48 352-08 夏だ!海だ!バカンスだ!白浜だ!(2921)
セルヴィカの宿のベッドは、お世辞にも寝心地がいいとは言えなかったが、野営よりはずっとましだった。
ナスターシアは、久しぶりにぐっすりと寝られた。
部屋は3つに別れて泊まり、ナスターシアとリュシスが同室となった。間違っても、マルセルとリュシスを同室にはしない。
「ねぇ、そういえばお爺様から預かった小箱があるんだけど……」
「なんでしょう?」
「必需品とか言ってたけど……」
どれどれ、とナスターシアが軽い小箱を開けてみる。
中から出てきたものは……。
「水着……」
「何ですか? 水着って」
基本的に海に入って泳いだり、波打ち際で遊んだりする文化がないので、海に入ること前提の服など存在しないのだ。
「泳ぐときに着る服……かな?」
ナスターシアは、取り出して広げてみる。
「服……じゃなさそうですけど?」
リュシスが不思議がるのも無理はない。出てきたのは、布の小さなビキニが二着だった。上も下もサイドはヒモのみ!
「何てものを持たせるんだ、あのジジイ……」
リュシスをじっと見る。
「ここで着てみて!」
「ナスターシア様が着られるなら……」
「聖女にこんなの着せていいの?」
「だって……」
「ま、誰も見てないからいいか」
ナスターシアは、下は下着を着けたまま着替えて脱ぐという技を使って、さっさと着替えてしまう。
白いビキニと青と紫の絞り染めのパレオだった。
なかなか、似合っている。
リュシスは渋っていたが、ナスターシアが着替えるのを見て仕方なく着てみる。
フリルがついた黒のビキニだった。わざと小さめにしたのか、胸がこぼれそうになってしまう。
エロい。
「リュシス似合ってるじゃない、かわいーいっ!」
「ナ、ナスターシア様こそ……なんていうか……。でも、こんなので外に出たら、絶対に変態扱いですよ!!」
多分捕まってしまうので、してはいけません。
「エレナ! リュシス! そろそろ行くよ?」
マズイ! マルセル兄様だ。呼びに来たりしたらもっとマズイ!
「上から服着ちゃおう!」
二人は素早く水着の上から服を着た。
「はいはい、お待たせ~」
宿屋の入口に行くと、すっきりした顔のロジェも帰ってきていた。
どうだった? とか聞くほど野暮ではない。
ナスターシアが、砂浜に行きたいというから行くだけで、実は他は誰も行きたくはなかった。何もないし……。
砂浜は、町からそれほど離れてはいなかった。馬に乗って、トボトボと1時間ほどだ。これくらのスピードなら、リュシスとナスターシアが他の人と二人乗りしても大丈夫だ。
抜けるような青い空に燦々と輝く太陽!
降り注ぐ光!
眩しい白浜!
左右を岩場に挟まれた入り江の、広々とした砂浜には誰もいない……。
「俺たちは、ここでビール飲んでるから」
早々にアランとロジェが脱落。……いや、賢い選択かもしれない。ビーチの入り口付近の木陰に陣取って、腰を下ろす。
「行くよ、リュシス。マルセル兄様とジョエル様もっ!」
「行くって、何処へ?」
靴を脱ぎ、途中までジョエルの手を引きながら、ナスターシアは波打ち際に駆けていった。
「ひゃーっ! 気持ちいいーっ!!」
波打ち際を駆け回り、波が打ち寄せては引くのに合わせて行ったり来たり……。また、走り回る。
「何が楽しいんだろうな……」
「わかりません……」
「犬みたいだな」
「……そうですね」
マルセルとジョエルが話していると、ナスターシアが駆け寄ってきた。
「なにしてんですか! 行きますよ! 早く! 靴は脱いで、剣は置いて!」
ジョエルの手をひいて無理矢理連れて行く。
バジャーン!
波打ち際でジョエルが盛大に転けた。
そこへ、波がやって来て、ジョエルは浅瀬で溺れそうになる。
「うっぷ」
「大丈夫ですか!」
すこし慌てたが、すぐに起き上がる。
「なんてこ……」
バシャ!
バシャ!
今度は、ナスターシアが海水をすくってかける! 初めは、ちょっとムッとしていたジョエルだったが、あまりに無邪気に笑うので怒る気になれなくなってしまったのだった。
「ジョエル様も、やり返さないと!」
「こ、こうか?」
バシャ
「ひゃん!」
飛び散る水しぶきが、日の光を受けて眩しく光る。
ケラケラと二人が戯れる姿を、マルセルとリュシスは呆然と眺めていた。
「マルセル様、暑くないですか?」
「暑い……」
マルセルのキャソックは真っ黒だから、すぐに暑くなってしまう。上着ぐらいは、脱いでも大丈夫そうだ。
「脱いだらどうですか?」
「そうだね」
リュシスは、照れるマルセルの上着を脱がせてやる。
ナスターシアは、リュシスに向かって猛然と走ってくる。
「リュシスも脱ぎなよ! うおりゃぁあっ!」
汗ばんだお腹の幅の広いベルトを外し、ブリオーの紐をほどいてしまう。
「ちょっと、やめて! 冷たい!」
ナスターシアは、既に服が水浸しになっていた。ぼろい貫頭衣とフード付きマントだったので気にしていない。
「ナスターシア! こらっ!」
神力も発動させて、しゅぽんっと脱がせてしまった……。
「あっ! もうっ!」
男達の視線が、一斉に注がれる。
「私も、ほれっ! とうっ!」
ナスターシアもびしょ濡れの服を脱ぎ散らす。もともと、ゆるゆるの服なので、濡れてもさっさと脱げるらしい。
「どう? マルセル兄様?」
「どうって、お前!」
弟だか妹だかの若々しい肢体の露わになった姿を見て、あきれ顔のマルセル。一方、成熟しつつある艶めかしいリュシスを見て、顔を赤らめるのであった。
「お兄様! リュシスの胸に目線が釘付けになってますよ」
はっ! と、慌てて目線を逸らす。
見てませんぜ、旦那。あっしゃ、見てません!!
「行こう!海!」
ナスターシアは、今度は強引に二人を連れて波打ち際から、わざと波を蹴散らしながら、ずんずんと海に入っていく。
「ほら、濡れても大丈夫!」
男達は、目のやり場にとても困っている様子だ。
「もっと深いところまで行ったらいいんだよ!」
「ああっ、ちょっと!」
大きめの波に足下をさらわれたリュシスは、転けそうになる。
「あっ!」
ぷつっ
リュシスが手をかけたのは、ナスターシアのパレオとショーツだった。
ぷりん……。膝近くまでズリ降ろされてしまう。
「嘘っ!」
ナスターシアは慌てて腰を下ろして水に浸かる。
リュシスの方は、波に飲み込まれてゴロゴロと転がり、今度は引き潮に引っ張られていくところだった。
「ちょっと!」
「大丈夫ですか?」
体勢を立て直して、立ち上がったリュシスが、心配そうに声をかけた。
「わっ! リュシス! こっち来て!」
思わずリュシスを呼びよせ、翼をフォームして二人の身を隠す。
「リュシス、胸が!」
「え……、キャーーッ!」
波に揉まれている間に、ズレてしまったようだ。伸縮性もなにもないから、取れやすいみたい……。もともと、小さすぎたし。
いろいろ見られてないか、心配な二人であった。
ナスターシアは、ズレた水着を直してリュシスの胸を隠してやる。
「ごめん、服とってきて……」
「あの……。すみません……。とってきます」
波が二人の足下を洗う。
「ちょっと!! 二人とも見たでしょ?!!」
リュシスが男衆に詰め寄る。
「み、みみみ、見えてませんっ!」
マルセルは、真っ赤になっていたが、しっかりと脳内に光景を保存した。
「美しい……。噂は本当だったとは……」
ジョエルは、しばし見とれていたが、はっとして、手を胸に当ててナスターシアに祈りを捧げた。