06 351-10 お父様といつまでも(1948)
父サイモンが、中庭で剣の稽古をしているのが見える。
いつもは、ジャンかコルネーユ、もしくはロジェの護衛剣士達の誰かが相手をしていることが多いが、今日は一人だ。 右手にはブロードソード、左手にはラウンドシールドという、オーソドックスなスタイルで、基本動作を確認しているようだ。
「お父様!」
「おお、ナセルか。今日も元気だな」
「お父様大好きっ!」
たたたっと走り寄ると、ナセルはサイモンに抱きついた。そのまま、ぐいぐいと顔を擦り付けて甘える。サイモンのシャツは汗でじっとりしている上、汗臭い。だが、ナセルはそんな臭いも嫌いではなかった。
「ははは、そうか。私もだ」
サイモンは相好を崩し、持っていた武具を置くと、ぐっとナセルを抱き寄せ、そのまま腕に抱っこした。10歳の男の子のつもりだが、少し小さかったこともあり、筋力強化の神力で強化されたサイモンの腕には、何の問題も無く抱き上げられた。
「そういえば、ナセルには話してなかったな、私の前世の話を」
「うん、私は兵士だったよ。話したと思うけど」
「そうか、武士だったな。私も武士だった。佐賀藩の藩士でな、戦はなかったのだが……。よく、武士の在りようについて講義を受けたものさ。名をマツザエモンと言った」
「だからサイモンなんだ」
「まあ、そうかもな」
「今日は、護衛さん達はどうしたの?」
「ああ、トーナメント大会を見に行っている。参加してるわけじゃないぞ。帝国の奴等はめっぽう強くてな、毎年身の代金をふんだくられる会と化していると聞く」
「ふーん」
「ねぇ、お父様。私も剣を振ってみたい」
「……持ってみるかい?」
そういわれて、ナセルは父の腕から下ろして貰い、剣を持って剣道の中段に構えてみた。だが、重すぎた。というより、ナセルに力がなさ過ぎた。
「無理みたい。竹刀なら大丈夫かもだけど」
「竹刀? ああ、懐かしい響きだな。ナセル、ここの戦闘は兵士がつけている鎧の防御力が高すぎて、斬るのは難しい。最低でも鎖帷子は、皆身につけている。斬れるのは数だけ多い雑兵か弓兵だな。私のプレートアーマーなら、剣ではまったくダメージを与えられることはないだろう」
そう言って、ナセルが持っていた剣を手に取ると、刃を見せてくれた。
「この剣をよく見てごらん。刀と比べると刃が殆どなまくらだろう? 斬ると謂うよりどちらかというと引き裂くイメージだな。あとは刺突だ」
サイモンは、剣を突いてみせる動作をした。ブレなく、真っ直ぐに体重を乗せて突かれる剣筋は、修練の賜物だろう。
「日の本の甲冑とは全く発想が違うから、同じ戦い方は無理だ」
剣を鞘に収めつつ、サイモンは言った。剣はカチリと鞘に収まる。カチャカチャいわないのは、造りがいい証拠である。
「ナセルよ」
サイモンは、膝をつき、目線を落とし、そして、真っ直ぐナセルを見つめて話し始めた。
「私は、親として残してやれる最大にして最後の教えが『死』だと思っている。だから、ナセル。私が何のために、どう死ぬか、見届けてくれ。恥ずかしい死に方はせんつもりだがな」
「縁起でもないよ。お父様は私が護る! 戦いで死なせたりしないから!!」
「それは、心強いな。では、私と約束しよう
『最強の騎士になる』と」
「そうねー。わかった!! いつか必ず最強の騎士になるよ。そしてお父様を護ってあげる」
「約束だぞ!! でも、今は未だ剣も持てないだろうから……。そうだ、町の武器屋に『ラペルダガー』っていう小さな投擲用の手裏剣みたいなのを売ってるから、それを投げてみたらどうだろう。ダガーも売ってるし、それ自体は、対アーマー戦では、とても役に立つ技術だ。私は神力で生成した武器が使えるから、必要ないけどね」
「うん、やってみるよ。明日エレナと一緒に買ってくる」
「ついでにギルロイ商店に寄って、来年の五月祭に着る服の打ち合わせをしてくるがいい。採寸は年明けすぐぐらいでいいだろう。どんな服にするかはナセル次第だ」
「はいっ! あ、でもねお父様」
「ん?」
「私、折角だから王子さまと結婚したいんだけど、できるかな?」
「そうか、ナセルは前は女の子だったな。正式にというのは無理だろうけど、……どうだろうね。騎士が王子と結婚した話は聞いたことはないが、それは『縁』次第だろうな」
「『縁』かぁ……」
「縁は求めて動けば、己に相応しい縁が得られるだろう。自分を磨けよ」
「はいっ!」
ナセルはお父様がとても好きだった。
昼間うざったそうな母親より、忙しくても時間があれば構ってくれる父親が好きだった。
事に寄せては、いろいろ教えてくれるサイモンが好きだった。
いつでも、抱っこして、ぎゅっと抱きしめてくれる彼が好きだった。
普段は常在戦場といった意識で隙を見せないサイモンが、ナセル達に対しては穏やかな表情をしてくれるのが、とても嬉しかった。