52 352-09 修道生活(上)(2283)
新しく建設されたばかりの修道院は、ロマネスク様式のアーチを多用したデザインの馬鹿でかい建物だった。
王都の大聖堂が、ツンツンしたゴシック建築なのに対し、ここは比較的シンプルな造りになっている。工期と費用を抑えたのだろうか?
向かって右側に女子修道院、左側に男子修道院、真ん中が聖堂となっている。
修道院では、修道士と修道女は完全に分離され、生活の部分で出会うことはあまりないようだ。
折角送ってもらったフランとは、早々に別れ、ミネットを連れて受付へ行かねばならなかった。
「ナスターシア様って、すっごく怖いらしいよ。どうしよう……」
「知ってる! セルヴィカで逆鱗に触れてパニックが起きたらしいよ」
「もう、何人も死んでるって……」
……嘘じゃない部分が混ざっているのが、なんとも頭が痛い。
しかし、人が亡くなっているというのは俄に信じ難い。あとで、確認しておかなければ……。
受付を待っている間、聞こえてくるのは聖ナスターシアがどんな存在かという話ばかりだった。
まとめると、人間離れした神の力をあやつり、とても気高い存在ということだった。
……お酒飲みすぎて、うんうん言ってたなんて、口が裂けても言えない。
「次の方」
「はい」
「名前は?」
「ナスターシア」
「はいはい、本当は?」
「ナスターシアです」
「はぁ……。まあ、いいわ。じゃあお父さんとお母さんは?」
「お父様は亡くなりました。お母様は夜働いています」
「まあ、それは大変ね」
確かに……。そこだけ聞くと、ものすごく生活に苦労しているように聞こえる。
「ここへ来るのは、お母さんは許可しているの?」
「もちろんです」
きっと、食べるに困って子供を預けたいのね……。受付の修道女は、そう理解した。
「修道女になったら二度とここから出られません。結婚もできません。大人になったら修道女になるかどうか選べます。それまでは、ここで暮らしていいですよ。ただし、仕事はきちんとしてもらいます。いいですね」
「はい」
どうやら、フラン、ミネットとナスターシアは孤児として成人まで育てられるみたい。
既に数十人の子供達のいる部屋に案内され、そこで世話役の子に紹介される。
「今日からここが、あなた達の部屋よ。彼女が、サラ。ここの責任者、つまりまとめ役ね。よろしくサラ」
「あんたたち、名前は?」
「ミネット」
「ナスターシアです。よろしく」
「はぁっ? そんな生意気な名前許されると思ってるの? あんたは、今日からアンネよ、アンネ。わかった?」
なんだか、勝手に名付けられた……。
「わかりました」
「案外素直なのね……」
サラは、ひょろっとして背が高く、目つきの鋭い気の強そうなタイプだった。
ナスターシアが、案外素直に名前を受け入れたことを意外に感じていた。聖女の名前を自分で名乗るなど、我の強い我が儘な子だろうと予想していたが、裏切られたかたちだ。
「食事は、一日一回。もうすぐ回ってくるわ。先輩の修道女様たちが残された分が、送られてくるの。食べられるときに食べておくのよ! あと、朝昼晩にここで!お祈りをします。ちゃんと真剣にお祈りするんですよ!いいわね!!」
「うん」
「わかりました」
ミネットは、泣きそうになっていた。きっと寂しいんだろう。
サラは厳しそうだし……。
ナスターシアは、ミネットをそっと抱きしめてやる。
「あんたは、その子の面倒みてやりな」
食事の後、片付けをしてミネットとおしゃべりを楽しむ。
「ねぇ、ミネットはどうしてここに来たの?」
「私ね、火事のとき天使に助けられたの」
「えっ?」
ああ、あのときの!
「あたし達だけ、天使に助けられてずるいって……。みんな苛めるの……」
ミネットは、嗚咽を抑えきれなくなった。
「お母さんは、病気になっちゃうし……。お兄ちゃんが、修道院に行って恩返ししようって……。お母さんは止めてって言ったんだけど」
折角、生き残った子供達なのに修道院にとられたら死んだも同然だ。母親の気持ちも痛いほどわかる。
「そっか。きっとナスターシア様も自由に生きて欲しいって言うと思うよ。だから、大きくなったらミネットの好きなようにしたらいいと思う。お母さんのところに帰ってあげるとかね」
ミネットは、ナスターシアの顔を見上げる。
「なんだか、ナスターシア様みたい……」
(だから最初からそう言ってるじゃない! ま、いいけど)
ナスターシアはただほほ笑み返した。
「そうだ、文字を勉強してお手紙を書きましょう。そうすれば、お母様も心配しなくて済むでしょう?!」
ミネットの表情がみるみる明るくなる。
「うんっ! アンネは文字書けるの?」
「えっへん! 書けるようになったんだぞ~」
「えーっ! すごーい。教えて教えて~」
そこには、紙もペンもインクもなかったので、外に出たときに地面に枝で書いてあげることにした。
孤児たちの部屋にいた子たちは、半分くらいが障害のある子共たちだった。
病気で顔がいびつに歪んでしまった子、片腕が不自由な子、歩けない子、言葉が出ない子、暴れ回る子……。
みな、親に都合よく捨てられたのかもしれない。
晩のお祈りの時間。
久しぶりに、落ち着いてお祈りできる。ナスターシアは、全身全霊で祈りを捧げた。
彼女の体が、うっすらと光に包まれる。
この世から悲しみを消し去るには、もっと力が必要……。切実な願いでもあった。どんな力かは、わからないけれども。
そんな彼女の姿をみて、サラと年長者達は驚き、囁き合う。
「ねぇ、ちょっと見てあれ」
「今日来て、いきなり奇蹟とか?」
「あんなの見たことない」
「冗談じゃないよ」
「ねっ、あの子、ナスターシアって名乗ってたけど?」
「そ、そんな筈ないって!」
「もし、そうだったら私達……」
「たまたまかもしれないし、黙っておこう」
大きな判断ミスをしてしまうのだった。