50 352-08 夏だ!海だ!バカンスだ!買い物だ!(2175)
セルヴィカに着いて四日目。
ナスターシアは、頭痛に苦しんでいた……。
「ぬはーっ、頭痛い……」
「飲み過ぎるからですよ! お湯を沸かしてもらってますから、後で持ってきます」
「ありがと」
旅先で、満足いく手入れができていないこともあり、ナスターシアはだんだんみすぼらしくなってきていた。
髪はボサボサ、服はくたびれ汚れ、体は臭い……。
(帰りたい……。ジョエル様にも振られちゃうし……)
昼まで宿屋でゆっくりして、午後から市場へ買い物に出かけてみた。
市場は、待ちの中央にあるかと思いきや、港近くの方が発展している。海産物よりも、香辛料や果物なんかが多いみたいだ。
「あっ! バニラ発見!」
香辛料の露店で、ナスターシアはバニラを発見した。これで、あのお世辞にも美味しいとはいえないバニラキチンを作ったのか!
ナスターシアはケーキに使うべく、買い込むことにした。
どう使えるかわからないけど、いろいろ香辛料があった。
カレー、作れるかな?
ナスターシアの記憶では、カレーは既にカレールーからつくる物だったので、スパイスから作るのは無理だった。
(こんなことになるなら、勉強しておくんだった……)
ふらふらとあちこちの店を散策して歩く。
まるで祭りのようで楽しい。
「焼き鳥だ!」
アランがお金係をやっているため、支払いは全てアランが行う。
香辛料の所為で、ちょっと散財しすぎかなという感じがあったが、焼き鳥程度なら何の問題もない。
一行は、食べたり飲んだりも含めて、市場の買い物を堪能した。
見慣れないものも沢山売っていたし、焼き鳥も美味かった。
さて、帰ろうかという頃、大通りを市場の雰囲気に似つかわしくない豪華な馬車が、護衛を伴い人混みをかき分けながらこちらに向かってくる。
「迷惑だなぁ……」
ナスターシアは愚痴を漏らす。
通り過ぎようとするのかと思いきや、馬車が止まって中から立派な衣装の女性が降りてきた。
「ジョエル様、お久しぶりです」
降りてきたのは、セルヴィカ領主の娘、ソランジュだった。
「奇遇ですね。私たちは公式の訪問ではなく、遊びに来ただけです」
ジョエルがそっけなく答える。
「またお目にかかれて嬉しいです。今日は、私どものお城で泊まられてはいかがでしょうか?」
「いえ、失礼の無いように改めさせて頂ければ……」
不意にあたりが騒がしくなる。
「おいっ! 何をするっ!!」
護衛と共に、周囲には、数名の軽装の騎士とおぼしき屈強な男達が集まってきた。そのうちの一人が、ナスターシアを連れ去ろうと手をかけたのだ。
すかさずアランとロジェが、ナスターシアを護る。
「何をしているのですか、あなた達は! お誘いするとの命の筈です。手荒なことは許されません!」
ソランジュは、聞かされていなかったのだろう。
ナスターシア達を襲うには、些か戦力が足らないようだが、ここで刃傷沙汰を起こすわけにもいかない。
「大人しく、その娘をこちらに渡せばよいのだ」
狙いはやはりナスターシアのようだ。
(ちょっとビビらせてやろう……)
「アラン、ロジェ、ジョエル様を!」
その一言で、一行は全てを察した。
そして、ナスターシアはフードをとり、髪を露わにした。
艶のない、ボサボサの髪だったが、フードをかぶったままでは、格好がつかない。
髪をかき上げ、風にまわすと、前に進み出て翼をフォームする。
バサッ
近くにいた男達が、翼に驚いて後ずさる。
ナスターシアより前にいたジョエルは、いつ見ても綺麗だなと、見とれていた。
ナスターシアは、驚く周囲の男達を尻目に、手が届かない高さまで上昇し、そしてできる限り遠くまで通る声で話す。
「此度の暴挙、神をも恐れぬ所業と知るがよいっ!! 神の怒りを、思い知れっ!!!」
ナスターシアの声に合わせて、マルセルが「ライト!フィア……」とつぶやき、神力を放つ。
ナスターシアの姿が光に包まれ、輝きに溢れる。
周囲の人々は、得体の知れない恐怖に、心臓が縮み上がる程驚き、近くにいた者は気を失い、その周囲の者は、失禁し、あるいは声を失い立ち尽くした。
離れたところにいた者達は、あまりの恐怖に我を忘れて逃げ出した!
(ジョエル様……ごめん)
立ち尽くすジョエルを、アランとロジェが担いで運ぶ。
憐れなソランジュは、ヘタレ込んでスカートを濡らしていた。
「逃げよう! ナスターシアは先に街から出て待ってて!」
と、マルセルが叫ぶ。
逃げ惑う人々で街は大混乱に陥った。ナスターシアは、高度をあげて街の様子をみていたが、あまりの酷さに少し後悔していた。
「おいっ、何があったんだ?」
「しらねぇけど、とにかくとんでもなく怖えんだ!!」
「なんかしらんが、逃げた方が良さそうだ!」
街は逃げる人を見て、そのあまりの狂乱ぶりに恐怖を覚え、さらに逃げることで、混乱の度合いを加速度的に増していった。
混乱の最中、ロジェは酒場で出会った女を見かけたので、安心して建物の中にいろとだけ告げる。
大混乱のお陰で、マルセル達は馬と馬車を取り戻し、宿屋から荷物を持ってくる事さえできた。守衛も混乱の沈静化のためにかり出されたのか、すんなりと街からでることができた。
街から離れるように来た道を戻り、しばらく進むと木の陰にナスターシアを見つける。
「ちょっと、お兄様。いくらなんでもやり過ぎじゃない?」
「誰の所為だと思ってるんだ!!」
「私の所為じゃないよ~」
こうして、また一つ吟遊詩人のネタが増えた……。