72 352-10 ローディア王祝福の儀 1王都へ(2342)
翌朝、冷涼な空気の中、草原を荷物を積んだ馬車がゆっくり走る。
ナスターシアは、結局、ジョエル、フランと修道士二人を連れて馬車でひっそりと移動した。
大挙して馬車の車列を組むよりは、そっと馬車一台で移動した方が目立たなくていいとの判断だった。
森を抜け、ロスティスの町に近づく。
ロスティスは、急ピッチで復興が進んでいた。低かった外周の土塁は、背丈ほどの石壁に置き換えられつつあり、町全体が大きく拡張された。
セントナスターシア修道院への巡礼者も徐々に増えており、旅の疲れを癒す宿が増え、それに伴い住民の増加もある。
ナスターシア達は敢えて、ロスティスには泊まらず、通過して野営した。
やはり、ロスティスに泊まるのは、ナスターシアにとって過酷だろうという配慮もあったし、町を危険にさらしてしまうのを避けるという意味もあった。
「ナスターシア様、今夜はここで野営しましょう」
ナスターシアは、全身を新調した鎧に身をつつみ、戦力の一端を担っていた。ヘルムは重いので、つけてはいないが。
フルプレートと違い、重量はそれほどではないが、それでもドレスとは比べものにならないほど重い。
「ふぅ、疲れたぁ……」
よっこらしょ、と木の根元に腰を下ろす聖女。
「フランは、ミネットと会えるのが楽しみ?」
「そうだね、いろいろ世話になりっぱなしで。何かご恩返しが出来たらいいんだけど……。それにしても、まさか聖女様とは思わなかったから、失礼なこと言っちゃった気がするな。申し訳ないと思ってます」
フランは、若者らしくフランクな態度でナスターシアに接してくれる。
「気にしないで。でも、あの後は本当に大変だったね」
行方不明になったとして、大捜索隊が編制され、大騒ぎになったことを思い出して、二人で笑い合った。
「笑い事じゃないですよ、ナスターシア様。本当に心配しました」
とは、ジョエルである。
「そうだね、心配かけてごめん」
「それと、お渡ししたいものがあります」
そういうと、ジョエルは荷物の中から小箱をとりだした。
「私のフェリアの友人が、ナスターシア様に是非と。彼は、鍛治屋の倅なんですが、彫金師になりたいと言って、一人で頑張っているのです。気に入っていただけると、いいのですが……」
「でも、見ず知らずの人から贈り物っていわれても……」
「や、実は、その私が頼んで……。なので、その……」
ジョエルは、赤面しながら言い訳を垂れる。そんなところで、恥ずかしがらなくてもいいのに。
「ジョエル様から贈り物なんて……。ありがとうございます! なんだろう?」
箱の中に入っていたのは、イヤーフックだった。耳に掛けて使うタイプの耳飾り。
金色の金具にナスターシアのイメージカラー、紺青色の青金石と、白い石英が数個ついて、ピンクのタッセルが添えられている。
「わぁあっ、綺麗っ! 嬉しいっ!! ありがとうっ!!」
理由はどうあれ、初めてのジョエルからの贈り物だ。どんなものでも嬉しくない筈がない。早速つけてみる。
「どう? 似合う?」
ナスターシアは、耳にもらったアクセサリーをつけ、小首をかしげて微笑み、問う。
ジョエルは、それを見て硬直した。
「どうしたの?」
「あ、いや……。とても、よくお似合いです。ただ……、私は今の自分の感情を整理出来ないでいるだけです。何故か、鼓動が高鳴って……」
ドキッ
その気はないと思っていたからそこまで意識していなかったのに、不意にそんなことを言われては、逆に意識してしまう……。
それに、これまでのジョエルは、どんなに言い募っても素っ気なかったのに……。
「えっ、あっ、あの……」
二人して、顔を赤らめ、見つめ合ってしまう……。
一瞬が永遠とも思える時間が流れる。
「ナスターシア……」
ああ、このままこの瞬間が永遠に続けばいいのに……。
ジョエルは、そっとナスターシアの手に触れた。
(はっ……ぅ)
その手は、熱を帯び、汗ばんでいた。
「ん゛、ん゛ーっ!」
フランが喉を鳴らして、二人の世界から急に現実に引き戻される!
(あ゛、いけない。フランのこと忘れてた……)
「ごめんな、なんか邪魔して。でも、そういうのは二人だけのときにしてくれよ」
フランだけではない。修道士二人も、固唾をのんで見守っていた。
「ご、ごめんなさい……」
「すまん……」
ナスターシアは、もう殆ど諦めてシャルル王子のところに行くつもりだったが、こうなっては俄然盛り上がってしまう。
「はあぁ、このままどこかに連れ去ってくれればいいのに……」
「ナスターシア様! 心の声が漏れてますよ!」
フランに聞き咎められてしまった……。
夜が更け、焚き火の明かりが一行を照らす。
ナスターシアは、妙な気配を感じて目を覚ました。
「フラン?」
「気づきましたか?」
見張りはフランだった。
周囲に気配を感じる。
「なにかに囲まれてます!」
「ジョエル様!」
フランがジョエルを起こす。
すぐに事態を察知して、臨戦態勢となる。
修道士たちも起こして、全員で松明に火をともし、あたりを警戒する。
「オオカミの群れだな……」
この辺りが縄張りなのだろうか。大型のオオカミたちに囲まれていた。
最初は遠くから様子をうかがっていたが、こちらの数が少なく、一人が女性とみてか、だんだんと間合いを詰めてくる。
中に、ひときわ大きい個体がおり、恐らくリーダーと思われた。
ナスターシアは、ジョエルとフランの後ろから、リーダーのオオカミを見つけた。
一匹を相手にするのは問題ないとしても、これだけの数だと最終的に喰われてしまうことは、十分に有り得た。
一行に緊張が走る。
先頭のリーダーのオオカミがこちらに向かって進んでくる。
「来るぞっ!」
ジョエルが身構える。
「いざとなったら、飛んで逃げろ!!」
「何言ってるんですか! 見捨てて逃げられるわけ……」
オオカミはさらに歩を早めて近づいてくる!