73 352-10 ローディア王祝福の儀 2王子(3382)
ナスターシア達の野営を襲ったオオカミのリーダーは、さらに歩を早めて近づいてくる!
だが、なんだか様子が変だ!
「ジョエル様、待って!!」
斬りかかろうと構えるジョエルを、ナスターシアは制止した。
オオカミは、尻尾を振っている!!
ナスターシアに近づいて、『くうぅーん……』と鼻を鳴らす……。
「よしよし……」
ナスターシアは、おっかなびっくりではあったが、大きなオオカミのリーダーのマズル(鼻の出っ張り)から頭にかけて撫でてやった。ひょっとして、神力漏れで引き寄せてしまったのか?
仲間のオオカミたちも、その場で座り込んでしまった。
「フラン、干し肉をとってくれる?」
「ああ、はい……」
ナスターシアは、フランから干し肉をひとかけら受け取ると、クチャクチャと咀嚼し、唾液をいっぱいつけて、オオカミに与えてみる。
オオカミはすこし匂いを嗅いだが、喜んで干し肉を食べた。
「ナスターシア様の唾液……」
「フラン、あなたね……」
唾液をつけた餌を食べさせるのは、犬を手懐ける常套手段だ。
オオカミたちは、家畜を襲っては逃げる厄介者だったが、人を襲うことはまずなかった。
もともと警戒心が強く、個々がそれほど強いわけでもない。
だから、自分たちから人間に寄ってくるのは明らかに異常である。
やはり、ナスターシアが呼びよせたと考えるのが自然かも知れない。
若干緊張しつつ、オオカミたちと夜を明かす。
「……かゆい」
ナスターシア達は、オオカミたちからノミをもらったようだった…。
結局、森を抜けるまで彼等と一緒に歩き、すれ違う人達に驚かれながら進んだ。
森を抜け、王都が目前に迫ると彼等はぷいっと消えていった……。
……ノミを残して。
5日で、きっちり王都に到着。
今回は、直接王宮に行く。
王宮に不似合いな、みすぼらしい馬車が門に近づくと、門番が不審に感じてすぐに出てきた。
「止まれっ!! 積み荷はなんだ!?」
「聖女様をお連れしました」
フランがどぎまぎしながら対応する。子供が対応してきて、門番もびっくり。
「本当か? 検めさせてもらうぞ」
「その必要は、ありませんよ。足止めされたとあっては、シャルル王子からお叱りを受けてもしりません……」
馬車の中から、ちらりと顔をのぞかせてナスターシアが助け船を出す。
その様子をみていた人々から、どよめきが上がり、人が集まってくる。このままではマズイことは、誰の目にも明らかだった。
門番は、資料を繰ると、一応知らせは受けているらしく、さっさと中へと通してくれた。
王宮の建物の前までつけると、ナスターシアは降り、ジョエル、フランと修道士たちで荷物を運ぶ。
だが、中まで入ることは拒まれ、王宮の従者たちに引き継がれた。
「ナスターシア様はこちらへ。他の方はお引き取り下さい」
「仕方ないですね。ジョエル様とフランは王都のフィーデス商会を頼って下さい。ミネットもいるはずですよ、フラン。あとあなた達は、ここの修道院に馬車で行ってください。お願いしますね。ここまで、ありがとうございました」
王宮内に入るのは、これで三度目である。
その奢侈を極めた雰囲気は、あまり好きにはなれなかったが、汚いよりはマシというものでもある。
案内されたのは、これまで行ったことのない豪華絢爛な客間だった。他国の賓客などをもてなすための部屋だろう。
正直なところ、落ち着かない。
着替えなどの荷物も全て運び込まれた。が、とにかく、さっぱりしたい! というわけで、侍従に湯浴みをしたい旨伝えた。
王宮での湯浴みは初体験である。
流石に王族が使う湯場は使わせてもらえなかったが、十分な広さの清潔な風呂場を使わせてもらえた。
「お着替えは、こちらに用意して御座います」
ナスターシアが、服を脱ごうとすると、手伝おうとするので断る。
……そして、出て行ってくれない。
「あの……、一人にしてもらえませんか?」
「え?」
そんなことを言われたのは初めてといったふうで、侍従達は当惑を隠せない。
そこは、大丈夫なのでと押し切って、なんとか一人にしてもらう。
ここまでくると、贅沢だの驕奢だのというよりは、雇用確保のためか? とも思えてくるが、そんなことに労働力を費やすくらいなら、農業でもした方がいい。
湯浴みで、さっぱりとして出てくると、今度は下着がない!
そうだ、普通の女性は下着を着けないのだった……。わざわざ準備して持ってきたのに片付けられてしまった。
仕方なく、用意されたドレスに着替える。
最高級のシルクを、ふんだんに使った純白のブリオーは、美しいドレープを描く。その上から、真っ赤な羽織と亜麻色のウールのストールを重ねる。
どれをとっても、品質の良さが際立っていた。
だが……。
お股が、スースーする……。
これは、心許ない!
早くさっきの侍従を見つけて、取り返さねば!
と、ドライヤーを発見!!
いつか手紙で王子に書いたからかな? 湯場の隣の部屋には真新しいドライヤーが鎮座していた。
「最新式の髪乾かし器でございます。どうぞ、横になって下さい」
吹き出し口の向きが変えられるように改良され、乾かされる人は寝台に寝かされる仕様になっていた。
「これは、聖女ナスターシア様が考案されたそうですね。素晴らしいと思います。これで、洗髪の手間が一気に減りましたもの」
侍女は嬉しそうだ。
「それは何よりですね。ところで、私の着ていたものはどこへ?」
「申し訳ありません、私にはわかりかねます」
分業が進むと、他の仕事がわからなくなるってやつか?
髪を乾かしてもらった後、下着を探してうろうろしていると……。
(迷った!!)
部屋に帰れなくなってしまった。
「あの、すいません……」
「なんでしょう?」
適当に声をかけて、聞いてみたとき、不意に遠くから声をかけられる。
「おおっ!! ナスターシアではないか! 良く来た!」
声がデカイ!
シャルル王子だった。
良く来たも何も、呼んだのはお宅らだろっ!
「お久しゅう御座います、殿下」
「これはまた……。見違えたぞっ! 其方は、いつもそうしているがよい! 剣など振り回さずになっ!」
近くに来たので、腰を落として挨拶をする。
「まあっ、これはこれは。よくぞお越し下さいました。存分におくつろぎ下さいね。あと、お兄様をよろしくお願いします」
「!」
なんと、そんな猫なで声をかけてきたのは、姉の王女イザベルだった。
(早く嫁に行けばいいのに!)
どうやら、ナスターシアを利用価値ありとみて、シャルル王子とくっつける算段で、兄の目論見に乗っかったようだ。
変わり身の早さは、しかし、なんとかならないものか……。
「よし! これから食事をするところだ! 一緒に行くぞっ! ついて参れ!」
超強引に、勝手に決めて、勝手にナスターシアを連れて行く。
「あー、あの、私部屋に帰れなくなってしまって……」
「案ずるな! 余が後で送り届けよう!」
(あー、それは心配だわ……)
広間に連れて行かれたナスターシアは、テーブルがいくつも繋げられ、豪華なクロスで覆われた席に案内された。
テーブルの三分の二は、使われてない……。
テーブルには、放射状に秋の花が生けられた花瓶が彩りを添えていた。
シャルル王子とイザベル、リデリアとナスターシアだけしかいない。
王と第一王子のフィリップは、忙しいのだろう……。
直接、王族と食事を共にするなど、早くも婚約~結婚を意識してのことだろうか?
ただ単に、王子の思いつきで、とくに意味はないと思いたい。
とにかく、緊張して食事を味わうどころではない!
食事中に出された、甘ったるいお酒をつい口にしてしまう……。
久しぶりのお酒だ。
「あら、ナスターシア様はお酒がお好き?」
(おいっ! 今、『様』って言ったぞ! 『様』って!?)
「何を言う、リデリア。これは、薬ぞ! 酒ではない! だから、沢山飲んでも大丈夫だ」
「そうでしたわね、ふふっ」
そうそう、ちょっとだけならね……と思いつつ、気がつけばそこそこ飲んでしまっていた。
(もう、ダメ! これでやめようっ!)
(これだけ飲んだらやめるっ!)
(ちょっとだけ、ちょっとだけ……ね)
「ナスターシア! そろそろ、送っていこう!」
むしろ、シャルル王子が見かねて切り上げる。
「あっ! 申し訳ありません。よろしくお願いします」
自分ではしっかり歩いているつもりだったが、ナスターシアは酔眼朦朧として、少し千鳥足になっていた。
ナスターシアは、シャルル王子とリデリアと従者二人に連れられて、無事部屋に戻ってきた。
が……。