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60 352-09 寂しさは工房の仕事にぶつけよう!(3122)

 朝はだんだん肌寒く感じられるようになっていく。

 冷涼な空気をたっぷり吸い込むと清々しさを感じる。


 応接室での打ち合わせのあと、ぐるりと修道院を案内して、次の日の朝にはそれぞれの居場所に帰っていった。


 朝方とはいえ、照りつける晩夏の強烈な日差しの中、お爺様達が帰って行く。

 なんだか、そこはかとない寂しさが残る。




 ミネットが王都へ立つとき、泣かれて困ったがリュシスがうまくあやしてくれた。過去は過去として、いい母親になるのかも知れない。




 見送りの時、後に残されたジョエルにナスターシアが声をかける。


「ジョエル様」


「なんでしょう?」


「寂しくはないのですか?」


「ナスターシア様に命を捧げると誓った身。お側に置いてもらえるのに、寂しいことなどあろう筈がございません」


「……そうじゃ、なくて……」


「家族ですか? それより私は、家名を傷つけてしまうことを恐れています。常に自分が正しい選択をしているかどうか。家族に不名誉を着せられません」


「名誉……ですか……」




 ナスターシアは、ちらりと見える外壁の投石機を指さす。


「あれを近くで見に行きましょう」


「私は、宿舎に戻ります」


 アランは宿舎に帰るようだ。気を使っているのだろう。




 外壁は、内側の階段からも、その内部の階段からも壁の最上部まで上ることが出来るようになっている。


 広くなっている部分は、まるで塔のようになっており、最上に据えられた巨大な投石機を支えられるように、しっかりと補強されていた。


 ナスターシアとジョエルは、近くの階段から上り、修道院の外が遠くまで見渡せる最上部までたどり着いた。


 眼下には、青々とした平原が広がり、遠くに森が見える。一部に開墾されて畑になっている場所もある。


 ここに修道院ができる前に、もともとあった小さな村も見える。最近は人が増えてきているようだ。


「見てください! お爺様達の馬車かも?」


 森へとつながる道は、とくに舗装もされていない荒れた道だ。


 馬車がすれ違うのは苦労するが、遠からず整備されるだろう。


「そうかも知れませんね」


「……」


 すぐに喋ることがなくなってしまった。




「あの、例えばの話なのですが……」


「はい」


「ジョエル様は、私が普通の女性と違っていても、その……私を私としてみて下さいますか?」


「よく意味がわかりませんが……」


 ナスターシアは、ジョエルがどうして察してくれないのかと不満に思いつつ、直接的に問い直す。


「私が……、普通の……、女でなくても愛してくれますか?」


「……それは。それは前にも言ったはずです。独り占めすることは許されません。例え誰であろうとも。それは、この世界を敵に回す行為です」




 わかっていた。

 わかっていたのに、聞かずにいられなかった。

 何度聞いても、答えは同じ……。


「意気地なし……」


 そうつぶやくナスターシアの目から、涙が一筋、流れ落ちた。

 不思議と悲壮感はない。

 むしろ、清々(すがすが)しさすら感じる。


 ジョエルは、ナスターシアをそっと抱き寄せた。

 ちょうど、ジョエルの胸にナスターシアが顔をうずめる。ほどよく筋肉のついた、がっしりした胸板。ゴツゴツした腕。冷たい鎖かたびら。


「ナスターシア様が置かれた状況は、理解しています。その寄る辺なさも……」


「でも、これも前にも言ったはずですが……」


「ご自分が、ご自分であり続けるように生きてください。そのために、そばにいますから……」


「ジョエル様は、甘えも弱音も許さないのですね」


「そんなことありません。甘えてくれていいですし、弱音も聞きましょう。あなたが、あなたで、いられるように……」


 ナスターシアは、ぐっと力をこめてジョエルを抱きしめる。




「わかりました」




 ナスターシアは、自室へ帰ると憑きものが落ちたように指示を出し、修道院の指揮をとり始める。


「シスター・クレール、シスター・クラリス! 今日から忙しくなります、心して私の指示に従ってください」


「はいっ! なんなりとお申し付け下さい」


 クラリスは、元気に返事をした。なんだか、(あるじ)がやる気だ。仕える者として、これに応えない手はない。


「先ずは、私の工房をまかせられる人の人選をお願いします。化粧品の製造を行うつもりです。人の気持ちがわかり、それでいて芯があって流されない人。綺麗になることに、執着があって妥協しない人がいいです」


「難しいですね。ですが、なんとかしてみましょう」


「それから、修道士の工房との連絡係が欲しいです。女性に興味のない方がいいですね」


「それはつまり……」


「いるでしょう?」


「多分……」


「私は、これから工房の鍛治師のところへ行ってきます」


 いそいそと出かけようとするナスターシアに、クレールが待ったをかける。


「あの! 連絡しておかなければならないことが!」


「なにかしら?」


「絵師の方が、ナスターシア様をご覧になりたいと……」


(また面倒な……)


「特別に面会したりしないので、滞在を許可してはどうですか?」


「そうですね。では、お気をつけて!」


「あ、そうそう! ここから、テラスというか」


 外の一階部分の屋根を指さして言う。


「あの屋根にでられるようにして欲しいのです。直接外に出られた方が便利なので」


「石屋に申し伝えておきます。工事でお邪魔することになるかも知れませんが……」


「お願いします」


 もともと、ナスターシアの部屋として作られていたわけではないので、窓が高かったり、テラスがなかったりとナスターシアの好みに合わない部分もあるので、改造しようというのだった。




 ナスターシアは、とにかく積極的に動く。


 工房へと足を運ぶ。


「おう! 聖女さんじゃねぇか!」


 スカートめくり男こと、ピエールだ。仲間達と剣の訓練中らしい。


「あらスカートめくりさん、こんにちは~」


 ぎょっと、嫌そうな顔をするピエール。


「何だよ、根に持ってんのか? 何処行くんだ?」


「工房。鎧を作ってもらおうと思って。来なくていいですよ?」


「えっ! つれないなぁ」


「じゃ!」


 スタスタと足早に去ろうとするナスターシア。だが、後ろから忍び寄る陰が……。


 バサッ!


 ゴフッ!


 ナスターシアのスカートを後ろから派手にめくったピエールは、仲間達からの歓声と引き換えに、グーで顔を殴られた……。




 ほどなく、工房に到着する。


「あのう! 誰かいますか?」


「ああ、何だ?」


 採光を考えて作られた工房は、ナスターシアの想像より明るかった。

 奥には、見覚えのある顔が……。


「ああ、いつぞやの! ひょっとして、聖女様だったんですね。こりゃたまげたね! 送風機は、相変わらず人気ですよ! それにしても、ここは使いやすくていいね。作業がはかどるよ! で? 今日はどんな?」


 よく喋る。


「えっと、鎧が欲しいんですけど」


「聖女様の?」


「はいっ!」


「それなら、ヘロン様から提案頂いているんで、サイズだけ診せて下さい」


「はい……」


「足と腕、チェストとヘルムだけです。動きにくいの嫌でしょう?」


「ああ、ヘルムなんですけど……」


 ナスターシアは、高速飛行用に考えた仕様を伝えた。


「へー、相変わらず変わったことを思いつくもんですね。難しいですが、やってみましょう」


「どんなのが出来上がるか、楽しみにしてます」


「任しといてくだせー!」


「あー、あとね」


「まだ何か?」


「靴は作れる?」


「あっしは、無理ですが、他の連中なら作れるのもいるかも知れません」


「なら、こんな感じのが欲しいんだけど……」


 ナスターシアは、紙をもらい、そこにヒール靴の絵を描いた。


「なるほど! これで雨でぬかるんだ所も歩けるんですね?」


「うーん、そういう意味じゃないんですけどね。ちょっとでも、背が高く見えるでしょ?」


「はぁ~、そっちですかい。わかりやした、じゃあ、サイズを測っておきましょう」


 紐でサイズを測られる。


「じゃあ、よろしくお願いいたしますね」


「任されやした!」


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