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62 352-09 リューネ襲来(上)(2580)

「ナスターシアさま~っ!!」


 いきなり騒々しい。


 ジョエルの怪我が心配で、様子を見に行きたいのにリューネ公女が朝から邪魔をしに現れた。

 今回は、騎士姿でも、男装姿でもなく、優雅なブリオー(袖の広がったワンピース)姿だった。喋らなければ、公女らしい姿である。


「困ります! 勝手に入らないでください!」


「あなた、なんなのよ?」


 クレールにつっかかる。


「私とナスターシア様の恋路を邪魔する気?」


 なんの遠慮もない!


「リューネ様っ!!」


 リューネには、初老の侍女がつけられていた。手を出しづらいようにとの配慮もあってのことだ。


「あなたは、下がってもらってよくてよ?」


「いえ、そういう訳には!」


「下がりなさい!」


「……はい」


「そこで引き下がっていかがするのです!」


 クレールは額に青筋を浮かべて怒っている


「あっ! いい()がいるじゃいない!?」


 目線の先にはクラリスがいた。


 ビシッ!


 伸ばしかけた手は、クレールにはたかれる。


「ちょっと!?」




 リューネは、クレールとクラリスを交互に見つめた。


「はーんっ。出来てるってことね。いいわね、聖女様のお墨付きって! いい土産話ができたわ!」


「そんな! こと……、困ります!!」


「うふっ! こっちの()は、顔に出るのね。かわいいっ! 修道服姿がまた、たまらないわ」




「騒がしいですよ。静かにして。先ずは、中で落ち着いてください」


 ナスターシアがしずしずと出てきた。


「あーんっ! ナスターシア様! お久しぶりです、リューネですよ!」


「知っています。中でおかけください。シスター・クラリス、お茶とお菓子をお持ちしてくださる?」


「かしこまりした」


 リューネは、どっかりとソファに腰をおろしながら、部屋を見渡す。


「意外と質素ね。まあ、修道院だから贅沢もできないか」




 リューネは、建国祭でのカルヴァンとの飲み比べの顛末を話したくて仕方なかったようだ。

 なんでも、ナスターシアの予想どうり、カルヴァンは頑張ったが結局酔い潰れてしまったらしい。そして、リューネ自身は父から酷く叱責されたと。

 まあ、当然ではあるのだが……。


「さて、カルヴァンの災厄からナスターシア様をお救いした私へのご褒美は、何かしら?」


「なにがご所望なの?」


 ごくりと生唾を飲み込む一同。


「ナスターシア様との、めくるめく一夜(いちや)


「ダメです!!」


 その声は、クラリスだった。


「聖女ナスターシア様は、カイル様の守護天使なんですよ!? そのような暴挙が、許される訳ありませんっ!! 熱っ」


 手に持ってきたティーポットが揺れて、飛沫が手にかかってしまった。

 慌てて、テーブルに置く。


 二人分のテーブルウェアを並べ、バニラ香るパウンドケーキの皿を置くと、お茶を注ぐ。


 香り高い、お茶の匂いが話の続きを催促する。


「でも、あなたもナスターシア様の薔薇のつぼみを、甘い蜜で濡らしてみたくはないのですか?」


 婉曲過ぎて、何のことを言っているのか良くわからないが、きっと卑猥なことだろうというのは、想像がつく。


 クラリスの顔は紅潮し、手が震えていた。


 その想像力で、自分の淫欲と重ねてしまっているようだ。


「ゆ、ゆゆ、許されません……そんな……」




「ちょっと、二人で変な妄想しないで!!」


 ナスターシアの制止も、リューネの前には無力だった。


「あっ、そうだっ! いいこと思いついちゃった!」


 なんだか、とんでもないことのような気がする。


「ナスターシア様の香水をお借り出来るかしら? それならいいでしょう?」


「えっ? ええ、いいですけど……。今ですか?」


「そうねぇ……、じゃ今で!」


「では、持ってきますね」




 ナスターシアが、部屋の外に出ると、中では三人がなにか企んでいるようだったが、なにを話しているかまではわからなかった。

 利害の一致をみた部分で、素早く密約が交わされた模様である。


「お待たせしました。これですよ」


 透明なガラスの瓶に入ったそれは、魅惑の色をしていた。


「じゃ、失礼して……」


 リューネとクラリスは、それぞれの胸元と手首に、ちょんちょんと香水をつけた。


「そのうち、工房で生産しますから、買って下さいね」


 ナスターシアは、つくり笑顔でしっかりと宣伝もしておく。


「もちろんですわ! 買い占めて誰にも渡しませんっ!」


 ありがたいかも知れないが、それは困る。


「では、我々三人は少し休憩しようと思います。そうですね。鐘一つ分(約三時間)くらいの時間でしょうか……」


 いや、それは休憩しすぎだろう……。


「失礼致します」


「し、しし、失礼……い……す」


(あやしい……)




 なぜか、三人で侍女の控え室へと入っていった。

 そういえば、ナスターシアはそこへは入ったことがない。




 仕方ないので、居間でくつろいでいると声が聞こえてきた。


「アッ……ナスターシア様、もっ……アッ」


 やっぱり……。


 お互いにナスターシアの香水をつけて、それぞれがナスターシア役を演じているんだろう……。今のところ、この香水をつけているのは王国でナスターシアただ一人。


 つまり、この匂いを『すんすん』『くんかくんか』して、目を閉じ、抱き合えば、ちょっと大きく成長したナスターシアを抱けるというわけだ! なんて悪辣な!


 これは、香水を売り出したりしたら、同じ事を考える輩がたくさん出るということか?! なんだか、複雑な心境だった……。

 同じくらいの背格好の子供が、被害に遭わないといいけど……。


(そっちがその気なら、こっちも!)




「ああーっ!!大変!! クラリス!! ちょっと来てください!!!」


 大声で、クラリスを呼びつけてみる。


 ドタン、バタンと音がしたあと、部屋の扉が開いてクラリスが入ってきた。


「い、いかが、なされましたか。はぁ、はぁ……」


 歩こうとしても、ヒザが笑ってうまく歩けない。

 腰砕けになってしまう……。


「あら、どうしたのクラリス。大丈夫?」


「だっ、大丈夫です。はぁっ……」


「まさか、昼間からイヤラシイこととか、してませんよね?」


「もちろんです!」


 扉が少し開いていて、隙間から二人が壁際に立って、体を預け合っているのが見えた。


(まっっ! 立ったままっ!!!!)


「いい加減にしなさいっ!!!!」




「まったくもうっ!! 三人とも、聖堂でしっかりお祈りしてきてください!! 心の穢れを落とすんですよ! わかりましたねっ!!」


「はい……」


 クレールとクラリスは神妙な面持ちだったが、リューネは満足そうだった。

 恐るべしリューネ! 彼女は風紀の紊乱(びんらん)を招く悪魔のような女だった……の、かも。

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