遜を……。そろそろ、お父様のところに一度挨拶に参りましょう。ご案内致します」

 場所はわかっているし、案内は侍女でも出来るから字面通りなら必要ないが、誰でも謁見出来るわけではないからリデリアが案内するのである。




「失礼いたします、お父様」


「おおっ、良くお越し下さいましたな、ナスターシア様」


 流石に王ともなると気楽に様付けしたり出来ない。が、賓客として迎えるなら仕方ない。例え、相手が公式にはまだ平民であったとしても。


「いえ、この度はわたくしの都合でこのような大がかりな式典をご用意いただき、恐悦でございます」

(あくまで、表向きは……だけどね)


「ありがたく、そのお心、頂戴するとしましょう。ときに、貴方の後ろ盾をもってすれば、帝国など敵に非ずという慢心が広がっている様子。憂慮しております」


「存じ上げております。微力ながら、手伝わせていただこうと考えております」


「頼みますぞ」


 すでに市井の間では、守護天使の加護の元であれば、帝国に攻め入り、これを従えるべきであるとの論調が支配的になりつつあった。

 繰り広げられていたのは、口触屋(くちぶれや)や吟遊詩人を使った大規模なプロパガンダ戦である。

 本来なら誰も戦争などしたくはないはずだが、それによって利益を得る者、権力の拡大を狙う者、あるいは攻め込んでくるのを願う者によって巧妙に仕掛けられているのだ。


 現ローディア王アルマンは、今戦争をして生産力を毀損することに対して反対である。彼も決して領土的野心がないわけではないが、少なくとも今はその時ではないと考えていた。




 いよいよ、儀式が始まる。




 宮廷の庭から、宮廷楽師によるトランペットに似たラッパのファンファーレで、高らかにその始まりが告げられた。

 王宮のテラスに、ローディア王アルマン、その妃ミレーヌ、王子フィリップとシャルルが姿を現す。


 湧き上がる歓声。


 宮廷の庭は、その殆どが開放され、一般人の立ち入りが特別に認められていた。王宮のバルコニーの様子は、構造上宮廷の外の道や建物からも良く見えるようになっており、人々は王族の一挙手一投足を見ることができた。


 王の挨拶が始まる。


 無論、近くにいる人しか聞くことは出来ないが、内容はあとで公示人によって公布される。


 なんか、喋ってるな~から、なんか話し終わったな~というタイミングで、わーっという大歓声が上がる。別にみんな内容なんて聞いちゃいないのだ。

 ノリと勢いが大事。


 王の挨拶が済むと、再びのファンファーレ。今度は少し厳かな雰囲気である。




 ナスターシアは、満を持して王宮の建物最上階の裏から飛び立つ。


 一旦、王宮から距離をとって、王都の大聖堂のてっぺんに降り立つ。


 ゴシック様式の建物の尖った頂に、そろりと注意深くヒールの靴で立つのだが、実際立つのは無理なので立っているように静止する。


 その姿は、翼長8メートルに達しようかという白い翼を持ち、純白の絹で出来た裾も袖も長いブリオーに、白い帯のようなリボン、そして、長い長い紺青色のストールを風にたなびかせていた。白銀の髪は艶めき、青い空の背景に光を纏って輝いて見える。

 その手足には、金に青金石と水晶をあしらったアクセサリーが、そして顔の横にはジョエルからもらったイヤーフックが踊り、右手には生成した大きな青いハルバートが握られていた。


 そこから見下ろす王都は、明るく色とりどりで、活気に溢れているように見えた。

 風の音のなかに、人々のどよめきがかすかに聞こえる。


 ナスターシアは、そこから飛び立ち、目抜き通りの建物の間を抜け、王宮の周りを飛び回る。

 それはあたかも、天上から舞い降りた天使が、王へ会うために降臨したようである。


 一旦上昇し、遙か上空から舞い降りる。クルクルと円を描いて王宮の周りを飛び回り、その大きな翼を見せつけるように低空飛行した後、王宮のテラスに降り立つ。


 テラスには、先ほどの四人のほかに、二人の王女と騎士達が整然と居並び、降り立つ場所が狭く、翼が当たらないように気を使わざるを得なかった。

 奥の建物の中には、各領主と諸侯、それに教会関係者が参列していた。お爺様とマルセルも見つけた。




「ローディア王、アルマン=デュクロ=ローディウス」


 ナスターシアに名を呼ばれると、アルマンはナスターシアに歩み寄り、跪いた。同時に、そこにいた全ての人は、ナスターシアに対して跪く。


 ナスターシアは、ハルバートを消失させ、同じく恭しく歩み寄り跪く侍従が持つ儀式用の剣を手に取り、鞘から抜く。


 このまま、王が刺されでもしたら大変なことになる。


 緊張の一瞬。


「我等が神カイルデュナス様の御名において、汝を神の名代として、神がしらすこのローディアの地をうしはくことをここに認め、祝福を与える」

 ナスターシアは、跪いた王の左右の肩に剣の腹を交互に触れさせる。


 そして、おもむろに剣を天に突きだし、テラスの外の人々に向かって声高らかに復唱した。


「我等が神カイルデュナス様の御名において、今後代々のローディア王を神の名代として、神がしらすこのローディアの地をうしはくことをここに認め、祝福を与える。王族、貴族、市井(しせい)、農民、奴隷、物乞いに至るまで、この国の全ての人々に、(あまね)(しゅ)カイルデュナス様の滔々(とうとう)たる愛がゆき渡らんことをっ!! その心に情熱の灯火(ともしび)がともらんことをっ!!!」


 ナスターシアは、イオス神に祈りを捧げる。聞こえないように、こっそりと、しかし全霊をもって……。

「いと高き天に(ましま)す (かしこ)大日霊(おおひるめ) 至高の神イオス様

 我が終生の信仰を献げ奉り この国、この民を(めぐ)(さきは)()(たま)えと (かしこ)(かしこ)(まを)す」


 ナスターシアの全身が昼間でもそれとわかるほどに光に包まれる。

 それと同時に、手にした剣が光り輝くき、マルセルのウォームが放たれた。今回は、効果そのものを抑え、範囲を広げることに成功したようで、その規模に見合わず失神したりする者はいなかった。


 一瞬の後、テラスにいた人々、王宮の庭にいた人々、王宮の周りに集まった人々、王都中の人々が、心奪われ、感涙にむせび、歓喜の雄叫びをあげる!!


「お前、いま感じたか?!!」


「ああ、神の祝福は、我等にも届いたぞーっ!!」


「カイル様万歳! ローディア王万歳!!」


「ナスターシア様、万歳!!」


 この儀式は、後世まで語り継がれ、王の支配の正当性を権威付けることとなった。

 ここまでは、ナスターシアが神の役である。


 ナスターシアは剣を鞘に収め、侍従に返却するとローディア王に跪いた。


 ローディア王は、立ち上がり、宣言する。

「此度、改めて神の守護天使より直々に統治の正当性を認められた!! 余がローディア王であるっ!!! これからも、これまで同様の忠義を尽くせっ!!」


「御意!」


 歓声とどよめきの中、テラスの上では改めて権力の確認が行われていた。いよいよ、王の権力基盤が強固となり、他の領主に対して恭順を要求しやすくなる。


 再び、儀式の終了を知らせるファンファーレが鳴らされる。


 それとともに、長居は無用とばかりにナスターシアは、再び飛び上がった。が、テラスの上で羽ばたきながら、宣布を行う。


「聞け!!  ローディアの民よっ!! カイル様は、戦争を望まない! 騎士は、侵略に備え、体を鍛えその技を磨き、鍛冶は、武器を作り、農民は食糧を生産せよ!!」


 しっかりともう一度繰り返す。


「これは、大詔の渙発である!!」


 純白のブリオーと紺青色のストールが、風にはためき、その両翼の間から刺しこむ陽光に輝き、姿を照らしていた。

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