68 352-10 第二王女の守護者(下)(2432)
アランとナスターシアの打ち合いのあと、リデリアは圧倒される騎士達をみて、いらついていた。
「誰か、聖女の相手をしたいものはいるか?」
当たり前だが、誰も申し出るものはいない。
「我が騎士団は、あんな幼い少女の相手すらおぼつかぬ、腰抜けぞろいというか?!!」
無茶いうなよ~、そんな声も聞こえてくる。
「では、マキナス。行け!」
「はっ!」
相変わらず、何を考えているのか読み取れない。
無機質な声だけである。
「聖女よ、最初は手加減してくれ。全力でいかれると、壊れてしまう。頼むぞ。これは、修練なのを忘れるな。相手は敵ではない」
「心得ています」
マキナスとナスターシアが正対する。
「始めっ!」
マキナスは様子を見ているようなので、ナスターシアは適当にハルバートで突きを放ってみる。
バキッ
動きの速さに、全く対応出来ていない。チェストプレートに当たってしまう。適当にやっているので、貫通はせずにすんでいるようだ。
マキナスは、よろめく。が、倒れたりはしなかった。
しばらく、攻撃をうけていると、マキナスの動きが変わってきた。
ナスターシアの攻撃を確実に受け流すようになっていった。
それも、衝撃を受け止めるのではなく、体を逃がし、方向を変えてうまく逸らしている。今は、回数を重ねて、最適な方法を探っているようだ。
(これは……、機械学習?!)
先ほどのアランとの修練も参考にしているようだ。
(教師有りの機械学習か!?)
マキナスは、人工知能の転生者だとでもいうのか?!
だが、状況証拠的には、そう考えるのが自然ではある。
さりとて、物理的な強度と速度の限界はあるはずで、その限界を超えたとき、どんな動きをするのか興味がでてくる。
ナスターシアは、アランに放ったのと同じように、ハルバートを長く持ち、上からの渾身の突きを放つ!!
どうする?
マキナスは、ハルバートの突きの下をくぐろうとした。
(ダメっ! そっちはっ!!)
一瞬だったが、ナスターシアのハルバートは僅かに軌道を変える。
ハルバートは、マキナスのこめかみの横をかすめていった!
ホッとする間もなく、マキナスの剣が横から払われる!!
(ヤバッ!!!)
見物していた人は皆、息を呑んだ!!
ナスターシアの足がもぎ取られる!!
マキナスの剣はナスターシアのスカートを切り裂く。そして、ナスターシアは胴体を中心に横回転し、跳ね飛ばされた。
地面にしたたか打ち付けられる。
「あいっ、たたたた……」
「ナスターシア様!!」
シャルル王子も、ジョエルも、みな飛び出して、ナスターシアに駆け寄る。
修練場の空気が凍る。
「大丈夫かっ?!」
衝撃で、しばらく動けなかったがなんとか大丈夫そうだ。
ナスターシアは、自分の足を見てみる。
スカートは、やぶれて無残な状態だったが、足の鎧のお陰もあり、中身に問題はなさそうだった。
時間をかけて装着してきた甲斐があったというものだ。
もちろん、神力も使って反発はしていたが、いかんせん多大な反作用はどうしようもなかった。まともに喰らうとどうなるか。図らずも結果を知ることが出来た。
「大丈夫です。ご心配かけてすいません」
ナスターシアは、立ち上がると事も無げに言う。
裂けたスカートから、中の鎧がのぞく。
どっと、あんどのため息が会場全体からあがった。
「まったく! 肝が冷えたぞ! もうこんなことはやめるんだ!」
シャルル王子は不機嫌だった。
「あれくらい、どうということもありません」
「だいたい、お前が闘う必要など皆無だろう!」
「護るべき人を護れるようになりたいんです!」
「だから、護られる存在でいいと言っている!」
「それは、ダメです!」
完全に水掛け論になってしまっている……。
とにかく、シャルル王子は心配しているということはわかる。
「まったく! どうして――」
「わかりました! 二度とご心配をおかけせぬよう、技に磨きをかけておきます! 疲れましたので、休ませて頂きます!」
そういうと、ナスターシアは踵を返した。
「お兄様、あれは野鳥。カゴの中には入れておけないのですよ、きっと……」
「ナスターシア様」
足早に去ろうとするナスターシアを、ジョエルが呼び止めた。
「すいません。私は、考え違いをしていたようです。いろいろ甘えもありました。今日のあのマキナス殿の戦い様を見て、気づかされました」
「ジョエル様……」
「私はこれまで、あなたのことを弱いからお守りすると思っておりました。でも、そうではなかった。自分が自分らしくあるべきと、傲慢に言ってしまいましたが、それは私自身のことでした……。
弱いのは私です。単に鍛錬が足らなかったのです。もし、許されるならば、これまで通り、お側にて命尽きるまでお守り致します」
「ありがとう。ジョエル様がいつも私を支えてくれていたお陰で、今の私があります。またあとでゆっくりお話しましょう」
ジョエルは少しずつ立ち直りつつあるようだ……。
道すがら、イーファがナスターシアに聞く。
「ジョエル様となにかあったんですか?」
「いいえ、なにも」
「なんなら、私が……」
「やめて! 絶対やめて! そんなことしたら……」
「命かけてまでしませんよ……。楽しそうなことは他にもいっぱいありますし」
「修道女たちを、毒牙にかけようって言うの?」
「毒牙って……。食べたりしませんよ。クラリスはクレールに食べられてるかもしれませんけど」
「あ、それは確実というか既に見ました……。ね、クラリス」
「虐めないでください、ナスターシア様」
「お仕置きなら、いつでも縛り上げてご覧に入れますよ?」
イーファの提案に、反応できない二人。
「……」
「?」
その夜。
修練場に張ったテントでは、騎士達が昼間の出来事をさかなに酒宴を開いていた。一体、どこから酒を仕入れたのか……。
一応、騎士は飲酒を禁じられてはいたが、戦いもあり、実質的には無視されていたのだった。咎めても、いいことはなにもない。
律儀に守るのは、極々一部の頭の硬い人間だけである。
修道士たちは、不幸にもその喧噪に耐えて神に祈りを捧げ、就寝しなくてはいけなかった。