63 352-09 リューネ襲来(下)(1980)
「どうして、ナスターシア様までご一緒にお祈りされるのです?」
昼間から、あやしい行為に耽った罰として、祈祷を命じたのはいいが、三人だけにしてしまうのは、場所が代わるただけになりそう。
というわけで、ナスターシアは聖堂まで監視についてきたのだった。
「リューネ様を餌と一緒に放置したらダメなことに気づいたからです」
「餌……」
餌の一人、クラリスが自分の立場を理解する。
「修室(修道女の自室)は禁域ですからね! 入っちゃダメですよ」
ナスターシアは、しっかりとリューネに釘を刺しておく。
聖堂には数人の修道女と修道士がいた。ここは、普段男女が会うことが出来る修道院唯一の場である。
突然のナスターシアの訪問にざわつく。
「そうだ、ナスターシア様。わたくし、あなたの天使の姿を見たことがありませんの! 折角ここまで来たのですから、是非! ひと目見てみたいと!」
リューネは、また突然勝手なことをいい出す。
「見世物ではありません! 嫌ですよ」
誰かが扉から飛びだしていくが見えた。
「いいじゃない! 減るもんでもなし。それが見られたら、わたくし、安心して帰路につけます」
リューネがニヤリとして、ナスターシアを見る。
「脅す気ですかっ!?」
(しかし、こんな災害のような淫魔は、早めに帰ってもらうに限る!)
逡巡の後、ナスターシアは提案する。
「では、こうしましょう! 一時間、神に祈りを捧げることを条件に、翼をご覧に入れましょう」
「一時間?」
なかなか、こってりと祈りを捧げられるのだな……と。
「そうですよ、シスター・クレール。きっと、祈りが足らないのです。神への信仰が足らないから、邪な考えが浮かんでしまうのでしょう」
「邪だなんて……」
「肉体的快楽に溺れるなど、邪以外の何ものでもありません!」
ドカドカと一人誰か入ってきた。
誰か知らないが、関係ないので無視する。
「では、始めましょう」
ナスターシアは、祈りを捧げの姿勢をとり、実際イオス神への祈りを捧げる。
その体に、うっすらと光を纏い始めると、翼を生成した。
バサッ
体の大きさに比して、翼はかなり大きい。たたんだ状態でも彼女の身長の倍以上ある。
二枚の翼の間に、ステンドグラスから差し込む陽光が輝き、彩る。
ゆっくり、ほんとうにゆっくりと、翼を広げ、上げていく……。
ステンドグラスの光が、逆光となり、まぶしくそのシルエットを照らす。結い上げられた白銀の髪が、逆光でキラキラと輝く。
祈りに夢中になってしまったナスターシアは、だんだん宙に浮いていることに気づかなかった。
そんなナスターシアを、三人は下から見上げつつ、祈りを捧げ続ける。
聖堂の後ろの席から、先ほど入室してきた男は、食い入るようにその様子を見ていた。髪の毛一筋さえ、見逃さぬという勢いで。
しばらくすると、ナスターシアは宙に浮いていることに気づき、そっと降りると、翼を消失させた。
「あ、お祈りはそのまま続けて下さいね」
急に現実に引き戻されるような声に、我に返る三人。
と、聖堂にいた人達……。
「ありがたや~」
リューネが茶化す。
「あなたという人は……、まったく……」
(そりゃあ、リューネ様のお父様もさぞお困りでしょうよ)
リューネは、腰をかがめてナスターシアに耳打ちする。
「今度のトーナメント大会ですけど、大公国で開かれるんです。でも、聖女が現れたら騒動になりますから、ナセル様で来てくださいね」
「行かない方が無難ですね」
「いいえ、あなたはきっと。来るはずです」
そういうと、懐から地図を出し、そっとナスターシアに渡した。
「えっ?」
(ただ奔放なだけに見えるけど、装っているだけなの?)
リューネの正体に、底知れぬものを感じたナスターシアだった。
「じゃ、も少しお祈りしたら、帰りますわ」
その言葉に、心底ホッとする。
「あっ……、くぅ……」
突然、リューネがお腹を押さえて呻き、しゃがみ込んでしまった。
「大丈夫ですか?! どうしました?」
「お腹が……」
ナスターシアは、どうしたらいいかと慌てて覗き込む。
「お腹が痛むのですか?」
リューネは、その瞬間!
「隙有り!」
チュ!
ナスターシアの唇を、そっと奪ったのだった。
「うぐっ……。またしても……」
後ろからは、いくつもの悲鳴が上がる。
修道士は、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている。
「リューネ様っ!! 何てことを!」
クラリスが珍しく抗議の声を上げる。
「あら、羨ましくて? おねだりすればいいのですよ」
呵々と笑い声をあげながら、リューネは帰ろうとする。
「おーい、お祈り~」
ナスターシアが、一応言ってみるが無駄だった。
「もう、目的を全て達しましたから……」
「なんでしょうね、クレール。結局彼女のいいようにあしらわれた気がするんですけど?」
「たまには、いいのではありませんか?」
なんだか、晴れ晴れとした表情を浮かべている。
「はぁ……。なんだかとても疲れました」
振り回されるばかりのナスターシアだった。