64 352-09【閑話2】へし折られた盾-ジョエル視点(2572)
修練中に怪我をして、リタイア。
そこまでは、よくある話だ。
だが!! 事もあろうに、ドレスをまとった小さな少女に、一撃で打ち負かされるなど!!
屈辱!!
耐え難い屈辱。
剣の一撃を喰らうまでは、ギャラリーに馬鹿にされるようなフルプレートの鎧を身につけて、完全な防御を固めた筈だったのに。
ほんの数ヶ月前まで、彼は吹けば飛んでしまいそうな、か弱い存在だった筈。
だが、いつの間にか立場が逆転している!?
「よっ! 災難だったな」
さっき、ナスターシアのスカートをめくって、どつかれていた男か。
「俺の名は、ピエール=オーギュスト=シャレット。ピエールでいい。よろしくな!」
「ああ……」
握手を求めてくるので、仕方なく右手で握手する。
こういう軽いタイプは苦手だ。
「大丈夫か? 聖女さんなのに、化け物じみてるな」
「ああ……」
「あのサイズの剣を、あんな勢いで振り回せるのに、体が振り回されないって、変じゃないか?」
「ああ……」
「おいっ! 聞いてんのかよ?」
「ああ……」
「はっ! よっぽどショックなんだな。あんなちびっ子にやられたとあっちゃあ、騎士だなんて恥ずかしいもんな、はは!」
うるさいっ!!
「海に行ったときは、まだあそこまでじゃなかった……」
いや、手加減していた可能性はあるか。血を見るのは嫌がっていたからな。敢えて剣を使っていなかった。
そういうところは、とても女の子らしいんだ。
たまに、とても11歳に思えないことを言うときがあるが……。
ピエールは、すぐ横に腰を下ろした。
本格的に話し込むつもりらしい。
「海って、セルヴィカのことか? なんか、どえらい騒ぎだったらしいじゃねぇか! あんな『おちび』のくせに、凄まじく怖いって話だったな」
マルセルの仕業なんだがな……。
あれは、確かにえげつなかった。
心臓が止まって、このまま死んでしまうのかと思ったが、理性でマルセルの神力だと理解したお陰で、助かったんだろう。
「仇なすことを、しなければいいだけだ」
「そういや、お前、聖女さんとデキてるって噂だが、どうなんだ? なんか、壁の上で抱き合ってたのを見たって言うヤツもいてな……。もう、ヤったのか?」
(どこで見られているか、わかったものではないな……)
「誤解だ。私は、あくまで守護者だ! 神に仕えるものとして、彼に命を捧げると誓った」
「そうか、じゃあ俺にもチャンスはあるってことだな。でもまあ良かったかもな。聖女さんとデキたなんてことになったら、命がいくらあっても足らんかもしれんからな」
「なぜ?」
「なぜって、お前! そりゃそうだろっ! どれだけ妬まれるかってだけでも大変なのに、聖女だぜ? 国がほっておくわけねぇだろ! まあ、あれだ。王子が結婚するのが順当なところだろうよ」
「本人の意志は関係なくか?」
「んなもん、関係あるわけねぇよ! 国家の威信がかかってるんだ! 故に、俺はあの女をかっさらいたいし、そのために強くなりたい!」
「流石は、盗賊団あがりだな……」
単細胞なヤツめ。
「ふん、俺は俺の正義を振りかざすだけさ。だがそのためには、強さが必要だ!」
「ナスターシア様をさらってどうするんだ?」
「ああ、表現が悪かったな。アイツを嫁にするってことだ。でだ! 俺が王になる!」
どこまで、本気なのか……。
「いいか? この国で、いや、この大陸で、あの女を嫁にしたヤツが、王になる資格があるんだ! 子共を成せば、その子は神の子だ! 意味がわかっているのか?!」
ああ、確かにそうかもしれん……。が、考えると頭が痛い……。
私の記憶が、むしろ間違っているのだろうか? 確かに、彼女は……いや、彼は男だった筈だが……。
「ま、それはやめといた方がいいな……」
「はっ! 意気地なしめっ!」
ナスターシアと同じ事をいうのだな……。
「だが! 俺はやるっ! だから、あの女のことを愛してないなら、俺に手を貸してくれ!」
まったく、何をいい出すのかと思えば。
「好きにしたらいいが、手は貸せない。それより、どうやったら、あの圧倒的な力と速さに対応出来るか、だ」
ピエールは、意外なのか目を見開いて驚いている。
「なんだ、お前! まだ根に持ってるのか? 俺はそんなことより、もっと大事なことに気づいたぜっ!」
「なんだ?」
「アイツに自分でスカートをめくられても萌えないってことだ! 俺は、アイツの恥じらう顔が見たいのだ! というとても大事なことに気づいた」
ものすごい大発見でもしたのかと思って損をした。
「この際だ、はっきり言っておこう。今度そのような不埒なマネをしたら、私が相手になる」
ははっ! と、ピエールは笑い声をあげた。
「こりゃ、騎士様。ちゃんと、聖女さんに守ってもらいなよ」
「なんだと、貴様っ!! 怪我が治ったら相手になってやるから覚悟しておけ」
これは、やはり、なんとしても実力を上げなければならないっ!
翌日。夕刻にナスターシアが見舞いと称して修練場に会いに来た。
怪我は痛むが、片手だけでも鍛えたい。
少し疲れた様子で、ナスターシアが近づいてきた。
護衛にはアランがついている。
こんなところで、私は何をしているのか。
ぼやぼやしている暇などない!
先ずは、筋力だ!!
「ごめんなさい、もっと早く来るつもりだったけど、リューネ様が来てて……。怪我の具合はどう?」
心配そうに覗き込んでくる。
なんだ、このイライラした感情は?!
「ナスターシア様。私を笑いに来たのですか? あなたに一撃で倒された私を見て」
「そんな! 私はただ心配で……」
「心配要りません。あなたを守ると言った私が、あなたに心配されるなど……むしろ屈辱です」
言いすぎたかもしれない。
長い沈黙が、痛い。
「……ごめんなさい。お邪魔してしまいました。帰りますね」
ナスターシアは、悲しげな表情で去って行った。
一体どうすればいいというのか!
どうしたらいいのか、皆目見当がつかない。
この気持ちは、一体何だというのか?
いや、あり得ない。そんな天地の理を覆すようなことなど、出来ようはずもない。この私が、見た目は兎も角、男に懸想するなど、ありえない。
それに、そもそもアレはもうそんな性差など超克して、神の領域に達してしまっているではないか! 惚れるなど、畏れ多いのだ。
あの愛と、この愛は違うということだ。
……嗚呼、私は混乱しているのか……。
認めたくない、と。
認めてはいけない、と。
こんなのは、軽佻浮薄というものだ!!
今はただ、雑念を払い修練に励むのみ!!