67 352-10 第二王女の守護者(上)(2523)
修練場までの道すがら、工房との連絡係の修道士から、鎧ができたとの報告があった。
時間的には、既に押しているが見に行ってみることにした。
「ナスターシア様、お待ちしてました。実は、途中まで製作していましたので、すんなり仕上げることが出来ました。ちょっと地味ですかね?」
鍛治師からみせられたそれは、銀色に磨き上げられ、こまかな装飾が施された、実戦向きとは言い難い見た目だった。
「地味? いやいや……かなり派手ですよ」
「金色にしようという案もあったんですが、金箔を貼るのが時間がかかりそうなのと、剥げたら不格好だからという訳で、こうなりやした。それと、このダンパーです」
鍛治師は、足のパーツの膝部分に取り付けられた、筒状のサスペンションのような部品を差して続ける。
「ナスターシア様が、かなりの速さで動かれるとのことで、膝への負担を軽減してくれます。強さというか硬さをここのネジで、簡単に調節できやす。こっちが、柔らかく、こっちが硬くなりやす。つけてみますかい?」
相変わらず、よく喋る。
「そうだね」
「じゃあ、これが鎧下になりますんで」
彼が持っていたのは、ぴっちりしたタイツのようなものと、長袖のトレーナーのようなものだった。
今は、それ用の服がないのと、下着が長いので諦めることにする。
「一回、そのまま合わせてみましょう」
「いいんですかい?」
「ええ」
足のパーツは、ほぼ足全体を覆うようになっていた。
スカートをたくし上げて、持つ。下着のドロワーズも少し邪魔になるので、引っ張らねばならない。
取り付けが終わって、スカートを元に戻すと、外からは鎧を着けているようには見えない。
だが、とっても重く、歩きづらい。
関節は、可動範囲が通常より広く取られていたが、それでも慣れが必要だろう。
腕のパーツもつけてみる。
こっちは、腕のみなので、すんなり取り付けられた。
「これが、力作のヘルムでさぁ。ご注文通り、フェイスガードは内側から動くように作りました。このフェイスガードを降ろすと、角飾りが閉じ、上げると角飾りが開くようになってます。聖女様にふさわしい、派手な感じに仕上げましたよ」
実は、パイロット用のヘルメットの形を参考に、フェイスガードを内側に入れて欲しいと頼んだのは、ナスターシア自身だった。
そして、フェイスガードにはさらに内側から曲面に合わせたガラスがはめ込まれ、視界を確保していた。
ヘルムの頭頂部には、小さめのネコ耳スリットがつけられていた。
エアのインテイク=空気取り入れ口である。
後頭部は、髪の毛を収納出来るように大きめに作られていた。
明らかに、通常の用途ではない。
「うん、いい感じだと思うよ。ありがとう!!」
ナスターシアは、ヘルムをかぶってみる。
その姿は、……オカメインコのようだった。が、自分では見えない。
フェイスガードを降ろすと、冠羽が閉じる。
修練場につくと、既に人だかりになっており、ジョエルとマキナスが打ちあっていた。
ナスターシアが到着すると、どよめきがはしる。
「遅かったな、ナスターシア。眠れなかったか?」
シャルル王子がたしなめた。
「すみません、鎧ができましたので、装着しておりました」
「やるつもりなのか?」
「折角ですので……」
「……その変わったヘルムは何だ?」
シャルル王子は、結構派手好きだがナスターシアのオカメインコみたいなヘルムは、特に気を惹いたようだ。
「変ですか?」
「……うむ。余の好みではある。が、重そうだ」
実際のところ、通常のヘルムよりは機構が複雑なのと、飛行に特化した造りなので、防御力という点では劣るかも知れない。特に、フェイスガードを降ろすとガラス部分があるのは危険である。
つまり、このオカメ仕様が戦闘時の標準スタイルな訳だ。
修練場に目を移すと、ジョエルは、マキナスにあしらわれているように見えた。
マキナスは、神力使いではないので、人間離れした力も速さもない。
だが、全く無駄もなかった。
ジョエルの繰り出す剣を、完全に見切り、寸分の無駄なく対処している。
その体の動き、剣さばき、ステップ。
どれをとっても、全く無駄がなく、完璧で、合理的だった。
まるで、機械仕掛けのように……。
打ちあえば、打ちあうほど、ジョエルに勝ち目がなくなっていく。
「そこまで!!」
リデリア王女だ。快活な性格に、姉のねちっこさはなかった。
「両者とも、よくやった。休め!」
ジョエルは、地面に悔しさと怒りをぶつけた。
「くそぅっ!! 今まで何をやってきたんだ、私はっ!!」
「ジョエル様」
ナスターシアは、帰ってくるジョエルに声をかけてみた。
「彼は強いです。隙がない。私もまだまだのようです」
息を切らせて、そう話す。
「お疲れさまでした」
ジョエルは、なにやら思案に耽っているようで、上の空だった。
マキナスが疲れているようには見えなかったが、小一時間ほどの休憩をした。
そのあいだ、ナスターシアはハルバートを借りてアランと軽くウォームアップをする。
とはいえ、その打ち合いは、見学に来ていた王子の護衛を務めた騎士達の度肝を抜いた。
見た目の可愛さとは裏腹に、その攻撃は鬼神を思わせる。ハルバートの扱いにも慣れている。
通常は、短く半分くらいの長さに持ち、時折長めに持ったり、親指の向きを変えて握ったりと変幻自在である。
そして、なにより、速い!
アランは慣れているのか、うまく受け流している。
が、最後にナスターシアが頭の右横にハルバートを構え、その後端に右手をかけて渾身の突きを放つ!
紺碧のスカートが翻り、薔薇の芳香とともに銀色に光る刃が襲いかかる。
当たれば、致命傷になることは間違いない。
アランは盾と剣を使いながら、受け流し切ったが、ハルバートが引っかかり、倒れてしまった。
「そこまでだ! 二人とも見事であった」
今日は、リデリア王女が仕切るらしい。
「あれが、聖女だというのか?!」
「カイル様の守護天使というのは、誇張ではないようだ……」
「見たか? あの速さ! しかも正確だった」
「あんな突き喰らったら、確実に死ぬわっ!!」
「ナスターシア! 勇ましいな。だが、無理するな」
「はぁっ、はぁっ……、大丈夫です。はぁっ……」
シャルル王子は、ナスターシアを気遣う。
そんな二人のやり取りをジョエルは、ただ、眺めていた。