65 352-10 第二王子シャルル 対 ジョエル(2381)
リューネの襲来から10日ほど経つと、王子達が修道院を訪れる予定だった。
修道院内は、前日からピリピリとしたムードが漂っていた。
ナスターシアの居間の改修工事は、既に終わっている。
外に屋根を設けて、手すりを周囲につけ、ルーフィングを改修してから、壁をぶち抜いてドアが取り付けられていた。
「ナスターシア様、シャルル王子とリデリア王女が到着された模様です」
クレールの声を聞き、新たに設けられたドアの大きな窓から、外を見てみる。
外はしとしとと雨が降っていた。
雨の中、王子達を乗せた馬車が、総勢二百名に達するかという騎士団に守られて修道院へと入ってくるのが、ぼんやりと見えた。
ガラスはなるべく平に作られていたが、完全な平面ではなく、波打っているので、それほどはっきり見える訳ではなかった。
「アラン様とジョエル様をお呼び致します」
雨脚が強くなる。
「ナスターシア様、準備が整いました」
クレールとクラリス、アランとジョエルが応接室に詰めた。
扉の外には修道女達が並び、王子達を出迎えていた。
やがて、数名の護衛と、従者を従えてシャルル王子とリデリア王女が現れる。
シャルル王子は、相変わらずだ。波打つブロンドの髪と丁寧に手入れされたヒゲは健在である。
リデリア王女は、金髪を結い上げ、赤……というより少し小豆色に近い深みのあるドレスが、白い内着とのコントラストでよく似合っている。
「久しぶりであるな、ナスターシア。息災であったか?」
「神のお慈悲のお陰で……」
ナスターシアは、シャルル王子からリデリア王女に向き直ると、おもむろに姿勢を正し、挨拶をした。
「お初にお目にかかります、リデリア殿下」
「あなたが、聖女ナスターシア……。随分と幼いのね」
そうはいっても、王女とそんなに違わないぐらいの歳だ。
「どうぞ、中へ」
リデリア王女に仕えている騎士が一人、一緒について中まで入ろうとする。
「護衛の方は、扉を入ったところでお待ちください」
クラリスが丁重に案内するが、まるで聞こえていないようだ。
「マキナス! 扉を固めよ!」
「はっ」
リデリア王女が命令すると、マキナスと呼ばれた騎士は指示に従った。
「許せナスターシア。彼はリデリアの命にしか従わんのだ」
「はい。それより、このような質素なところに雨の中ご足労頂き、ありがとうございます。なにぶん、修道院ですので、十分なおもてなしも出来ませんが、お許し頂きたく存じます」
リデリア王女、シャルル王子はゆったりとソファに腰を下ろす。
所作の一つ一つが、優雅で気品を感じさせる。
元来、はすっぱなナスターシアには、窮屈な雰囲気だった。
「では、早速。おいっ、アレを持て」
「はい。かしこまりました」
相変わらず長身のスラッとした美形侍従を従えている。こんなのが修道女に見つかったら、ざわついて仕方ない。
侍従は、ドアの外へ出ると荷物を受け取ってすぐ戻ってきた。
「これを受け取って欲しい。余の気持ちだ」
化粧箱が五つ。
ナスターシアは、大きな箱から開けてみる。
「うわ……ぁ」
中から出てきたのは、金と青金石と水晶で作られた、幅広で細かい細工のネックレスだった。
青く光る三日月のようなネックレス……。
今着ている服では、色合い的に目立たない。
他の箱は、それぞれブレスレットとアンクレットで、統一されたデザインで出来ていた。
「このような素晴らしいものを、本当に頂いてもよいものなのでしょうか」
「まあ、見た目は綺麗だけど、高価なものではないから気にする必要はないわ」
(いや、どうみても高価そうです。普段、どんな世界にいるの?)
「おい、服がないようだ」
「はい、少々大きいですので……」
大きな衣装ケースが運び込まれる。
……デカイ。
結婚衣装でも入っているのか?
「あれは、祝福の儀で着るようにとの王からのものだ。真っ白だから、これらのアクセサリーも映えるだろう。大きさを合わせておけよ」
「過分なご配慮。恐悦至極に存じます」
シャルル王子は、改まってナスターシアに向き直る。
「で、ナスターシア。余の妃になる決意は整ったか?」
「お兄様!! いけませんよ! そういうことは、先ず王殿下のご許可がなければ!!」
「何を言っておる! これは、根回しぞ。父上の許可は、それからでよい」
「して、如何に?」
まさかそんな話の展開になるとは思っていなかったナスターシアは、焦った。
「いえ、その、あの、でも、それは――」
「うしろのジョエル君か? 気になるのは」
ギクッ!!
ジョエルも青くなって、狼狽する。
「君とはジョストでいい試合が出来た。あの時は引き分けたが、今回も勝負するのか? 事と次第によっては容赦せぬぞ?」
しばし、沈黙がながれる。
「……滅相もございません。わたくしは、聖女ナスターシア様を命に代えてもお守りすると誓った騎士見習いにございます。下心など、あろう筈もございません! それより、私は自分自身をもっと鍛えなければなりません」
うつむいて、絞り出すように話すジョエル。
「ただ……」
と、続ける。
「ナスターシア様は、神の御使い。何人であろうと、神を敵に回して、その純潔を穢すことは許されるものではない、と」
シャルル王子の眉がピクリとする。
「貴様、余に説教しようというのか? だが、教えてやろう。余は神など恐れぬ。例え敵に回してでも、ナスターシアを娶る。その覚悟は、貴様にはないのだろう?」
余裕の表情のシャルル王子。
「くれぐれも、身辺には気をつけることだな」
膝を打って、話に区切りをつける王子。
「ということだ、ナスターシア。婚約の儀について、詳細が決まればおって知らせよう」
「私は、まだなにも……」
「彼では荷が重すぎるだろう。帝国にくれてやるのは癪であるしな!」
まっとうな判断でもある。
いよいよ、王子の元への輿入れが決まりそうな情勢になってきた……。
(どうしてだろう。いつか、お爺様には王子と結婚したいって言ってたのに……、モヤモヤするよ)