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61 352-09 限界への修練(3379)

 ナスターシアのいる部屋まで来られる修道士は、わりとすぐに見つかった。だが、女子修道院の工房責任者は難航していた。


「おはようございます、ナスターシア様」


「おはよう、シスター・クレール、シスター・クラリス」


「早速ですが、大公国のリューネ公女がお越しになる予定です。明日到着とのことですが」


「えーぇ……。嫌な予感しかしませんね。それより、どうして明日なのですか? 許可を得るつもりなら、10日後とかにしていただきたく存じますが?」


「申し訳ありません。不躾で申し訳ないのですが、なにぶん公女殿下ということもあり、無下にはできないかと……」


 クレールが申し訳なさそうにする。


「それと、こちらは常識のあるお話しなのですが、来月のはじめに第二王子殿下と第二王女様がお越しになるとのことです」


「むしろ、そちらの方が断れません……。シャルル殿下一人でしたら御しきれる自信はありませんが、大丈夫かと。丁重にお迎えしないといけませんね……」


「来月の王都での祝福の儀を過ぎますと、二週間後がトーナメント大会ですが、その後は訪問予定が、もう見るのも大変なくらい届いておりまして、まだ整理出来ておりません」


「忙しすぎて死にそう……」


「トーナメント大会は、観覧されるのでしょうか?」


「王都から会場までは、どれくらいかかりそうですか?」


「馬車で、二週間といったところでしょうか」


「う~ん。遠いですね……。しかも、ナスターシアとしては無理かもしれません」


「……」


 なんと返答したものか。クレールには思い浮かばなかった。




「では、私は修練に行って参ります」


「お気をつけて」




 修練場では、既にアランとジョエルが剣を打ちあっていた。


 ときおり、剣戟(けんげき)が鳴り響く。


「お待たせしました」


「いえ、始めるとしましょう」


 ジョエルが(きびす)をかえすと、キラキラと汗が光った。

 もう、十分すぎるほど体が温まっているようだ。


「ジョエル様、悪くはないのですが型にはまりすぎているような気がします。戦闘ではもっと体を使って、とりまく環境全てを使って闘わねばなりません。臨機応変にです」


「気をつけよう!」




 ナスターシアは、ショートソードを抜いて構える。


「ああ、ナスターシア様。盾を使いましょう。ここに、バクラー(小振りの丸盾)がありますから……」


「盾は使わない。ダガーを使いましょう」


 ナスターシアは、右手にショートソード、左手に逆手に持ったダガーを構えた。




 最初は、ゆっくり動作を確認する。


 ジョエルの上段から振り降ろされた剣を、ダガーで受け止める。


「痛!」


 剣が滑ってダガーから外れ、腕に当たる……。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫です。ちょっとびっくりしただけ……。それより、ジョエル様。本気でやりたいので、プレートメイル着てもらえませんか?」


「どういう意味です?」


「神力なしじゃ、お話にならないので……」


「……わかりました。やってみましょう。準備してきますのでしばらくお待ちください」


 辺りには徐々にギャラリーが増えてきた。


「アラン、両手剣を貸して!」


「いいですけど、持てますか?」


「いいから」


 ずっしりと重い、ナスターシアの身長に近い長さの刀身の剣だ。


 神力を使っても、剣に振り回されないか心配である。




 しばらくして、フルプレートのジョエルが現れた。


 ギャラリーからは、ブーイングが飛ぶ。舐めきったドレス姿の小さな聖女様相手に、フルプレートなんて大げさで、弱虫に見えたのだろう。


 が、ナスターシアが打ち込むとそれは、逆に心配に変わる。


「いきますよ!」


「どうぞ!」




 いきなり、神力でフル加速したナスターシアは、そのまま手をクロスして(オクスに)構え、ひねりを使って回転力を増し、目いっぱいジョエルを打つ。


 スカートの裾が舞い、白銀の髪が踊る。


 ジョエルは、なんなく大型のヒーターシールドで受け止めた!!


 だが!


 轟音とともに盾はひしゃげ、

ジョエルは盾とともに2メートルほど吹っ飛ばれてしまった。


「キャーーーァ!! ジョエル様ぁ!!」


 自分でやっておいて、きゃーもなにもない……。




「大丈夫ですか!」


「ごはっ!! ぐっ……」


 アランが駆け寄り、腕の鎧を剥がして腕を看てやる。


「大丈夫だ。あまり痛いようなら、ヒビが入っているかも知れんが」


「骨折ぅ?! ひゃーん、ごめんなさい……」


 ギャラリーのどよめきがおさまらない。信じられないものを見た! 誰もがそんな感じである。

 間違っても相手をしたくはない。

 あんなのの相手をさせられたら、命がいくつあっても足らない。


「ジョエル様は、休んで。私がお相手しましょう」




 アランは、フルプレートではなかったが、そこそこ重装備で防御していた。

 剣と盾を構えると、もともとかなりの筋肉質だが、いよいよ隆起して見える。神力でさらに強化を加えたのだろう。

 一方、ナスターシアはあり得ないドレス姿。


 ナスターシアの足下(あしもと)が悪いので、アランは遠慮しながらではあったが、剣を打ちあうことができた。彼女の力一杯の斬撃も、アランにかかれば、なんなく受け流された。


 二人の剣は、その尋常ではない速さが特徴的だった。

 ナスターシアも、以前はただ回るだけだったが、今は重い剣を自在に操れるようになっている。


 アランの剣は、なぜかナスターシアの近くに来ると軌道が逸れたり、あるいは勢いがなくなってしまう。


 ナスターシアの方も、柔らかい体で剣のエネルギーをうまく逸らし、まともに受け止めないようにしていた。端から見ると、反発し合う磁石のようでもある。


 もはや、両者とも人間の領域を超えていた。




 周囲は固唾を呑んで見守る。


「おうっ! やってんな! 俺も混ぜろよ!」


 空気を読まずに割り込んできたのは、ピエールだった。


「はーっ、はーっ。 何しに? 今めくったら斬るよ? 手には得物があるし……」


 肩で息をしながら、闖入者(ちんにゅうしゃ)の相手をする。


「やだなぁ、馬鹿にしないでくれよ。どれ!」


 ピエールは、剣を抜くとナスターシアに正対した。


「ああ、おいっ! 俺が相手しよう。多分怪我するから……」


 なんだかんだ言って、アランだからナスターシアの相手が出来たのであって、ナスターシアは腕がイマイチだから手加減が難しいのだ。


 ちらりとジョエルを見遣る。


「なんだ? そっか、先ずあんたを倒したらいいんだな! わかった。……行くぜっ!!」


 キンッキンッと、小気味よい金属音が響く。

 が、明らかにアランはピエールをあしらっていた。


「おーい、つまらんから、もう終わりにしよう!」


「んだと、てめっ、このっ!!」


 アランはわざとピエールの持つ剣の根元を強打して、はたき落とす。


「あっ! 痛てっ!!」


「まあまあだな、筋は悪くない。頑張れば強くなれるんじゃねぇかな」


「ちくしょー、馬鹿にしやがって!」


「アランに勝てたら、私が自分でスカートをめくってあげます。無理だと思いますけどね~」


「ちっしょー! ぜってー強くなってやるからな!! ぜってー自分でめくらせてやる!!」


 どうして、そんなことに一生懸命になれるのか。

 スカートの中身の、何がそんなに彼を掻き立てるのか?


 ナスターシアには、とても不思議だった。




 修練を終えると、ナスターシアはジョエルのもとへと急いだ。


「ジョエル様! 怪我の具合はどうですか?」


 息を切らせながら、駆け寄る。


「ええ、多分打撲だけかと思います」


 ジョエルは、鎧の上半身を外していた。


 最初は、盾がひしゃげただけかと思っていたが、腕の部分のパーツも凹んでいた。

 盾は、木で裏打ちされたものが、完全に折れてささくれ立っている。皮と金属部分でつながっているだけだ。普通は斧で打っても、こうはならない。

 盾で吸収出来なかった衝撃が、腕のパーツで受け止められ、変形したため、中の腕が圧迫されたのだ。


 これは、痛い……。


「腕はどう?」


 みると、腕は筋肉にダメージがあるのか、痛々しく変色し、腫れ上がっている。


「ごめんなさい……こんな」


 ジョエルは、怪訝な顔をした。


「どうして、謝るんですか? これは、私のミスです。それに……」


 なにか言いたげだったが、途中でやめてしまった。


「いえ、なんでもありません」




「次は負けません……」


「負け……? そんな! そんなつもりはありません! あれはただ」


「皆まで言わせないで下さい」


 ジョエルは、一撃で吹き飛ばされたのが、よほどショックだったのだろう。

 無理もない。

(ただの事故なのに……。ジョエル様を守るって言ったのに、傷つけてしまうなんて……)


 ナスターシアもまた、悩んでいた。

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