表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/115

54 352-09 聖女の仕事(2730)

 修道院に自分の部屋をもらったナスターシア。

 あまりに贅沢だと思ったが、とりあえず湯浴みをしてサッパリする。


 思えば、セルヴィカへの旅行の出発から、一度も満足のいく湯浴みをできていない。

 体中をすみずみまで入念に洗う。


 髪はガサガサだったので、特に念入りに。

 気になっていた体臭も、すっきりさっぱりである。


 ドライヤーは、本来一人では使えないが、無理矢理神力でファンを回してみたところ、案外風がでてきたので、そのまま使うことにした。


 これは、便利!


 用意してあった服を着る。

 下着も新しくなっている。


 化粧水も香水もちゃんと用意してある。

 大きな鏡まで! 大きいと言ってもせいぜい腕の長さくらい四方のものだが。


 服は、5月祭のときに着たものとよく似た紺青色のものだが、生地が薄くなった。そして、金糸の刺繍が増えていた。


 ダガーを忍ばせるスリットもちゃんとある。


 背が伸びた分の丈も長くなっており、採寸したかのようにぴったりだ。

 こうなってくると靴がペタンコなのが気に入らない。


 ギルロイ商店に行きたいな。




 おかえり、ナスターシア。




 そんな感じ。




 昼には、食事が運ばれてきた。


 ちゃんと料理人がいるようで、毎日これではすぐ太ってしまいそうな豪華な料理だった。


(……これは、流石に止めるように言っておこう。ま、今日が初日だから、特別なのかも知れないけど)


 午後からは、気になっていた孤児室に顔を出してみよう。


「失礼します」


 食事が引かれるのと同時に、二人の女性が入ってきた。


「今日より、お(そば)にてお世話させて頂きます、クレール=ルシエと申します」


 ブロンドの波打つ髪が美しい、黄枯茶(きがらちゃ)色の瞳のぽっちゃりした女性だった。


「わたくしは、クラリス=モンジェルと申します。クレールとともに、お世話をさせて頂きます。よろしくお願いします」


 クラリスは、対照的にほっそりとして頭の小さいお人形さんのような子で、金髪と灰色の瞳を持っていた。


「よろしくお願いします」


「隣の部屋に詰めておりますので、なんなりとお申し付けください」


 なんだかとても緊張する。リュシスのような、やらかしタイプではなさそう……。きっと、どこかの貴族の令嬢だったに違いない。


 ナスターシアも、ぎこちない笑顔で提案してみる。


「あの、明日からはみなさんと一緒に食事したいと思うのですが、どうでしょう?」


 クレールは、おもむろに女子の灰色の修道服のスカートの脇をつまみ上げ、左足を少し引いて腰を下ろし、スカートから手を離し足を戻すと、両手を胸に当てて優雅に話し始めた。


僭越(せんえつ)ながら、奏上致します。聖女たるナスターシア様は、我々の主に最も近いお方。席をならべて食事をいただける光栄を得られるのなら、そのまま主の御許へと旅立つことも躊躇(ためら)いません。しかし、私の個人的見解を述べさせていただければ、教皇様よりもナスターシア様の方が、(はる)かに主に近く、そのお言葉はまさしく神のお言葉なのです。ですから、くれぐれも……」


 なんだか、べらぼうにお堅い返事が返ってきたぞ~!


 だが、要約すると、神様なのだからちゃんと考えて喋れ!と言っているのだ。

 あー、回りくどい……。


「わかりました。熟慮(じゅくりょ)致します。では、汚れた服の処置をお願い出来ますでしょうか。剣と佩剣(はいけん)用のベルトは、そのままで結構です。よろしくお願いします」


「畏まりました」


 クラリスが片付けてくれる。


(うわ~、肩が()るわ~!)


(もう、飲まなきゃ、やってられんね……。嗚呼(ああ)、フェリアに帰りたい!)


 ナスターシアは、大きなため息をついて外を眺めてみる。窓が高くて空しか見えない。


 部屋には窓かいくつかあり、すべてガラス張りだった。ガラスの窓が使われているのは、ここと聖堂だけだ。


 ガラスはまだまだ贅沢品なので、修道院としては導入しにくかった。


 外が見たいです、と言ってみたらクレールが隣の部屋から踏台を持ってきてくれた。

(手間のかかる子でごめん……)




 外は曇り空。いまにも降り出しそうな感じだ。


 ロマネスク様式の建物の1階部分の屋根が見え、その向こうには平原が、その更に奥には森が広がっている。


 フェリアにいた頃には、お屋敷からはまったく見ることのできなかった自然豊かな風景。


 行き交う人々ではなく、ときおり訪れる巡礼者がいるだけ。


 静かなものである。


 ……ちょっと眠い。


 湯浴みでさっぱりして、清潔な衣服を着、久し振りに美味しいものを食べて、眠気をもよおしてきた。


 けど、ミネットの様子も気になる……。




「少し、孤児室のようすを見て参ります」


「わかりました」


 ナスターシアが部屋を出てみると、クレールがついてきた。


「あの。案内して頂けますか?」


「はい。ご案内させて頂きます」


 建物が広すぎることもあり、初日に無事にたどり着くには案内が必要だ。




 しばらくクレールに案内されると、見覚えのある場所にたどり着いた。

 孤児室のドアを開けて中に入ると、食事の前のようで、孤児達は食事が来たと期待して一斉にナスターシアの方を見た。


「ごはーん! ……じゃない?」


「カイル様の守護天使にして、現世(うつしよ)に人として顕現(けんげん)された聖女、ナスターシア様です。どうぞ、お控えください」


(なんだか、大層(たいそう)な感じになってる……)


 サラがいる。彼女は、急に居心地悪そうに斜め下を凝視して、壁際で立っていた。


 クレールは、ドアの中の孤児達に(こうべ)を垂れるように促す。が、ほとんどいうことを聞いてもらえない……。


「サラ。あなたは、今夜から三日間、夜間の祈祷を命じます。ナスターシア様を孤児と見紛(みまが)うなど、言語道断です」


「クレール、それはちょっと……」


 ナスターシアが、うっかり異議をとなえてしまう。クレールは、恐れ入って(ひざまづ)く。


(あちゃー、アカンかったか……)


「サラが私を見紛(みまご)うたのは、カイル様の(おぼ)し召しでしょう。お陰で孤児達と楽しく過ごせましたし、気付きを得ることもできました。ありがとう、サラ」


(これでどうだっ!?)


 サラは、目に涙を溜めつつ手を胸に当て、祈りの姿勢になる。


「ありがとうございます。歓びをもって、今日より三日間夜通し祈祷を捧げさせて頂きます」


(うぐっ……。そう来たか)


 これでは、ミネットとキャッキャ出来ない。


 クレールは、うんうんと頷いて、サラを見遣る。


「ナスターシア様の空よりも広いお心の一端を垣間見たようです。皆、今日のお祈りは、心を込めて行いましょう」


(ぬぬっ、ここで引き下がれない!)


 ナスターシアは、せめてもと、ミネットの目を見ながら言う。


「神様と私は、いつでもあなた方と共にあります。だからどうか、楽しいときも、辛いときも、忘れないでください。いつでも、貴方たちのことを想っていますよ」


 ミネットは、うん、と頷く。

(よかった! 伝わったみたい)


 後ろ髪引かれながら、ナスターシアは薔薇の残り香を漂わせて孤児室をあとにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ