55 352-09 荒くれ者たち 騎士修道会の萌芽(2862)
聖女としての修道院生活二日目。
ナスターシアは、朝からルーティンをこなし、身支度を整え、祈祷を済ます。
頃合いをみて、クレールとクラリスか入室してきた。
「おはようございます。本日以降のご予定をお伝え致します」
クレールは、どこで手に入れたのか『紙』を見ながら話していた。
「本日は特にご予定はありません。明日、午後よりヘロン様、マルセル司祭が面会の許可を頂きたいとのこと。また、教皇様よりお招きが来ているようです。王宮からも面会の御依頼が来ております」
クレールがメモ書きがあるのだろう紙から目を上げて、聞く。
「いかがいたしましょう?」
「お爺様が許可?」
「何人も、ナスターシア様の許しなくご尊顔を拝すことは適いません」
「……はぁ。そうですか。ヘロン様とマルセル様への許可をお伝えください。教皇様と王宮への返事はそのあとに致します」
「かしこまりました」
「今日は予定がないとのことでしたので、この修道院全体を見て回りたいのですが、どうでしょうか?」
「承りました。シスター・クラリス、ご案内をお願い致します。ただし、男子修道院の建物の中には入らないでください。女子には入室が許されておりませんので」
「わかりました。ありがとうございます」
念のため佩剣し、今日はクラリスに案内してもらう。
ナスターシアのいる棟は、正面から見て聖堂のすぐ右隣にある。そこからさらに右側には廊下と修道女達の修室と作業場がある。
聖堂の左側は、対照に修道院長の棟があり、その左側には修道士達の修室と作業場があった。
孤児達の部屋は目立たぬように裏側に設けられていた。こちらも、男子と女子は分けられていた。
修道院のさらに左手には、壁を隔てて広い中庭があり、その更に奥には修練場と騎士詰め所があった。壁ごとに階段があり、修練場まで行くと六、七メートル下っている。
「壁の上にも上れるんだ」
「外壁の中には部屋もあります。倉庫と兵士の詰め所になっていますね。今はいませんが。私もすべては知りませんが、作業場のような場所もあるようです」
「てっぺんに何かあるね」
「外壁に広くなっている場所が6箇所ありまして、移動式の投石機が何台か備えてあります」
「要塞……」
「そうですね。外国では女子修道院が襲われ、慰みものにされた挙げ句、閉じ込められて火を放たれるという事件も起きていますから」
ナスターシアは、想像して絶句した。
「おい、見ろよっ! 女だぜ」
見ると、数人の男、剣士風の男達がこっちを見ている。ガラの悪いのも、残念ながら混ざっているようだ。いつのまにか、修練場まで歩いてきていた。
クラリスは、身を固くする。
「シスター! ちょっと遊んでいかない? 男もたまにはいいだろ?」
おいやめとけって、とか言われつつ、目つきの悪い筋肉質の男が近づいてきた。
「お止めください。私たちは神に仕えるものです」
クラリスは、ナスターシアを庇うように前に立ちはだかる。
「あはは。こっちの小さい子もかわいいな。ちょっと痛いかもしれねぇけど、男を味わわせてやろうかな」
「修道院の中で、人を殺めたくないのでお止めください」
今度はナスターシアが、前に出て制止する。クラリスには荷が重いだろう。
「ははっ! だってよ!」
「触れたら斬ります」
男は、ナスターシアの腰の剣が目に入ったようだ。
「その小さい剣でか?」
男はわざと左手を伸ばして、ナスターシアの右腕をつかんだ。
「ふっ、どうした? 動けねぇか?」
まるで、幼子を相手にするかのような態度に、呆れるしかなかった。
ナスターシアは、左足で思いっきり男の顎を蹴り上げる。腕を掴むためにすこしかがんでいた男の顎にヒット! 男は思わず手を離してしまった。思わず、顎を押さえる。
意識が遠のいたのか、驚いた表情で頭を振って正気を取り戻す。
ヒューヒュー!
「スカートの中のいい景色が見えたぜぇ!」
後ろにいた男達がはやしたてる。
ピキッ
不愉快である。
「死にたいなら、剣を抜いてみなさい」
「なんだとっ?」
男が剣の柄に手をかけた瞬間! ナスターシアの剣が腕を斬りつける。
「遅いね」
男は腕に傷を負ったが、致命傷ではないし、もちろん手はついてる。
「ぐあああっ!」
男は剣をとることなく、傷を押さえて呻く。
「次はカイル様の御許に直行だから」
見た目はただの綺麗な少女なのに、圧倒的な力量の差を見せつけられ、癪に障ったが仕方ない。脳味噌は不足気味でも、身の危険は察知出来るようだった。
男は、斬られた腕を庇いつつ、捨て台詞を残して引っ込んでいった。
「クラリス、大丈夫?」
「はっ、はい。大丈夫です。ありがとうございます。本来なら私が身を挺してお守りしなくてはならないのに……。申し訳ございません。」
ガタガタと震えて,立っているのがやっとのようである。無理もない。屈強な男を相手に、剣を交えるなど、およそ修道女が出くわす場面ではない。
もちろん、およそ少女が出くわす場面でもないのだが、そこはそれ、路加としての経験があるのだった。
ナスターシアが、クラリスを気遣っていると長髪の男が近づいてきた。碧眼に、波うつ栗色の長髪を後ろで束ねた屈強な、それでいてどこか優雅な雰囲気をまとう男だった。
思わず、二人とも身構えた。
「ようっ! 俺の名は、ピエール=オーギュスト=シャレット。部下が狼藉を働いてすまなかった。あんたが、聖女さんだろっ?」
「なんたる不敬! 身の程を辨えなさい!」
「いいんです、クラリス。で、なにかご用ですか?」
「いや、俺はただ挨拶にな。ここはフィーデス商会が絡んでるらしいから、雇ってもらうおうと思ってな。騎士修道会だっけか? 多分戦争しなくても金がもらえるだろうと思ってよ」
自由に使えるお金など、配ったりはしない。修道の意味がわかっているのだろうか? 名誉のため、というのが参加理由としては多いが、食うに困ってというのも、修道士同様である。
「盗賊団なの?」
「まあ、雇われりゃなんでもするさ。俺たちには腕っ節しか売るもんがねぇんだ」
「ロスティスには?」
「はっ! あんな怪しい案件に手を出すわけねぇよ」
「そう……」
「イザって時には、貴族の騎士なんか役に立たねぇぜ。俺たちの方が、
ずっと役に立つさ。見ての通り、荒くればっかだけどな」
うしろの男達を見遣る。みんなくたびれた身なりで、ヒゲもろくに剃っていない、汚い感じの男達。
「ところで、フィーデスってなぁ、どういう意味か知ってるか? 信頼って意味らしいぜ」
意外にも物知りなのか?
「てことで、期待してるぜ。聖女さんよ」
ピエールと名乗った男は、握手を求めてきた。
ナスターシアが小さな白い手を恐る恐る差し出すと、細く上品だが節くれだった手で、がっしりと握手をした。
「それから、これは挨拶代わりなんだが……」
ピエールは、ナスターシアのスカートに手をかけると、バッとめくり上げた!
歓声が上がる。
喜ぶギャラリー達。
ナスターシアは呆気にとられたが、お返しとして、みぞおちに拳をくれてやった。特にナニが見えるという訳でもなく、ドロワーズが見えるだけなのだが……。
まったく、子共みたいなことをする人もいたもんだ……。