49 352-08 夏だ!海だ!バカンスだ!恋バナだ!(2216)
ハプニングにもめげず、服を着てからも、しばらく戯れていた四人だったが、日が天頂に昇る頃、流石に疲れてきた。
波打ち際とはいえ、暑すぎるというのもある。
「帰ろっか?」
というわけで、ゴロゴロとうたた寝をしていたアランとロジェを起こし、帰ることにした。
「うわ~、塩でべっとべと……。気持ち悪いよぅ」
「しかたないよ、川に寄ろう」
川は街を挟んで反対側だ。
ナスターシアは、ジョエルの馬にのせてもらい、彼の腰に手を回してつかまっていた。スカートの女性は馬にまたがれないので、横向きに腰掛ける感じになる。馬は、ゆっくり歩く。
ナスターシアだけじゃなく、ジョエルもベトベトだった。
馬に乗っているうちに、服や髪はすぐに乾いたが、今度はがっさがさで四人を閉口させた。
「ジョエル様は、もう騎士に叙任されたんですか?」
「いえ、私はまだまだ未熟ですから」
「そんなことありませんよ、剣の腕ばかりじゃなくて心持ちだと思うのです」
他のメンバーも聞き耳を立て始める。
「相手が誰であろうと、嫌われようと、殴られようと、間違っていることは間違っていると、正しいことを正しいと言えるジョエル様は、すごいです。損な役回りだと思いますけど……」
「不器用なだけですよ」
「ジョエル様のそんなところが、すごく好きですよ」
回した手に力をこめて、ジョエルの背中にぎゅっと抱きつく。
「修道院に着いたら、騎士に叙任させてください。私の初仕事として!」
ナスターシアは、嬉しそうに話す。自分の名前まで付いて、聖女認定されたので、当然叙任も出来ると考えた。
「聖ナスターシア様。神に仕える騎士として、この命、貴方に捧げます」
(そうじゃないんだけどな……)
「ジョエル様は結婚されないんですか?」
少しの間。
「私は、騎士ですから。当然結婚などしません。それに……。貴方に命を捧げると言った筈です」
「それは、つまり私の兵として命を散らす覚悟ということ?」
「無論です」
「もし、私が求婚したら?」
もし! の話しである。もちろん、まだ11歳なので正式には結婚できないが、婚約ならできる。
「……お気持ちはありがたいですが、貴方を独り占めするのは神への冒涜です」
振られた……。
完膚なきまでに振られた!
ナスターシアは、そっとジョエルの背中に口づけをしてみる。
しょっぱい味がした。
「でも、ジョエル様は私が護るよ……」
(今度こそ……)
川で水浴びをしたあと、一行は宿屋に戻ってきた。
げっそりするほど疲れた……。
「疲れたね……」
「なんか、あちこち痛いです……。でも、楽しかったですよ」
しばらく休憩して、また昨日の酒場に出かける。
「今日は、ナ……エレナも飲んでいいぞ」
ロジェは、ジョエルとの会話を聞いていたので、今日は発散させてやろうと思ったのだった。
「飲もう……。何があるのかな?」
「おいっ! 酒は何があるんだ?」
ロジェが店子に馬鹿でかい声で聞く。
「ビールとワイン、それとシードルだ」
「シードルで」
「あいよっ!」
景気のいい声が響く。
シードル。なんか思ったより甘くないのと、とっても気が抜けた感じの炭酸感……。
ナスターシアは、微妙かな? とも思ったが、他のお酒に比べれば女性好みの味であることは間違いない。
そこそこ美味い。
「ときにジョエル。結婚はしないそうだけど、ひょっとしてずっと童貞のままで死ぬ気か?」
ロジェが弩ストレートに聞いてみる。
「下世話ですよ。そのつもりです。純潔を守らなければなりません」
「だったら、騎士なんて止めちまえばいいだろう?」
「地位も名誉も捨てろと? ゴーティエ家の家門を汚すようなことは出来ません」
「頑固なヤツだなぁ、全く」
「それに、戦で死ぬのが定めですから……」
「そんなこと、させません! シードルおかわり!」
「おい、ペース早くないか?」
「ジョエル様が辛気くさいから、飲まなきゃやってられませんよ」
「聖ナスターシア様! あなたも聖女なのですから、飲酒は控えてください」
ジョエル様が声をひそめて囁く。
そりゃあ、そうだ。
あと、この世界ではどこに行っても、子供の飲酒を咎める人はいないのだった。そう、ジョエルでさえ……。
「エレナには関係ないもーん!」
「ところで、マルセルはどうなんだ?」
ロジェは意外とそういう話が好きなのか、今度はマルセルに振った。
いつもはマルセル様と呼んでいるのに、酔っている所為かずいぶんと砕けている。
「何がですか?」
「そりぁ……おめぇ。リュシスだろ?」
途端にリュシスが頬を赤らめ、うつむく。
「まあ、私なんかを好いてくれるのは他にいないでしょうからね。再来年ぐらいには……と」
「なんか意外だな。もっと奥手かと思ってたぜ」
(吊り橋効果だよねぇ……)
リュシスの方は、感極まって下を向いて涙の雫を床に落としている……。感極まるのは未だ早いのだが。
「教会は、結婚してもいいんだ……。そういえば、お兄様。こないだまで助祭だった気がするんですけど、今、司祭なんですか?」
ナスターシアは、最近マルセルがキャソック姿なのが気になっていた……。
「うん、なんでも司祭だった方が、懺悔に来たご婦人と教会の中で情事に至ってしまったらしくて……。それで、破門になった後釜として何故か私が……。経緯が経緯だったから、おおっぴらにしてないんだ」
「あぁ……」
(それ、知ってるわ……。しかし、商会の闇情報ネットワーク恐るべしだよね)
と、思ったけど黙っておこう。
イーファ達には許して貰っても、神様は許さなかったらしい。
「シードルおかわり!」