53 352-09 修道生活(下)(2458)
修道院での孤児達の生活は単調だった。
朝から体の清拭、着替えのある者は着替え、お祈り、洗濯、清掃、食事、お祈り、自由時間、学習、作業、自由時間、お祈り、就寝の繰り返し。
基本は、できることを出来る人が一生懸命する。
(ああ、お風呂入りたいな~)
しかし、ここにいる子達は、お風呂などという贅沢からはほど遠い生活をしているのだ。そんなこと、言っていられない。
修道院生活二日目。
今日の修道院は朝からなにやら騒がしい。
「ちょっと、聞いた?」
「ナスターシア様が行方不明だって!」
「えーっ!」
「セルヴィカでも拉致されそうになったみたいで、いま大騒ぎよ」
「大変!」
「捜索隊が編制されるらしいわ」
「早く見つかるといいわね」
ナスターシアは、そんな噂話を聞くこともなく、ミネットと洗濯したり、文字を教えたりしていた。
外は暑いけど、建物のなかはひんやりと涼しい。
暑いね~などと、平和な会話をしていた……。
修道院生活三日目。
いよいよ、修道院中が騒がしくなる。なかには半狂乱の修道女もいた……。大変なことになっているのだった。
「シスター・クレール! お気を確かに!」
「大丈夫。必ず見つかりますよ」
「神は私たちをお見捨てになったりしません!」
「どうしましょう! お祈りが捧げ足らなかったのよ!」
ナスターシアは、ミネットと遊んでいた。
「ほら、こちょこちょこちょ~!」
「きゃははははは! 止めて、止めて」
修道院生活四日目。
修道院全体がなんだか、暗く淀んだ雰囲気に包まれていた。
すすり泣く修道女達……。
そんななか、今日も、平和な修道生活を送るナスターシアだったが、朝から集合の命令が出た。
「全員、中庭に整列!!」
修道院にいる全員が中庭に集められる。
すごい人数だった。300人くらいだろうか。
孤児達は、最後尾に並ばされたため、前の方でなにか言っているが良く聞こえなかった。
ミネットは遊びたそうに、ナスターシアの腕にしがみついたり、まとわりついていた。
良く見ると、お爺様が立って喋っている。なんだか、元気がなさそうだ。
(あとで、会いに行こう。あ、でもミネットが寂しがりそうだな~)
「森の中をしらみつぶしに探すそうよ」
「きっともう、カイル様のところにお戻りになられたのよ……」
(ん? 誰か探してるのかな?)
「誰を探すんですか?」
ナスターシアは、近くにいた修道女に聞いてみた。
「今さら何言ってるの? 聖ナスターシア様よ! ずっと行方不明なのっ!」
「えっ……」
なにやら、とてつもないやらかし感が……。
(だから、最初から私だって言ってるのに!)
「それ……、私です……」
「はぁ? ふざけないで! 貴方みたいなみすぼらしい孤児なわけないでしょ!!」
怒られたよ……。
まあ、確かにみすぼらしい……。でも、それとこれは関係ない気がする。
先入観とは恐ろしい。
「アンネぇ……」
ミネットは不安な声を出す。もっと一緒にいてあげたい……。
でも……。
思い切って、叫ぶ。
「お爺様!!! こーこでーす!!!」
空気を読まない、すっとんきょうな叫びが響く!
「ちょっとアンネ!! すいません、すいません、頭が弱い子みたいで……」
サラが慌てて周囲に釈明する。
だが、お爺様には確実に声が届いたようだ。
ざわめきが起こる中、人をかき分けてヘロンが近寄ってくる。
「申し訳ありません! 後でキツく言って聞かせますので!」
顔面蒼白になり平身低頭して謝るサラの脇を素通りして、ナスターシアに近づく。
「ナスターシア様、心配しましたぞ」
うっすらと涙を溜めて、ヘロンが覗き込む。
周囲の孤児達、修道女達は目を剥いて驚く!
マジでこいつ、いやこの人だったのか!?
ミネットも呆然としている。なにが起きているのか理解できていない。
あとでね、とナスターシアはミネットにつぶやく。
「お爺様……、ごめんなさい。こんなことになっているなんて知らなくて……」
すぐに、涙はどこかに行き、むっとするヘロン。
「こちらへお越し下さい」
へ? 言葉遣い変だよ、お爺様。
「失礼します」
ヘロンは年老いた体のどこにそんな力があるのか、ナスターシアをひょいとお姫様だっこで抱えると、そのまま最前列へと向かう。
「皆に告げる! ここにナスターシア様を無事発見できたこと、皆と神に感謝申し上げる! 解散!!」
言葉からは、怒りが感じられた。
ひょっとして、ずっとこの中にいたんじゃないのか? などと、囁きあいつつ、解散する修道士……。
ここにいる全員が思っただろう。
どうしてこうなった?!!!
「先ずは、ナスターシア様のお部屋にご案内致します」
お爺様が連れて行ってくれるらしい。
というか、……説教かな。
ナスターシアの部屋は聖堂と女子修道院の間の建物の二階にあった。
お爺様が一通り案内してくれる。
なんだか、やたらと広い。
廊下から応接室へと通じ、その奥には執務室、更に奥に居間、寝室と続く。寝室には祈祷台が設けられ、隣には湯浴み場、つまり風呂がある。こんなの一人で使い切れるのだろうか?
居間からは、隣の世話係の部屋に通じている。
応接室は、それなりに豪華な造りになっていた。
お風呂は、専用お風呂……なんて贅沢!
ドライヤーは、新しくつくった物のようだったが、しっかり据えられていた。
寝室のベッドは王子から送られたものが運び込まれていた……。
ほぼ、お城のお姫様生活である。
「さて、ざっとこんなところじゃな」
いよいよ、お説教の始まりか?
「さて、どうしてこうなった? ずっと心配しておったぞ」
「ああ、私は言ったんですよ。でも信じてもらえなくて……」
お爺様は、ナスターシアをしたから上まで眺めて、ため息をひとつつく。
「もうよいわ……。風呂を沸かしてやるから、綺麗にするがよい」
なんだかとても疲れているように見える。
「お爺様。私、ごめんなさい。ご心配おかけして……」
「みんな! みんな心配した!」
「わあ、もう、ごめんなさいってば! でも、みんなの生活も体験できたし、よかったこともあるんだよ?」
「そうかもしれんな。今日はもう、休め。わしも疲れた」
まだ午前中だが。
なんだか、このままぽっくり逝ってしまいそうだ。
「ありがとう、お爺様」