58 352-09 正しい神力の使い方 あるいは神の悪戯(2516)
「ナスターシア様! ナスターシア様……」
「う……ん?」
ガチャ……。
「ナスターシア様、そろそ……」
来客の時間が迫り、クラリスが呼びに来たとき、ナスターシアは天蓋付きのお姫様ベッドの上で、ジョエル人形を抱いて寝ていた……。
はっ!! として、平静を装いつつジョエル人形を消失させる。
「ナスターシア様、今、上に誰か乗っかっていました!!」
「え? 気のせいでしょう? 誰もいませんよ?」
「そんな馬鹿な! 確かにわたくしは!」
信じられない、という顔をするクレール。
「すみません、わたしくの想いが魂を引き寄せてしまったのかも知れませんね」
「そんな! それではあの方は、ナスターシア様の想い人だと……。ああ、何てことでしょう……。いけません、いけませんわ。そんなこと、絶対あっては……」
言い訳をして、余計に狼狽させてしまったようだ。
「嗚呼、聖女様のお体はカイル様のもの。終生純潔であらねば! 穢されることなど、絶対あってはなりませんよ!」
ずいぶん勝手な言い分である。
だが、聖女とはそういうものなのも確かであった。
「そうですね。でもご安心下さい。もう振られちゃいましたから、ふふ」
「なんと!!」
それはそれで気に入らないらしい……。聖女を袖にするのも、モノにするのも気に入らない! どうしたらいいというのか?
「そんな現世の汚い男ではなく、カイル様をお慕いすれば……」
(嫌だよ! 何年前の人だよっ! もう骨も残ってねぇよ!)
クレールの無理難題を、はっと何かを思い出したふうに流すナスターシア。
「それよりも、急いで支度しましょう。うっかりしてました。食事はあとでいただきますので、置いておいてください」
「かしこまりました」
「久しぶり!元気そうだね、ナスターシア」
「今日は、話すことが多いんじゃ」
マルセルとお爺様がやってきた。
ジョエルとリュシスは後ろからやってくる。
「あなたっ!! あなた、さっきナスターシア様の寝所で襲っていたでございましょう!!」
突如として、ジョエルをみてクレールが怒り狂う。クラリスは、どうしていいかわからずに右往左往するのみだ。
「何のことですか? 人違いです!」
「いいえ、見まごうはずが御座いません! あなたです! 事もあろうに、ナスターシア様の上から裸でのしかかり……。一体どんな魔術を使ったのですか! この悪魔っ!」
どうやら、ジョエルを見てさっきのジョエル人形と同じだったため、不埒者と思っているようだった。
「シスター・クレール!! お控えください!」
ナスターシアが声を荒げる。
とはいえ、自分の蒔いた種なことも承知だ。
「クレール、大丈夫です。ジョエル様、どうかお気を悪くなさらず……」
主人に叱られた犬のように、すごすごと引き下がるクレール。だが、その目には憎悪がくすぶっていた。
「おほんっ! どういうことかな? ナスターシア様」
(あわわわわ、ヤバイ! お爺様怒ってる……)
ここは、まあまあとひとまず全員応接室に入る。
お爺様とマルセルが座り、ジョエルとリュシスは後ろに立って控えている。アランとロジェもこぎれいにして、ドアの前と外を固める。
クレールとクラリスは、控えるように言われ、応接室を出て行く。
「ナスターシア、説明してもらおうかの」
静かに怒るお爺様。
ぷいーっと、目をそらす……。
「あー、これはですね、そのー、まあなんといいますか……」
マルセルとジョエルにも睨まれる。
「あは……。実は……、こんなのを作ってベッドで使ってたんです」
そういうと、ジョエル人形を生成してみせた。
居合わせた全員が、一斉にギョッとする。
「はい、マルセル兄様。抱っこしてあげてください」
「ああ、はい……って、受け取るわけないでしょうっ!!! ベッドで使ってたって! どういうことですかっ!! 使ってたって!」
「え? 抱っこして寝てただけですけど……、て。えっ? ええーっ!! いや、違います! 誤解です! 使ってませんっ!!」
ナスターシアは、ジョエル人形をリュシスに渡してみる。
「ほら、いい感じでしょ?」
「思ったよりは軽いんですね。でもなんか、妙にリアルで怖いです。気味が悪いっていうか……」
「ちょっと! なんでよ? 結構力作でしょ?」
「あの、ちょっといいでしょうか、ナスターシア様」
ジョエルがおずおずと口を挟む。
「私で遊ばないでください……」
ガーン!
「そんな、まるで私がジョエル様を弄んだみたいに言わなくても!」
その場にいる全員の視線が冷たい……。
「ご、ごめんなさい……」
「絶対、キスしたりしてるよねぇ……」
マルセル兄様が追い打ちをかける。
(もう勘弁してつかぁさい……)
「折角の再会が、感動もなにもなくなっちゃいましたけど、寂しかったんですよ~。お爺様はなんだか元気ないし……。リュシスは元気そうでなによりだよ」
「はあ……。ナスターシアこそ、心配したんだぞ! 見つからないって! 大変だったんだ! わかってるの? そしたら何? あんなことして楽しんでたなんて! 酷いよ」
マルセルは不機嫌がなおらない。
「ああ、すいません。でも、誰も信じてくれなくて……。もう、そういうものなのかと。夜も寂しいんですよ、一人だし」
「そういうことなら、ぬいぐるみでも手配してやろう。あとはまあ、こうして無事なのじゃ。いいだろう。それより、今後のことなのじゃ」
ようやく落ち着き、その後はお爺様の長い長い話が始まった。
まず、王宮の話。
王宮としては、その統治の正当性を担保するためになるべく早く、守護天使からの祝福を神の意志として受けたい。が、『お願い』することはできない。なので、形としてはこちらから出向いて、神の意志を伝えるという体裁でないと困る、と。
祝福の日程としては、トーナメント大会の前に無理にでも行うとして、現在急ピッチで準備がすすめられている。
教皇の方は、もう少し複雑だった。
教皇は、権力の源泉がカイル様の名代という『設定』によるものであるため、ナスターシアの存在はその権力構造を揺るがしかねない。
なので、帝国の大聖堂への招待が来ているが、かなり危険だろうということ。
だが、断れば断ったで戦争の口実を与えかねず、今は動きたくない王国の利益と相反する。
とりあえず、適当に理由をつけて引き延ばす作戦でいくようだ。
「春までもつかどうか……かな」